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インタビュー 2022年1月1日(土)19:00

監督にとってプロデューサーは最大の味方で最大の敵 松尾亮一郎が新スタジオCLAP設立にいたった思考過程 (2)

「映画大好きポンポさん」ポスター

映画大好きポンポさん」ポスター

(C)2020 杉谷庄吾【人間プラモ】/KADOKAWA/ 映画大好きポンポさん製作委員会

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■これまでの感覚で外部に頼りきりになると大変な落とし穴が待っている

――外から見ると、新しいスタジオでこれだけの長編作品をつくりきっているのは本当にすごいことだと思います。ただ、以前雑談のなかで松尾さんは、上手くいかなかった部分も多くて反省点もあると言われてました。お話できる範囲で、どんなところが反省点だったのか聞かせてください。

松尾:そうですねえ……。これは僕自身の反省につながることなんですけど制作体制が弱くて、もっとうまく体制を組めたんじゃないかというのが大きいです。もともとの考え方として「ポンポさん」はプロジェクトチーム的な編成で考えていて、スタジオ地図のつくり方に近い感じだったんですよ。

――スタジオ地図作品は作品ごとにメインスタッフが集まり、制作現場も制作期間中だけ借りて、終わったら解散していたそうですね。

松尾:「この世界の片隅に」も近い考え方でつくっていて、そういうつくり方が16年ぐらいまではできていたという実感があります。それ以降は状況がだんだんと変わってきて、「ポンポさん」の制作中もこれまではできたはずのことができないっていうことが多くなってきました。「ポンポさん」では幸運なことにいろんな会社さんに助けてもらって、なんとか絵のクオリティをたもつことができたんですけど、これまでの感覚で外部を頼りにすると大変な落とし穴が待っているということを痛感しました。

――なるほど。クオリティを担保するためには、外部に多くを頼る体制では今は難しくなっていると。

松尾:「ポンポさん」の制作中は動画検査というセクションも社内にありませんでした。今はそのあたりもきちんとやっていこうとしていて、制作も社内でしっかり育てていかなくてはと取り組んでいるところです。
 僕自身の仕事のやり方としても、「この世界の片隅に」のときなどは最終的に自分も現場に深く関わり、自分でまわしていくことで終わらせることができたんです。でもやっぱり会社を経営しながら現場をやるのは非常に難しくて。他の仕事の話を進めながら人材運用もして、なおかつ自分自身が「ポンポさん」の制作に注力するっていうのは、今思うとかなりの無理がありました。

――物理的に松尾さんが制作現場にべったりついているわけにはいかないと。

松尾:結局最後はべったりついてしまったんですけどね(苦笑)。

――製作委員会にもでないとですものね。

松尾:製作委員会は今回出資はしてないため出ていないんですが宣伝会議には関わらせてもらいました。これまでの経験とポンポさんの性質上、お話できるネタも多いから舞台挨拶はたくさんやったほうがいいですよ、など気がついたことはご提案していきました。
 当初の僕の目論見としては、制作現場はある程度仕込みが終わったら社内のメンバーに任せて、そこからは宣伝をふくめたプロデュース方面に注力していこうと思っていたんです。それが、ここから宣伝を頑張っていかなければいけないというタイミングと、作品を終わらせなければいけない制作のラストスパートの時期が丸被りになって、さらに想定外の問題も発覚しまして……。これは今いる制作のメンバーだけでは対応できないとなって、僕も現場にべったりつかなければいけなくなったという感じです。そんなふうにいろいろ反省点が多くありまして、今は次にいかしていく体制をつくるために人を増やし、人材育成をしていこうとしています。

――舞台挨拶などの取材記事で、平尾監督や監督助手の三宅寛治さんが自ら美術を修正することでクオリティの底上げをしていることを知りました。平尾監督自身も、馬車馬のようになって自ら手を動かされていたのですね。

松尾:いやもう、皆で手を動かさないと仕上がらないっていうところまで、みんな追いつめられていたんです。平尾君も僕も「ポンポさん」をきちんとつくりきらないともう次はないとは思っていましたから。でもまあ、最後のほう監督とは喧々諤々(けんけんがくがく)でしたけどね。監督にとってプロデューサーは最大の味方のはずですけど、ある意味、最大の敵でもありますので。

――「SHIROBAKO」でも似たようなエピソードがありましたが、作品の妥協点をどこにするかで監督とプロデューサーの意見がぶつかるということですね。

松尾:監督からすればもっと作品を守ってほしい、あとちょっと時間をかければクオリティが上がるのにと考えるのはよく分かるんですけど、そうやっていくと際限がなくなりますので。

――監督としては、より高みを目指してとことんつくっていきたい気持ちがあると。

松尾:それは決して悪いことではなく、だからこそ良い作品がつくれるという面ももちろんあります。ただ、僕はそこで人を守る立場でもあるので、制作終盤に平尾君とはどこまで粘るかで大げんかになったこともありました。「もうスタッフは限界だ、ここで終わりって言ってるだろ!」「いや、あと数時間ねばればもっとよくなる。あと数カットじゃないか!」みたいに怒鳴りあいになって……。あとで話してお互い反省したんですけれど。

――ときにそんなやりとりもあって、「ポンポさん」のつくりこまれた画面ができているのですね。

松尾:そういうせめぎあいは日々ありますね(苦笑)。

■良いものをつくっても、それが広がるかどうかは宣伝と口コミ次第

――映画完成後の展開について、松尾さんが考えていたことを聞かせてください。

松尾:良いものをつくったとしても、やっぱりそれが広がるかどうかは宣伝や口コミで決まる部分が大きいことを「マイマイ新子」や「この世界の片隅に」で経験してきました。その経験を「ポンポさん」でも生かしたかったので、平尾君にもTwitterを活用してもらうようにお願いしましたし、さっきもお話したように製作委員会では舞台挨拶も多くやろうという提案をしました。
 「ポンポさん」に文芸として関わっているライターの武井(風太)さん(編注)には業務委託スタッフとしてCLAPに入ってもらい、舞台挨拶などの司会などもやってもらっています。彼が司会をすることで僕らスタッフも話しやすくなるし、より皆さんに興味をもっていただける質問をしてくれて助かっています。

編注:ライターの武井風太氏は元マッドハウスの宣伝・広報担当で、松尾氏とはマッドハウス時代の同僚にあたる。

映画用フィルム缶に入った「ポンポさん」フィルム

映画用フィルム缶に入った「ポンポさん」フィルム

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――CLAPが主催したクラウドファンディングについても聞かせてください。「ポンポさん」の映像をフィルム化して上映する案は、どのような経緯で決まったのでしょう。

松尾:クラウドファンディングをやろうとした大きな理由のひとつは、作品の宣伝でした。ようは応援団をつくりたいわけですよね。この作品にはこれだけの応援がついているんですよ、というのがやりたかったんです。
 それにふさわしい企画っていったいなんだろうとみんなでいろいろ考えていたとき、「そういえばフィルムっていいよな」ってふと思いついたんです。僕の担当作品だと「マイマイ新子」までは上映用のフィルムをつくっていて、けっこう大変だったんですよね。フィルムをつくるためのテストをして、デジタルデータでつくった絵がどのようにフィルム上に定着するかをみんなで確認していくんですよ。「マイマイ新子」のときはコストがかけられなかったので、フィルムレコーディングというデジタルデータを再現できる方法ではなく、キネコっていうちょっと色飛びはするけど安いコストの方法でやってました。実際にフィルムの焼き上がりをみて、これだと想定した色合いがでないからと調整していく地道な作業があって、緊張感はあったけど面白かったんですよね。そんな話をしたら、それ面白いからいいんじゃないかという話になったんです。
 「ポンポさん」をフィルム化する過程をくわしくレポートして追体験してもらい、最終的にはみんなでフィルムになった作品を見る。そして、そのフィルムは今後もいろいろな劇場で上映されていくという企画になったら面白いんじゃないかとなって、今にいたります。あらためて話すと、ほとんど僕の夢とロマンみたいな話になっちゃうんですけれど。

――今のデジタル音楽を、あえてカセットテープやレコードでだす面白さみたいなものですよね。

松尾:フィルムという媒体は100年ぐらいもつそうなので、「ポンポさん」は向こう100年は映像としても残ります。ありがたいことにクラウドファンディングは目標金額1000万円を大きく超える1747万5000円が集まり、ストレッチゴールとして参加者の皆さんにフィルムを配ることができました。本当にありがたいかぎりで、平尾君も喜んでました。地方の映画館さんではフィルム上映をしているところがありますので、今後フィルム版の上映も積極的にやっていければと思っています。

■“誰もやったことがないやつ”をつくっていきたい

――CLAPの22年以降の予定を聞かせてください。「アニメージュ」で平尾監督と荒木哲郎監督が対談する連載「バリウタの愛が知りたい!!」には、平尾監督次回作の企画開発が進んでいると書かれていました。

松尾:平尾君を中心に「ポンポさん」のコアメンバーが何人か集まって、打ち合わせをはじめているという感じです。また、平尾君とは別の監督の劇場作品も動いていて、来年公開予定で制作中です(編注)。そのほか短編やミュージッククリップの企画なども複数動いています。

編注:八目迷氏のSF青春小説「夏へのトンネル、さよならの出口」が、田口智久監督とCLAPで劇場アニメ化されることが昨年12月に発表された。2022年夏公開。
https://anime.eiga.com/news/114921/

――スタジオ自体の展望についてはいかがですか。

松尾:「ポンポさん」の話のときに少し言いましたが、平尾君とも話して、やっぱりスタッフを社内にきちんとおいて育てる必要があると、中途採用をふくめて人材募集をかけながら会社の体制を整えているところです。撮影部も正式につくろうと思っていて、社内で制作をきちんと下支えできるような体制をつくりつつ、若手にも作品のバトンを渡していけるよう短編もいろいろつくっていければと思っています。

――「ポンポさん」制作の反省としてあげられていた制作の部分も強化中なのでしょうか。

松尾:今CLAPには制作デスクふくめ6人の制作がいますが、第1スタジオのメンバーには武者修行じゃないですけど、自社作品と並行して他社テレビ作品のお手伝いをやってもらっています。劇場作品だけだと制作は育ちにくいこともありまして。劇場だけだと体験できないことを体感してもらっています。

――短距離走と長距離走の違いというか、テレビシリーズは劇場に比べると短いスパンで作品完成までの流れを体験できるという話をよく聞きます。

松尾:そういうことですね。アニメの制作工程を理解できていない人でも、テレビシリーズの制作を何本かやれば、肌感として分かるはずですから。でも、自分で物事を整理できるタイプの人は、おそらく劇場だけでも積み上げて伸びることができるはずなんですよね。そのあたり必ずしもスキルや経験だけの話ではないのが難しいところで、当たり前の話ですけど、やっぱりすぐに人は育たないですよね。他のスタジオの方は、どうされているんだろうと思っています。

――今後どんな作品をつくっていきたいと思われますか。

松尾:クラウドファンディングのフィルム化計画のときも念頭にあったんですけど、できるだけ“誰もやったことがないやつ”をやりたいなと考えています。「ポンポさん」も、映画づくりの映画はたくさんあるけれど、なかでも映像編集をとりあつかっている作品はなかなかないだろうというのがありました。全部が全部そうはいかないかもしれませんが、他ではやっていないことをやる会社という特色がでるといいなとは思っています。

――物量勝負みたいなことにならないようアイデアで差別化できればということですね。

松尾:CLAPならではの特色をだせる企画をやりたいとは思っています。ただ、スタジオの経営者としてそれだけではなかなかやっていけないでしょうから、現実的には他のこともいろいろやりながらっていう感じになると思いますけどね。今ちょうどホームページをリニューアルしようとしていて、新しいサイトでは「more better」という言葉をCLAPの目標としてあげようと考えています。会社を「よりよく」していきながら、これからも作品づくりを続けていきたいです。

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作品情報

映画大好きポンポさん

映画大好きポンポさん 9

敏腕映画プロデューサー・ポンポさんのもとで製作アシスタントをしているジーン。映画に心を奪われた彼は、観た映画をすべて記憶している映画通だ。映画を撮ることにも憧れていたが、自分には無理だと卑屈にな...

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