2026年3月7日(土)19:00
【氷川竜介の「アニメに歴史あり」】第62回 アニメーションのパワーを確信させてくれる「アメリと雨の物語」

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2歳半のときの体験を鮮明に思い出せる人は、決して多くはないだろう。五感すべてが新しい刺激となり、肌に触れる物の質感や聴いたことのないような音、やたらと強く迫る光の感じや、初めて味わう菓子や果物の衝撃などなど……。こうしたな記憶は感覚の断片としてストックされ、沈み込んでいる。
このようにして、万物を区別のつかないまま受容し、把握していた幼児の世界を追体験するアニメーション映画が、フランスとベルギー合作の「アメリと雨の物語」(3月20日公開、第98回米アカデミー賞長編アニメーション部門ノミネート作品)である。今回は多少内容に踏みこみつつ、本作の大きな価値を紹介したい。
まず本作につながる系譜を確認しよう。2015年公開(日本は19年)の映画「ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん」(フランス・デンマーク合作、レミ・シャイエ監督)は衝撃的だった、帝政ロシア時代、行方不明となった祖父を求めて貴族の娘が北極点を求めて航海に出る、そんな壮大な冒険をわずか81分でまとめた作品だ。同じ座組の合作映画「カラミティ」(20年/21年日本公開)は一転してアメリカ西部開拓時代を舞台に、後にカラミティ・ジェーンと呼ばれる12歳の少女の常識外れで勇猛な行動を描く。いずれも世界の映画祭で高い評価を受けている。
本作「アメリと雨の物語」は、この2作の挑戦を継承した作品なのだ。映像のルックはアウトラインのない大きな色面を大胆に活かして闊達(かったつ)に動かすものだ。平面構成を基本とするキャラクターと背景の組み合わせによって、主人公たちにしか見えない世界の豊かさを鋭い感性で観客へと伝達する姿勢である。本作「アメリ」の美術監督のエディン・ノエルは、先の両作でビジュアルデザインを担当し、共同監督を担当(初監督)するマイリス・ヴァラード、リアン=チョー・ハンもまた作画面で大きな役割を果たしていた。
物語の主軸を抽象化すると、これも3作に共通する点が見出せる。舞台を過去の時代の外国、製作の当事国からすれば一種の異世界に設定されている。そこで冒険に挑むのは、外界の常識との摩擦によって感性をまだ鈍らせていない純な少女だ。
本作の場合、タイトルロールのアメリは、ベルギーから家族ごと1960年代の神戸に赴任している外交官の娘である。主な舞台の日本家屋もまた、諸外国の観客にとっては異世界だ。兄と姉がひとりずついるが、末娘のアメリだけは生後2歳半まで、光など周囲からの刺激にまるで反応を示さなかった。その時期、アメリは内面で自分を「神」だと信じ、同時に他者と関わりをもたない「チューブ」(食事と排泄しかしない管のこと)だと認識していた。原作となったアメリー・ノートンの自伝的小説は「チューブな形而上学」(作品社)という題名である。
ある日、突如として目覚めたアメリは、段階を踏みながら外界の情報をゆっくり認識するステップを一気に飛ばしてしまったため、押し寄せる刺激に大きく反応して、家族を振りまわしてしまう。激しく走り回って新鮮な情報を得ようとする幼児からの主観世界は、低いカメラ位置から背景を回転させたり、植物の開花を時間圧縮でカラフルに見せるなど、リッチな動きと色彩のブレンドによってダイナミックに変容する。
アメリからすればこれは冒険であり、その方向性と動く絵本のようなビジュアルは相性がいい。色彩や質感などを誇張しつつもリアリズムに基づく映像と、イメージ方向に振りきって自然の光や雨粒がビームにように見え、極彩色の抽象画が動くようなファンタジー的な描写がモノローグを多用した語り口、情感をたたえた音楽とシームレスに融合し、「まだ分別のつかない時期」の本質を活写していく。
本作の意図は「アメリの幼児体験を観客と没入的に共有する」という点にある。それと「情報を必要なものに絞りこんで観客に伝えるアニメーションの特性」は実によくマッチしている。チョコレートの甘さ美味しさ、母親を見失う恐怖、雨の香りなどなど、本来なら絵に描けない感覚が、丁寧に調色された映像から如実に伝わり、観客の脳の奥底に眠っていた幼児体験を掘りおこす。本作もまた「アニメーション映画の可能性」を大きく拡張するものなのだ。
メインタイトルに「アメリ」と「雨」と音を共有する言葉が並んでいるのは、劇中でこの漢字を学ぶシーンがあるからだ。草花を筆頭とする四季の推移を反映した和風の風景、あるいは昭和30年代のノスタルジックな家電類や生活様式なども、「しまいこんだまま忘れかけた記憶」の触媒として機能する。時代設定は日本の敗戦から20年弱が過ぎようとした時期であるが、大きな爪痕を残した戦争の災禍と、それを乗りこえて平和に向かう時代性も組み込まれている。
大人の事情を知るよしもないアメリが次第に「他者」を知り、苦手意識のある相手に対しても別の見方を発見し、やがて成長していくステップがストーリー的な見どころである。そこで大きな役割を果たすのが、日本人家政婦のニシオさんである。優しく温かく包容力のある彼女は、アメリの大切な友人となり、日本固有の文化や日常に潜む小さな喜びを教えていく。アメリの内面は「魔法のような世界」なのだが、ニシオさんを代表とする他者を意識し、心の絆を結ぶことによって、この魔法は「共有可能なもの」となっていく。この「共感に至るプロセス」が最大のみどころである。
本作の制作にあたり、片渕須直監督の「この世界の片隅に」も参照されたという。言語や風俗習慣など異国同士の理解をはばむバリヤーも、非言語的な伝達を可能とするアニメーション映画なら、乗りこえることができるのではないか。筆者は長年、そんな「世界平和」の可能性を夢みていた。
「複数の文化・価値観の間で揺れながら、他者との出会いを通じて自己を確立していく」という人生の歩みを、優しく肯定的に確認させてくれる映画「アメリと雨の物語」は、アニメーションのパワーを、映像が喚起する幼児期の喜びの追体験とともに確信させてくれる作品なのである。
氷川竜介の「アニメに歴史あり」
[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ) 1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。
作品情報

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