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特集・コラム 2018年10月1日(月)19:00

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第8回 セル制作と失われたインフラ

アニメワールドスターから譲られたセル素材の一部(炎のマスクセル)

アニメワールドスターから譲られたセル素材の一部(炎のマスクセル)

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先日、株式会社共栄鍛工所がロボットアニメ的な短編CMを発表して話題になった(https://www.youtube.com/watch?v=0zA1YULfHEw)。鉄を打つ熱い動画から戦闘機の発進、ロボットへの変形とバトルをフルコマに近い枚数の作画で描いた力作で、制作は株式会社G-angle、監督・コンテ・演出・作画は菅野芳弘という布陣だ。
 問題はこの宣伝に使われた「セルアニメ」という語句である。これを「透明なセル板に線をトレスし、裏側から絵の具を塗って背景に重ねて撮影する」という意味での「セルアニメ」と受けとった人が出た。それも年季のはいったファンやプロが「まだセルで制作できるの?」と、SNSに反応したのである。結局は「3DCGではない」という意味で「手描きアニメ」または「2Dアニメ」というべきものを「セルアニメ」と表現したと発表されたが、なかなか混乱は鎮まらなかったようだ。

デジタル制作になった現在でも、作業の便宜上「セル」「背景」と呼んで素材を種別している。だから「セルアニメ」と呼んでも間違いというわけではない。そして筆者の場合、こう考えて否定できなかった。仮に素材として「セル板と絵の具」を使ってフルコマで動かしたとすると、90秒で1000枚程度のセル画が物体として生成される。それは展示が可能な宣材となるので、インパクト勝負の宣伝フィルムなら射程に入れた計画かもしれない……。「素材としてのセル制作」は、まだ今なら何とかなる。
 しかし同時に筆者は、アナログ制作的にフルセットの「セルアニメ」ならば、あり得ないとも思った。なぜならば、稼働できるアニメーション撮影台が休眠して久しく、オペレーターもいないからだ。アニメだけの事情ではない。映画界、CM界全体で、フィルム調達は至難となっているし、現像所も一部は受付を停止しているという。だから、こうした産業的なインフラストラクチャにも少しは目を向けてほしいと思った。水道や通信を考えれば分かるが、インフラは長年かけて作るもので、段階的な構築と整備、維持が必要である。完成の域に達すれば川が流れるように、淀みなく誰でもその恩恵にあずかれるようになる。それだけに、一度でも止めてしまったら二度とは元に戻らないものだ。

インフラは目に見えない。消費物としての最新アニメ作品なら最先端のテクノロジーで作っていればいいし、観客が見えないインフラを気にする必要はない。だが、文化保全や研究という観点になると、そうはいかない。いったんインフラが失われてパラダイムが変わってしまった後では、さかのぼって検分することは難しくなる。だから、アニメ研究に対する工業的な理解とアプローチは重要になってくる。学術的に論じようとするならエビデンスも必要となるし、「現物にあたった経験」は成果に大きな影響をあたえる。アニメーション撮影台は、幸い五反田IMAGICAでのスタジオジブリからの寄贈品展示など、遺物として見ることは比較的容易である。しかしライトを点灯して素材を置いてハンドルを回してカメラのシャッターを押して、という動態としての作業再現性には乏しい。
 こうして消えていくものをどのように記録に留めていくか。そんな認識が日常的になっているからこそ、前述のように「撮影はあり得ないな」と瞬時に反応したわけだった。

この種の出来事はなぜかシンクロニシティを伴う。中野ブロードウェイセンターで1995年からたセル画を店舗販売していた老舗のアニメワールドスターが、9月17日をもって閉店するというニュースが前後して入ってきたのだ。同社取締役の平喜裕氏がサイト「アニメ!アニメ!」の記事「アニメの貴重な文化財「『セル画」』は消えてしまうのか? 専門店取締役が語る、セル画の現状と今後」で、その理由と展望についてインタビューに応えている(https://animeanime.jp/article/2018/09/05/39964.html)。

これに関連して急に気になってきたのが「ハーモニー」と「マスク素材」の保全のことだった。現在、筆者は大学院で「アニメ表現技術」に関する講義を行っている。そのとき「教材」が不足していると前から考えていた。普通にキャラクターが描いてあるセル画は前記事のように流通も制作も続くはずだが、アナログ制作が終わって「二度と作られないタイプの素材」があり、それを入手していないことに気づいたのである。
 まず「ハーモニー」には2種類ある。セル上に背景の手法で絵の具が剥離しないように重ね塗りで描くものと、画用紙に描いた背景の上に荒々しいタッチの主線だけのセルを乗せたものがある。特に後者は言葉ではなかなか仕掛けが伝わりにくい。だが、物体を見せれば、セルと背景の役割分担と、それが合わさった状態のことを「ハーモニー(調和・連結)」と呼ぶことは一瞬で伝わる。
 そしてもっと分かりづらいのが、以前述べた透過光処理用の「マスク素材」である(原理は第1回参照)。このマスクもまたセル処理されて、カット袋に同梱されて撮影に持ちこまれる。ところが手元にあるのは1979年作品のもので、セル全体に黒い絵の具でマスクを塗ってあるものしかサンプルがないことに今さら気づいたのだ。ちょうどその時期、SFアニメが大ブームとなって透過光処理の比率が激増していた。大幅に増えた最初期の作品は映画「『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』」((78))のメイキング記事には、マスクの制作方法として「ラシャ紙にカッターで切り抜いたり、千枚通しで穴を空けたりしている」とあった。さらに精度が要求される場合は、動画を光学転写した「リスマスク」という製版フィルムを使う。1995年の「『新世紀エヴァンゲリオン』」ではMacintosh上のIllustratorでフォントを傾けるなどしてマスク転写のための素材を作り、モニタグラフィックスを表現していた。これらも実物を見せれば「違うい」ということは一目瞭然である。

という悩みをSNS上で開陳していたところ、なんと平氏から破棄するマスクとハーモニーを譲っていただけるご提案をいただいたのだった。キャラクターが描いていないからゴミとして捨てられていると思いこんでいたのに、ありがたい話である。現物が届いてみると、透過光用以外にも多重露光用でキャラクターのシルエット形状のマスクがあったり、絵の具の節約のため塗りとラシャ紙を併用しているものがあったり、リスマスク作成時に生じるピンホールをペイントでふさいでいたり……などなど、さすが! 実物ならではの発見がいろいろ得られた。ここで改めてお礼を申しあげます。

このように、セル画には単にキャラクターなどの美麗さを楽しむ役割だけでなく、「物証」には見なければ分からない情報が満載なのだ。そして「つくりものとしてのアニメ」には、奥の深い仕掛けがいくらでも見つかるのである。

氷川 竜介

氷川教授の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院特任教授。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

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