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特集・コラム 2019年5月6日(月)19:00

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第15回 オリジナル音源への熱望感

「宇宙戦艦ヤマト 劇場版」ブルーレイ発売中(発売・販売元:バンダイナムコアーツ)

「宇宙戦艦ヤマト 劇場版」ブルーレイ発売中(発売・販売元:バンダイナムコアーツ)

(c)東北新社

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アニメ音楽の「オリジナル劇伴(BGM)」に関する話を続けよう。自分がその存在を知ったのは、1974年放送の「宇宙戦艦ヤマト」からであった。桜台の制作スタジオ見学時、演出ルームにオープンリールの6ミリテープを見つけたのである。そこで初めて「毎回番組に流れる音楽に元(マスター)がある」という概念を知った。アニメ雑誌もなければ「音楽集」の商品もない時代、今では当たり前のことも、自分で発見せざるを得なかった。
 セリフや効果音の重なっていない原音の存在を知り、何とか繰りかえし聞けるようにしたいと、必死で頼み込んでSONYのカセットデンスケを持ち込んでコピーさせていただいた。考えれば迷惑な話だが、それぐらい情熱があったのである。なぜ「デンスケ」かと言えば、プロ用音楽は全部ステレオだと思い込んでいたからだ。ところが驚いたことに、BGMはモノラル録音だった。テープ速度もレコード用の毎秒38センチではなく、半分の19センチである。それでもオリジナル音源を聞いてみると、「A-1」などMナンバーと呼ばれる分類記号と仮タイトルがついていて、映像にはない曲のラストがあったり、演奏ミスをテープ編集でつなぐ指示があるなど、驚くべき情報が多数あって感激した。

こうした体験が「オリジナル劇伴をそのまま音盤で欲しい」という強い動機につながっている。「何とかして作品の感激を残したい、何度でも追体験したい」という「消えるものへの抵抗」である。そもそも「放送」は電波に乗せて空中拡散され消えてしまうものという認識が根幹にある。初期テレビドラマの現存率が低いのも、録画テープが高価という理由以上に「消えるべきもの」だったからだ。一方で音盤を意味する「レコード」は「記録」の意味だから、反復鑑賞が基本だ。そしてボーカルのないインストゥルメンタル曲それ自体、当時は主題歌・挿入歌に比べて、商品価値が低いとされていたのだった。
 そんな固定観念はどんなプロセスで変わっていったのか。テレビアニメ初期は、画面に合わせて音楽をつけるスコアリング手法も使われていた。冨田勲の「ジャングル大帝」(65)はその好例で、これはアレンジされて「子どものための交響詩 ジャングル大帝」として商品化された。テレビアニメの「サウンドトラック盤」最初期のものである。しかしこれは予算と時間の不足を補うため、「溜め録り」と呼ばれる手法に推移する。あらかじめ「A-1 喜び」「B-2 ドタバタ」「C-5 追跡」など想定される用途を「メニュー」にして、Mナンバーをつけてストックする。作曲家はオーダーにしたがい、企画書やキャラクター設定、初期のフィルムを手がかりに、全話に対応する曲を作るシステムである。
 これは方便ではあったが、画(映像)に音楽が完全従属することがなくなった分、音楽の主張が前面に出るというメリットも生じた。「独立した音楽としても聞きたい」というニーズも、それゆえのものである。そういう意味では「BGM」という喫茶店などに流れる「聞き捨てられる雰囲気音楽」ともまた違う役目があるわけなのだ。もともと映画音楽も全てが「スコアリング」というわけではない。世界観や連続する感情の流れ、情緒の変化を音楽がカットをまたいでサポートするような用法がある。そして「画面と相反する音楽」をぶつけることが、日本のテレビアニメに独特の味つけをもたらすことになった。

「宇宙戦艦ヤマト」の場合、その効果がもっとも分かりやすいのは、第1話のBパート冒頭だ。地球全土が赤い焦土と化して滅亡していくプロセスに合わせ、ゆったりとスローな女声スキャットが流れる有名なシークエンスである。本来カオスと化していく醜悪なはずな情景なのに、エフェクトアニメーションの妙と哀愁あふれる人の声が重なることで、得も言われぬ美学が宿った。映画のモンタージュ効果と同様、弁証法的な効能がそこに発揮され、単独ではかなわない第三の意味や効果が生じたのだった。つまり「足し算」ではなく「かけ算」であったり、化学変化のようなものが音楽に起きるということである。
 ところがそんな画期的な「宇宙戦艦ヤマト」の音楽でさえ、オリジナルのままの商品化の実現はかなり後の1980年になってしまう。「毎秒19センチでモノラル録音」の「オリジナル」は、それぐらいレコード的価値が低いと思い込まれていたのだった。
 まず1977年の劇場公開に合わせて発売されたアルバムは本編の音声に新録ナレーションを重ねた「ドラマ編」で、自分たちファンは大いに落胆した。ヤマトブームが起きた同年末に発売されたのは「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」というアルバムだ。これは企画盤としては優れたものだが、アレンジが大胆すぎて「オリジナル」からは隔たりがあり過ぎる。実は劇場公開直前、デパートの催事場などでミニコンサートが開催されたことがあった。その時点ではオリジナルに近い再現で、満足度が高かった。そうした比較対象があるだけに「オリジナルのままレコードにしてくれればいいのに」という想いは強まる。
 そしてこの企画アルバムのヒットは、「劇伴を交響組曲にすれば売れる」という発展を呼びこむ。「宇宙海賊キャプテンハーロック」など翌1978年の春番組から、発売元の日本コロムビアは、アニメや特撮の「交響組曲」を発売するようになったのだった。シンフォニック、ジャズ風、マーチ風、エスニック風などアルバムとしてのコンセプトと統一感を出しながら、各作曲家が高音質を意識して腕をふるった音盤の数々は、アニメ特撮音楽に新風を呼びこんだ。ところがこれまた微妙なギャップを生んだ。おそらく音盤を意識した曲は主張がありすぎて、劇伴としての使いづらさが出たのか、テレビ用の曲が流れていたりして、放送された作品との間に距離感を感じさせるのである。
 こうしたギャップが埋まり始めるのが、さらに翌年の1979年春から放送された「機動戦士ガンダム」であった。「テレビ用劇伴のステレオ音盤化」という非常にシンプルな……1974年ごろに自分が夢みた状態が完成するまでには、これだけ複雑なプロセスが必要だったのである。そこから始まった「ガンダム音楽の歴史」は1982年春に劇場版「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙(そら)編」で完結するまで、電子音楽の台頭などの時代性を乗せつつ、アニメ音楽そのものの変遷を代表するものとなっていく。その話は、また次回としたい(敬称略)。

氷川 竜介

氷川教授の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院特任教授。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

作品情報

宇宙戦艦ヤマト

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