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特集・コラム 2025年11月3日(月)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第54回 データ原口氏がつくる作品リストの深さと凄み

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前回ご紹介した「音響監督の仕事」(星海社新書)には(https://anime.eiga.com/news/column/editor_bookshelf/124811/)、巻末に明田川進氏のフィルモグラフィーが収録されている。当時、大学4年生だった明田川氏が虫プロに入社して「鉄腕アトム」の制作進行を担当した1963年から、4Kリマスター&5.1ch化された「銀河英雄伝説 新たなる戦いの序曲」のサウンドデザインを手がけた2023年まで、60年におよぶ明田川氏の足跡が詳細にリスト化され、音響監督という言葉がなかった頃から明田川氏がさまざまな仕事を手がけていることが一望できる。この作品リストを作成したのが、「リスト制作委員会」代表でアニメーション史研究家の原口正宏氏だ。

すべての作品を記録する

原口氏がつくる作品リストの深さと凄みは、ぱっと見では分からないかもしれない。ひょっとしたらWikipediaを見れば十分なのではないかと思う人もいるかもしれないが、Wikipediaも有志の執筆・編集者たちによる成果物であることを差し引いても、リストとしての精度やその価値は大きく異なる。
 原口氏は、1980年代半ばの大学時代から国内商業アニメのクレジットを記録し続け、アニメ専門誌の「月刊アニメージュ」で1986年から2015年までの約30年間、アニメ作品のクレジットを掲載する「パーフェクトデータ」の連載を続けてきた(「アニメージュ」での連載終了後、「年間パーフェクトデータ」は日本動画協会刊行の「アニメ産業レポート」に引き継がれた)。スタッフクレジットの記録は、テレビアニメの場合、放送された作品をすべて録画し、そのクレジットを抽出してPCに入力する愚直な方法で行われている。ここで大事なのは作品に優劣をつけず、フラットに“すべての”作品を記録するということ。言葉にするのは簡単だが、地方局でしか放送されていない小品なども網羅するため、原口氏が代表を務める「リスト制作製員会」は手弁当で大変な作業を行っている。アニメの映像自体が残っていない過去の作品は、関係者に取材したりアフレコ台本を調べたりするなどして、可能なかぎりデータが補完されている。
 日々の活動で調査・入力された膨大なスタッフクレジットがデータベース化されており、そこから明田川氏の名前がクレジットされたものを抽出することで作品リストのベースができあがる。リストの確認をふくめた明田川氏への聞き取り取材も行われ、同席させてもらった。明田川氏の仕事がリスト上では空白だった時期についての質問などがなされ、このようにして作品リストが補完されているのだなと勉強になった。リスト作成を引き受けていただいたことにあらためてお礼を言うと、原口氏は「とんでもない、こちらこそ有難い」と答えながらサラッと「僕はこういうことをするために生きていますから」と言われた。クレジットの記録とリスト制作に人生を捧げる原口氏の神髄を垣間見た気がして、原口氏が「データ原口」の異名をもつ理由がよく分かった。「リスト制作委員会」が更新し続けているスタッフクレジットのデータベースは次代に残す貴重なアーカイブであり、一種の使命感のようなもので続けられているのだと思う。
 作品リストは、丹念な調査の積み重ねによる記録であるとともに、クリエイティブな側面もある。明田川氏の作品リストで言うと、劇場アニメ「AKIRA」が1988年の公開以来、映像ソフトを出すたびに映像とあわせて音響もリマスタリングされていることがリストを見ると分かる。これはクレジットの記録だけでは分からない部分で、何度も音響がやり直されていることを作品リストに落としこんだ結果だ。「人に歴史あり」という言葉がある通り、ある人物の仕事歴をまとめたり年譜をつくったりすることで、その全貌が見えてくる面白さがあり、「音響監督の仕事」に原口氏の作品リストが収録されていることは、手前味噌ながら大変な価値があることだと思っている。

作品名の表記ルール

原口氏の作品リストには、独自の表記ルールがある。そのひとつが作品タイトルの表記で、例えば浦沢直樹氏の柔道漫画が原作の「YAWARA!」は「YAWARA! a fashionable judo girl!」と表記する。何をもって正式な作品タイトルとするか作品によってハッキリしないこともあり、原口氏はオープニングに表示されるタイトルを作品名としている。「YAWARA!」の「a fashionable judo girl!」部分は、デザインの飾り的に小さく表記されている文字で、これもタイトルの一部であるという考え方だ。
 もうひとつ、明田川氏のリストにある「ジャングル 大帝」の場合、オープニングのタイトル画面で「ジャングル」と「大帝」の2行で表示されていることを表している。タイトル画面で改行されているところにスペースを空けるというルールで、このルールを知らないと不要なスペースが入っていると勘違いしてしまうが、そこまで徹底して映像内のクレジットを忠実に記録しようという表れでもある。

「ゲ謎」のファン活動も

明田川氏への聞き取り取材をしたのは、劇場アニメ「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」(略称「ゲ謎」)の映像ソフトが発売された頃だった。原口氏は自身のX(旧Twitter)で、一時的にソフトが品切れになった同作の販売情報を「ゲ謎」ファンたちに共有していた。そんなことまでするんだと驚き、原口氏になぜそんなに「ゲ謎」を推しているのか聞いてみた。スタッフクレジットの記録者として作品をすべて同列に扱い、書き手として作品をとりあげるときもフラットに書くことが多かった原口氏が、「ゲ謎」についてはファンモード全開で、Xを中心に積極的に情報発信したり同好の士と交流したりしていることが個人的に気になっていたのだ。
 原口氏は、試写会の段階で「ゲ謎」の素晴らしさにいち早く気づき、その魅力を広めたいという思いに加えて、あえて作品に入れこんでみようと考えて自覚的にファン活動をしているのだと答えてくれた。作品リストと同じように、やるとなったら徹底的にやるのが原口氏で、「ゲ謎」がコラボした施設には「リスト制作委員会」のメンバーでもある妻の道原しょう子氏(イラストレーター)と一緒に地方をふくめて足を運び、コラボドリンクがあればすべて注文する。そんな様子をまめにXに投稿し、Xのユーザー同士でトークをする「スペース」も定期的に行っている。
 筆者にもそういう面があるが、アニメに関わる仕事を長くしていると、どこか醒めた部分がどうしてもでてきてしまって、かつての一ファンのようにはアクティブに動けなくなることが多い。自分より年上の原口氏が、今で言うところの推し活をとことん楽しんでいるのを見ると、そうした初期衝動を大事にしなければなとあらためて思う。(「大阪保険医雑誌」25年8・9月合併号掲載/一部改稿)

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

作品情報

鉄腕アトム(1963)

鉄腕アトム(1963) 3

21世紀の未来世界で、十万馬力等7つの威力を持つロボット少年アトムが大活躍する物語。日本初の国産テレビアニメシリーズとして記念すべき作品。

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