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特集・コラム 2021年10月29日(金)19:00

【氷川教授の「アニメに歴史あり」】第36回 2人の監督が彩りをぶつけ合ったアニメ「ベルサイユのばら」

(C) 池田理代子プロダクション・TMS

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ぴあ発行によるDVDパートワークが定着し、主に1980年代前半までの名作テレビアニメが書店で入手できる状況を好ましく感じている。新しい受け手を獲得してこそ、未来につながる「古典」となり得るからである。
 アーカイブ事業も大学・大学院での講義も、「無条件で残る」みたいな思いこみを排し、新しい光を当てて価値を再発見する試みの一貫である。移ろいやすいネットに対し、物証となる「ライブラリー」は貴重だ。それゆえ寄稿でも参加するようにしてきて、その最新作は「ベルサイユのばら」(通称「ベルばら」)である。これには「そう来たか」と格別な感慨を覚えた。
 自分の参加は「あしたのジョー」(続編含む)からだった。出崎統監督による不朽の名作で、「これが売れれば出崎統作品が続々とリリース」などと言われて張りきり、事実そうなった。「ガンバの冒険」「宝島」「スペースコブラ」「エースをねらえ!」「家なき子」と次々に実現していき、書店に並ぶ様相は夢の実現である。
 続けて全182話「巨人の星」のリリースとなり、国民的タイトルを映像でも確認してもらえる点で意義深く感じている。そして並行してリリースが始まったのが、今回の「ベルサイユのばら」(全40話を5巻に収録)という位置づけである。
 このタイトルは、ラインナップのコンテクストをより明解にするものであり、アニメの進化を知るうえでも重要だ。よく知られているように、本作には2名の監督がいる。第12話までは長浜忠夫が総監督、第19話以後は出崎統がチーフディレクターを担当した。つまり「巨人の星」と「あしたのジョー」の監督によるハイブリッドな作品なのである。「監督交代」の事例は「勇者ライディーン」(1975)も有名だ。これは富野由悠季から長浜忠夫へと前半・後半で交代していて、「ベルばら」とも対をなすように感じられる。
 注目すべき点は2つある。1点目は「対照的な作風」であり、2点目は「1970年代末の締めくくり」だ。
 1点目は「演劇か映画か」の対比と換言できる。長浜忠夫は「ライディーン」の後、サンライズを制作現場とする東映本社製作のロボットアニメを続けて監督し、「演劇的姿勢」でドラマ面を強化した。中でも「超電磁マシーン ボルテスVV」(77)は敵側を中世王朝風の異星人として地球側との間に“悲劇の王子ハイネル”を設定し、ドラマチックな興奮を極限まで高めることで女性ファンを多く獲得し、ティーン向けアニメの開拓を前進させた。その演出作法は、ストーリー運びもセリフ回しも、対立軸を想定して激しさをぶつけ合って激情を燃やしていくもので、まさに演劇的であった。
 長浜忠夫は中高生時代から演劇に耽溺し、自らも演技者として舞台に立ち、演出を担当した。テレビ時代の初期は人形劇「ひょっこりひょうたん島」などで「声で人を引きこむ演出」を進歩させ、キャリアの集大成として「巨人の星」を歴史的大ヒット作品に仕立てた。そして次なる代表作「ボルテス」の物語とは、角の有無で差別が行われ、貴族に圧制を受けたボアザン星――その民衆が最後に革命を起こすものだった。フランス革命を描く「ベルばら」に似ていると、放送当時からすでに話題だったのである。
 では1972年連載開始の「ベルサイユのばら」は、すぐアニメ化された同時期の「エースをねらえ!」に比して、なぜ7年間もアニメ化されなかったのか。理由は1975年のオリジナルアニメ「ラ・セーヌの星」などいろいろ考えられるが、「ベルばら」が宝塚歌劇の題材に選ばれ、1974年から定番となった件が決定打ではないか。つまり「舞台演劇」と親和性の高い原作と認知されているのである。
 アニメ版「ベルばら」は1979年3月にベルサイユ宮殿でロケを敢行した実写映画との関連で実現した企画だ。アニメはそれに対して様式美を重視した演出が期待されたはずで、その意味で長浜忠夫監督はベストマッチであった。
 長浜演出の特徴で有名なのは「声の演技へのこだわり」である。そしてラッシュフィルムが完成すると、必ず自分で全部の配役になりきってセリフを音読し、チェックする。理想の演技を、そこでいったん作りあげるとさえ言われた。口パクの形状やタイミングが合わないとリテイクを出し、スタジオでも役者に限界まで声を張り、全力を出すよう徹底した要求をぶつけた。これは「観客に対してダイレクトに伝わるファクターを重用した」ということになる。
 もうひとつの特徴は、やはり「対立軸」だ。王宮の人間模様を描く作品ゆえ、権力闘争の渦中にいる者の対立が、何度も事件として描かれる。その対立を誤解なく明瞭に見えるかたちで画面に出すのが、長浜演出だ。激しい対立の構図や色のアブノーマル処理を加え、それで不足なら心中の火花を映像の中に透過光で入れるほど、激しさに激しさを加算する映像である。あらゆるものを外部化し、「表」で観客を引きこむ演出作法――それはやはり「演劇的」と総括できるものではないか。
 一方の出崎統監督の演出は、自覚的に「映画的」である。虫プロダクション入社以前の彼は、貸本劇画で天才高校生として頭角を現していた。その世界には、手塚治虫とは違う流儀の「映画志向」があった。特に重視されたのは「影」や「闇」の表現で、題材にも犯罪ものが多く、暴力描写も頻出する。それは社会の「表舞台の光」を描くメジャー漫画に対し、普通や慣習を否定しつつ「裏」を描く反骨精神の発露でもあった。
 手塚治虫漫画のアニメ化で急成長した虫プロダクションも、1960年代末になると手塚原作を離れ、「映像派」が台頭する。りんたろう監督による「わんぱく探偵団」(江戸川乱歩原作)や「佐武と市捕物控」(石ノ森章太郎原作)は、少年週刊誌に劇画ブームが起き、青年コミック誌が続々誕生する時代性を背景に、リミテッドアニメを「静と動」の様式美に高め、映画的カメワラークを駆使して「闇」を強調し、青年化を実現した。
 りんたろうと親友だった出崎統監督の演出は、同じベクトルを有している。「動き重視のアニメーション」より「静と動の対比」を意識し、「闇を意識した映画」を目指している。前例にしたがうことを良しとせず、「表舞台ではない裏の感覚の探求」の点で「あしたのジョー」のアニメ化も「映画的」になったのである。その演出の進化の歩みは1970年代の出崎統アニメに刻印され、初の劇場映画監督作品「劇場版エースをねらえ!」(79)が総決算の役割を果たす歩みは、このパートワークで総覧可能となった。
 そして出崎統の「ベルばら」への緊急参加は、「劇場エース」と「あしたのジョー22」(80)の間の出来事なのだ。りんたろう監督が「劇場版 銀河鉄道999」を発表し、富野由悠季監督が「機動戦士ガンダム」のテレビシリーズで「映画的感覚」にチャレンジした1979年から1980年にかけて大きく時代が動くタイミングだと言えば、その歩調のシンクロに大きな意味を見いだせる。
 出崎統にバトンタッチした「ベルばら」は、ストーリーは原作の流れに沿いながらも、次第に「表の感情表現」が抑制され、「裏」を見つめるようになっていく。それは視点が貴族から平民へ移る展開ともシンクロしている。「表で語っていることと意識が食い違う」ため「真意は情景全体に託す」演出も多用され始め、名もなき群衆が頻繁に描かれるようになり、フランス革命への内圧を高めていく。
 撮影処理も、「闇の感覚」を「光と影」の処理でサポートする。フレームいっぱいにアップになった表情の手前を暗い素材で覆う「パラがけ」が多用され、海は特殊な透過光でギラギラと輝く。王宮では非常に広い空間が描かれる一方、牢獄や夜のパリなど光の当たらない狭い場所が頻出し、革命への機運もセリフではなく、「画づくり」の積みかさねで醸し出される。「光と影のコントラスト」のはざまにある「夕景」には、オスカルとマリー・アントワネットの心の別離の時など、特に深い意味が込められている。ハーモニー処理による止め絵の多用で「静と動」のメリハリも強まり、極まった「刹那」が際だつようになる「時間の意識」も言葉にならない意味を伝えてくる。
 すべては「光と影の時間芸術=映画的」と総括できる。しかもこれが「オスカルが光、アンドレが影」のメインテーマと共鳴し、長浜演出パートを含めた全体を一本に貫いている点が、奇跡的に美しい。前半の演劇的で陽性な長浜演出、後半の映画的で闇を見つめる出崎演出、この激しい対比が主人公ふたりの精神的成長と同期しているのだ。それゆえにテレビアニメ「ベルサイユのばら」は、関係者たちの思惑を超えたところで、唯一無二のシリーズとなった。
 こうしたことも一気に確認できるのは、実に貴重な機会だ。まだまだ知られていないことを探っていくためにも、かけがえのない研究対象となるタイトルではないだろうか(敬称略)。

氷川 竜介

氷川教授の「アニメに歴史あり」

[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ)
1958年生まれ。アニメ・特撮研究家、明治大学大学院特任教授。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。

作品情報

ベルサイユのばら

ベルサイユのばら 2

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