2022年10月31日(月)20:00
【インタビュー】堤大介監督「ONI」に込めた個人的経験 脚本家・岡田麿里との共同作業も語る
Netflixで全世界独占配信中の「ONI 神々山のおなり」は、日本の民話をモチーフに、米アニメスタジオ「トンコハウス」が制作した全編フルCGアニメーションシリーズだ。
神さまや妖怪たちの世界で、自由奔放に生きるおてんば娘・おなりは新たな英雄となるため稽古に励むものの、ヘンテコな神さまの父親なりどんは何も教えてくれない。山の神々が恐れる「ONI」の脅威が迫り来るなか、おなりは自身の真実と向き合わなければならなくなる……。
映画.comでは、ピクサーの同僚ロバート・コンドウとともに8年前にトンコハウスを立ちあげ、本作でメガホンを取った堤大介監督に独占インタビューを敢行。民話をモチーフにした理由から、ピクサー作品との違い、徹底したこだわりまで語ってもらった。(取材・文/小西未来)
堤大介
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●「ONI」の構想はいつからあった?「1枚の絵がきっかけなんです」
――「ONI 神々山のおなり」はテレビシリーズというフォーマットにはなっていますが、1本の映画として楽しむことができました。ついに念願の監督作品を完成させた、いまの心境はいかがですか?
スタジオを立ち上げ、経営し、人を育て、いろんなビジネスをうまく回しながら、作品を作ることの難しさはこの8年間思い知らされましたね。いまは、トンコハウスのトップとして引っ張ってくれているパートナーのロバート・コンドウへの感謝の気持ちと、本当によくここまでこれたなって気持ちがあります。いろんな奇跡や運も重なったと思うんですけど。
やっぱり作品に関わった1人1人が自分なりの繋がりを見つけてくれたからだと思うんですね。最後の最後まで熱量が途絶えずに進んだので、本当にありがたかったですし、作ってくれたスタッフの人たちに感謝の気持ちと、おめでとうございますという気持ちが一番強いです。
――トンコハウスを立ちあげた当初から「ONI」の構想はあったんですか?
1枚の絵がきっかけなんです。5年くらい前なんですけど、石巻市石ノ森萬画館美術館でトンコハウス展というのをやらせていただいて、そこに「未来のトンコハウス」というコーナーがあったんです。将来、トンコハウスがやるかもしれない企画とか作品の構想を展示するコーナーで、パートナーのロバートに「どんな作品を作っても良いって言われたら、何をやりたい? それを1枚の絵にしてくれ」って言われて描いた1枚の絵があるんです。なりどんの頭からおなりがにょきって出ているという絵で、「ONI」の最終的なデザインにかなり近いんですけど。
(C) 2022 Netflix
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――そのときからキャラクターのアイデアはあったんですね。
お話のコンセプトもありました。鬼って日本の民話では必ず悪者じゃないですか。日本の方たちの中ではよく知られてることだと思うんですけども、鬼っていうのは、もしかしたら、大昔に住んでいた外国人だったり、自分たちとちょっと違う容姿だったり文化を持った人たちを形容してたんじゃないか、という説がありますよね。それを面白いなってずっと昔から思っていたんですね。ぜひそのコンセプトを基に作品をやってみたいと思ったんですよ。
自分たちが理解できないものとか、違う文化を持った人たちを怖がり、その気持ちが暴走すると、敵になり悪者になるっていうのは、現代も変わらない。今の時代において、僕たちが抱えている心の闇とまるで変わらないんです。だから民話を描きつつ、現代に繋がる物語にしたかった。具体的にどういう話になるのかっていうのは、作業を進めながら少しずつ作っていったんですが、そのコンセプトに関しては始めからありました。
●岡田麿里とのタッグ「キャラクターの闇を書くのが上手な脚本家」
――「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」「心が叫びたがってるんだ。」の岡田麿里さんに脚本執筆を依頼したのはなぜですか?
岡田さんはキャラクターの闇を書くのが上手な脚本家さんだと僕は思っているんです。トンコハウスで僕が最初に監督をやらせていただいた「ダム・キーパー」もそうなんですが、常にキャラクターの中に潜む闇と光がテーマになっているんです。光を描ける人はいっぱいいるけど、闇を描ける人はなかなかいないと思っていて。
ただ、岡田さんは売れっ子脚本家で、しかも僕が初めてお会いしたときはすでに自分の監督作品を抱えていらっしゃいました。アメリカの常識で言ったら自分が監督作品をやってるときに、他の人の脚本なんかできるわけがないので。でも、岡田さんがこれをやってみたいっておっしゃってくださって、まさか、まさかの展開でした。
――トンコハウスの主要メンバーがアメリカ人なのに、日本語で執筆する脚本家さんと作業するのは大変ではありませんでしたか?
それに関しては僕の中でのこだわりがありまして。日本人としてアメリカの映画業界でずっとやってきた人間として、英語と日本語で仕事ができるというのは僕のアイデンティティの一つで、この作品のテーマでもあるアイデンティティってとこに行くんですけども。「自分がやれる映画の作り方って何だろう?」って思ったときに、英語と日本語の良いところを取って、英語も日本語もあったからこそ、この話を作ることができたっていうふうに言えるように作りたかった。
ただ最初はみんな疑いというか、「絶対やめた方がいい」という意見はありました。岡田さんにしたって、最終的な(英語)脚本を書けないどころか、判断できないんですね。それでも脚本を書きたいって言ってくれたのは、確実にお互いを信頼できたからと僕は思っていまして。
普通に考えたら、めちゃめちゃ面倒くさい作業だと思います。でも、この作品を通して、何をお客さんと共有したいかということに比べたら、言語がどうであるかっていうのは表面的な問題だと思っていて。こうして最終的な脚本が英語で仕上がり、うまくいったと僕は思っているんですけど、それは岡田さんと僕が目指してるところが本当にぶれないで、すごい近いところにずっとあったからだと思うんですね。
(C) 2022 Netflix
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――さまざまな妖怪を登場させるうえで、どうやってキャラクターを選定していったんですか?
もちろん河童、雷神、風神、天狗とかっていうのは王道だと思うんですけど。キャラクターに関しては、正直、僕の感覚ですね。まず日本の妖怪とか日本の民話とかに出てくる神様だったりって、本当にユニークじゃないですか。結局やっぱ八百万の神という考え方で日本の民話は成り立っているので、何でも、すべてがキャラクターになりうるというか。そこがもうアニメーションをやる人間にとってみたら宝箱というか、どこを探しても必ず面白いキャラが出てくる。最終的には、「ONI」はおなりの心の旅の話なので、その旅をサポートしてくれるという観点からキャラクターを選んでいきました。
――完全な脇役ですが、タコを頭に載せた猫が可愛かったです。
あれはタコネコっていうんですけど、実はタコネコにもっとフォーカスを当てたストーリーを考えたくらいなんです。タコとネコのどっちが体をコントロールしているのか、とか。そういうことを考えるのは楽しかったですね。僕も好きなキャラクターです。
●リアルな背景&ぬいぐるみのようなキャラクターについて
――テレビシリーズの予算でここまで圧倒的な美術に仕上がっていることに驚きました。
アニメーションシリーズという枠ではありますが、見ていただければわかると思いますが、映画として作ってるんですよ。やっぱりこのトンコハウスの主要メンバーがピクサーから来てるので、お話の作り方が1本の映画のような見せ方にどうしてもなってしまって。最初は8話ぐらいでとかいろいろ考えてたんですけど、書いてくうちに1本の線で繋がるひとつのお話に結局なったんですね。好みもありますし、自分が伝えたいことって一番そのフォーマットが合ってるなと思っていたので。
ただおっしゃる通り、予算はテレビシリーズじゃないですか。なので、デザインをこのレベルに持って行くのはもうすごく苦労しました。ただ、プロダクション・デザインを担当してくれたロバート・コンドウも僕もアートディレクターとしてピクサーでやっていたので、そこは一番得意とするところでもあります。作品作りの過程でもっともお金がかかるのは、やっぱり迷いなんですね。ピクサーとかでもそうですけど、作品作りの過程で迷えば迷うほど、やり直しが生じて人の稼働時間が増えてって、お金がかかる。だから、早い段階でコミットしていく、早い段階で決断していくっていうことが、クオリティを担保する一つの鍵だったと思います。
そのうえで、もちろん1人1人のスタッフの頑張りですよね。そういう人たちと出会えてこの作品を作れたこと、トンコハウスだけではなくて一緒にパートナースタジオとしてやってくださった日本のスタジオ(Megalis VFX、マーザ・アニメーションプラネット、アニマ)のみんなが、情熱をもって最後までやってくれたおかげです。
(C) 2022 Netflix
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――たとえばこの作品では森が重要なキャラクターとなっていますよね。壮大な森をすべて構築するのではなく、あらかじめ構図を決めて、必要な部分だけを作った、という感じなんですか?
いえ、森に関してはやり方が違うんです。Megalisという東京のパートナースタジオがいるんですけど、実写のVFXをやっていた会社なので、プログラミングで森を生やすことができる天才的な人たちが揃ってたんですね。むしろ、彼らに必要なのはディレクションなんです。「森を生やすことはぜんぜんできるよ。でも、その森がどんな森なのかっていうのはちゃんと明確に定義してください」と。そのためのバイブルを作ったのがロバートなんです。
プロジェクトの最初の段階で、僕と岡田さんで屋久島にロケハンに行ったんですね。日本古来の森で、そこにいろんな神様だったり、魂だったり、昔の日本人が当たり前のように敬っていた八百万の神様とかがそこに住んでいるような感覚になってしまうような不思議な森で。僕は興奮して、現場からロバートにテキストと写真を送って、「このままデザインしてくれ」とリクエストして。ロバートには「CG で森を作るのが一番難しいんだよ」って言われましたけど(笑)。
でも、ロバートが森のデザインのルールを作り、Megalisさんの天才的なエンジニアさんとかアーティストが担当してくれました。
実は森に時間をかけたのはプロジェクトの前半で、もっと時間をかけたのは、なりどんとおなりが住んでいる部屋の小物だったりとか。
――お釜とかですか?
はい。あとはお味噌汁とか納豆とかですね。なんで納豆にお金をかけたかというと、個人的にこだわりがあるので(笑)。
――リアルな背景とは対象的に、キャラクターたちはぬいぐるみのようなテクスチャーですよね。どうしてこのような選択をしたのですか?
この作品はもともとはコマ撮りアニメーションとして作る予定だったんです。日本にドワーフというコマ撮りアニメーションのスタジオがありまして、最初は彼らと作っていたんです。彼らと作ったパイロット版は、本当素晴らしいもので。
でも、岡田さんと一緒にお話を膨らましていくときに、ただのかわいい話ではなくて、キャラクターがものすごく大きな人生体験をするというスケールの大きな話になって。それで、プロデューサーがコマ撮りではできないという判断を下して、途中からCGに変わったんです。
やっぱりCG にした理由は、元ピクサーの人間がいっぱいいるトンコハウスにとっては自分たちが最もよく知っている手法だったので、CG でやらないとこの話は伝えられないっていう判断だったんです。
ただ、ドワーフさんと作ったコマ撮り、例えば人形の動いてる感じとかも、手で触れるような感覚、世界観っていうのは、CG でも絶対続けたい。なので CG にした後も人形アニメっぽく見せています。動きもちょっとカクカクしてませんでした?
――はい。あれもコマ撮りっぽい効果を狙ったんですね。
実はどちらかというと、日本人にしか作れないCGを目指したんです。ピクサーとかディズニーだったらものすごく滑らかなアニメーションの動きをするじゃないですか。でもそれは真似したくない。僕は80年代の日本のアニメで育って、そのときのアニメを僕は黄金期と思っているんです。予算もスケジュールもない中で日本のアニメーションをどうにかいいものを作ってやるんだって気迫に溢れていた。例えば宮崎駿さんが、まだテレビアニメーションをやっていた時代ですね。当時は素敵な動きをするアニメーションがいっぱいあるんです。滑らかではなくて、コマ数は少ないんだけど、一つ一つのポーズをすごく重要視しているんです。あの時代のアニメーションを、アニメーターと一緒にリサーチして参考にしました。
――昔の日本のアニメがフレーム数を少なくしたのはコスト削減という事情があったからだと思うんですけども、その手法を真似ることで、メリットはありましたか?
それが主な理由ではなかったにしても、確実にあります。やっぱりCGってのは1フレームずつ、コンピュータを使ってレンダリングというのをしなきゃいけないんです。この作品は1秒12フレームですが、通常のアニメーション、ピクサーとかディズニーでは1秒24フレームだから半分のレンダリングのコストで済むんですね。
フレーム数を下げたことで、違うところにお金を費やすことができた。浮いた分を、ものすごく豊かな背景とかキャラクターのポーズとかに回すことができた。あとは光ですよね。ここはもうピクサー時代からずっと専門にしていたとこなんですけども、光をしっかり使ってお話を伝えたかったので、そこにコストを持ってけるようにしました。
(C) 2022 Netflix
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●“よそ者”という感覚――アメリカでの経験を反映
――鬼の正体は「よそ者」だったという説を作品に取り入れていますが、このテーマが響いたのは、堤監督自身がアメリカ在住であることと関係していますか?
おっしゃる通りです。僕はもうアメリカに来て来年で30年目なんですね。人生の半分以上をアメリカで外国人として生活をしてきて、いわゆるハリウッドというアメリカの映画業界でマイノリティとしてずっとやってきた経験って、今回の「ONI」をやりたいと思ったところにすごく直結しています。
「自分は日本人なのか? アメリカ人なのか?」っていうのを悩んだ時間がけっこうあったんですよ。僕の息子もいま10歳になるんですけども、「日本人なのか、アメリカ人なのか?」、「何者なんだ?」っていうところは必ず向き合わなきゃいけないときが来ると思うんですね。
この「ONI」という作品、もちろん日本人として日本の民話をベースにした作品を作れるってことだけでも本当に大きいんですけど、やっぱりマイノリティ、外国人として今まで自分が感じてきたことを、皆さんと共有できないかなっていうところからこの作品に対する熱い思いがあるんだと思います。
――堤さんのユニークで個人的な経験に基づいているわけですが、それが多くの観客に響くと確信を持てたのはいつですか?
この作品に関わってくれる人たちには必ず僕の個人的なこの作品への思いとか、どうして「ONI」というコンセプトに自分の経験が当てはまるのかって話をするんですね。そうすると、ほぼみんなが「その感覚わかります」「僕もその感覚があります」って言ってくれたんです。よそ者という感覚、自分がこの場に属してないのではないかと思うことって、別に海外で外国人として住まなくても、必ず誰もがどっかで経験してるんですよね。
「田舎から東京の大学に出てきたときに感じました」とか、「クラスの中で僕はどうしても馴染めませんでした」とかって必ずあるんですよね。でも、どこに属するかってことよりも、「自分は自分なんだ」って思えることこそ、たぶん誰もが共通して望んでることだと思うし、そのきっかけを探しているはずで。この作品に関わってくれた人たちみんなが自分の作品として一緒にやってくれたのは、もしかしたらここにその理由があるのかもしれませんね。
「ONI 神々山のおなり」はNetflixで全世界配信中。
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日本の民話に登場する神さまや妖怪たちの世界で、自由奔放に生きるおてんば娘、おなり。伝説の英雄に憧れ、新たな英雄となるため稽古に励むが、父親のなりどんはヘンテコな神様で何も教えてくれない。古来から...
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