2018年2月22日(木)19:00
【氷川竜介の「アニメに歴史あり」】第1回 目を惹きつけるピンポイントの《光》
本コラムでは、歴史や技術的な観点を重視しつつ話題を選んでみたい。見過ごしがちな着眼点を選びつつ、日本のアニメの歴史との関係を絡めて語っていこうと思う。
第1回目のテーマは「ピンポイントの光」である。近年、特にバトル重視の作品では、ロボットのパーツや装具、武装の一部を常時光らせながら戦う演出が増えている。メカのインジケーターやエネルギーの存在を示すライン状のストライプ、そんな輝きが激しいボディアクションに連動するとき、アニメ特有の感情が喚起される。料理におけるトッピングみたいな位置づけだが、確実に目が離せなくなる効果を有しているのだ。
自分が強く意識した事例としては、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」(2007)のエヴァンゲリオン初号機が挙げられる。碇シンジが初起動した機体は、第三新東京市の夜景で使徒と戦うその中でグリーンのラインを常時光らせていて、実に衝撃的だった。1995年のテレビシリーズ時点で、実はラインが自発光しているという設定はよく見ると分かる。セル上の塗り分けではあるが、そこだけカゲがなくノーマル色なので色指定の妙で光っていると感じさせていた。デジタルで再生した「新劇場版」では、常時「光そのもの」を見せる表現に変わったことで、本来の意図がより明確になったのである。
これは新旧エヴァの10年間に、アニメの「撮影」がデジタル化されたことから受けた恩恵のひとつである。「表現の進化」が《光》に宿っているということなのだ。
アナログ時代は、セルと背景という平面の「画」にガラスやプラスチックなど光学的な素材を組み合わせ、カメラの撮影処理で光の表現を加えることで、奥行きや空気感を出していた。光それ自体をフィルムで撮影するため、「絵の具の反射光」で撮るセルや背景とは違う質感が出る。一方で、撮影したフィルムを巻き戻してまた撮影するという多重露光の二度手間を要していた。
特に「一部のみ光らせる効果」に関しては、「透過光」という名前の通り「撮影台の下から透過させて光を撮影する技法」が用いられる。光らせる部分を黒く塗ったマスクで隠して撮影し、フィルムの一部を未感光に残す。そしてセルと背景を外し、光る部分だけ抜けた反転マスクを通し、台の下からライトの光を多重露光する。色をつける場合はフィルタをかけたりカラーセロハンを置く。こうして光が「合成」される仕掛けである。
基地内の計器類などカメラワークが固定(FIX)であれば、光も固定だからズレたりしない。しかし動くロボットのパーツならにマスクが何枚も必要だし、巻き戻したときコマ数を間違えたりすると、光がズレてNGになってしまう。さらにカメラワークがある場合は難易度が上がり、機械的制御や職人ワザが必要となる。透過光自体は古くからある技術だが、70年代まであまり多用されなかったのは、こうした制約のためだった。
デジタル制作のアニメでは、その制約が緩和された。撮影部門が使うツールは本来合成(コンポジット)用に開発されたアプリケーションで、光を重ねる機能もある程度そなえている。しかも選択範囲を指定することでマスク作成と同じ効果が得られるため、作画上で色分けをするだけで、動きをトラッキングしながら光を入れることが可能となった。これは被写体が3DCGでも同じで、特定のパーツに選択範囲を適用することで同様の効果が得られる。
さて、実写映画でもヒーローのスーツのラインが光る表現は、アメリカ映画ふくめて定番になり始めているが、その様式のルーツはどこにあるのだろうか?
それは1982年公開のアメリカ映画「トロン」である。CG表現を大きく取り入れて話題となった初期作品であり、製作はディズニーだ。陰謀によりゲーム世界へ転送された主人公がライトサイクルという特殊バイク等を駆使し、ゲーム的なバトルを体験するという点でも、いろんな作品の原型となっている。
ゲーム世界の人物が映るシーンはモノトーン表現となっていて、スーツに配された電子回路的なストライプが常時光っていた。これもCG処理だと誤解した観客が多かったが、実はアニメーション表現であった。実写から1コマずつプリントアウトした後、韓国へ外注に出してパターン部分を手描きで抽出し、そのマスク作画を透過光撮影した表現だった。その証拠に、エンディングには漢字のスタッフ名がズラリと並んでいる。
まだサイバーパンク文化も本格化していないころ、先進のコンセプトを主導して時代を開拓したのが実はアニメーション表現の一環であり、そこに目が離せなくなる《光》が絡んでいたという歴史的事実は、非常に興味深いではないか。
何気なく見過ごしてしまう「アニメの光」にも、こうした歴史の積み重ねが活かされているのである。
氷川竜介の「アニメに歴史あり」
[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ) 1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。
作品情報
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