2026年7月2日(木)19:00
【氷川竜介の「アニメに歴史あり」】第64回 「アニメには何が可能なのか」を考えさせる「天幕のジャードゥーガル」
7月のテレビアニメ新番組「天幕のジャードゥーガル」が比類なき個性を放つ作品であるのは、PV発表時点ですでに感じていた。本稿執筆時点は放送開始間もない時点だが、「アニメには何が可能なのか」という視点で思索を多く喚起している。本稿では多少踏みこんで、そのいくつかを提示してみたい(3話までの描写と広く知られている情報をもとにしているが、ネタバレをいっさいしたくない方はここで中断してほしい)。
まず基本情報の確認から始めよう。原作はトマトスープによる同題の歴史漫画である。2021年から秋田書店の無料のマンガ試し読みサイト「Souffle(スーフル)」に連載され、単行本は5巻まで刊行。アニメ化に際しては、やはり史実を題材とした意欲作「平家物語」と同じサイエンスSARUがアニメーション制作、「きみの色」の山田尚子が総監督を担当していて、そこに映像化の勝算があったと推察できる。さらに監督はスペイン出身のAbel Gongora、キャラクターデザインと作画チーフは「地球外少年少女」の吉田健一と、アニメの先端を切り拓こうという意欲にふさわしい布陣である。
着眼点を以下3点ある。1つ目は「教養の重要性」である。2つ目は「現在の世界醸成との関連」。中東イランの風俗と世情、大国の武力侵攻、異文化衝突などの要素は、13世紀と21世紀が地続きであることを実感させる。3つ目は「アニメ映像ならではの処し方」だ。現実味の強い題材に対し、華麗な異国の美術表現と幼くデフォルメされたキャラの特質を駆使して口当たりをよくすると同時に、心理の奥深くまで観客を引きこまれるのは、アニメーション表現だからこそ可能となったことなのだ。
これら三要素が絡みあって刺激することで、視聴者は「見たことがないのに存在感が信じられるアニメ世界」へと誘われるのである。
特筆すべきはイスラム世界から始まることである。本作の主人公は、13世紀のイラン(ペルシア/ペルシャ)で奴隷だったムスリムの女性だ。シタラという名を得て学者一家で暮らし始めた彼女は、当初勉強を嫌っていたものの、その家の息子ムハンマドの影響により、自分の未来を決定づける「知」の大きな価値を知る。
シタラはその家に満載の写本を通じ、医学・数学・天文など当時先端の知識を身につけ、8年かけて賢明に育っていった。だが、その「知の蓄積」は学術の道に結実することはなかった。チンギス・ハーン率いるモンゴル帝国軍の侵攻が始まり、住んでいたトゥース市は地域ごと破壊され、情け容赦のない征服を受けてしまったのだ。家族同様に暮らしていた優しい人の多くは殺され、連行された先で絶望から死に至る者さえ出る。
捕われの身となったシタラは、それでも絶望しない。自分をかばって斬殺されたファーティマの名を借り、知略のすべてを動員してモンゴル帝国への報復を決意する……。
そのモデルとなったファーティマ・ハトゥン(1246年没)は史実上の人物で、ペルシア語の「ジャードゥーガル(魔女)」と呼ばれていたことも記録にある。その理由は、チンギス・ハーン亡き後に後宮で暗躍し、高官の任命・罷免に関与して政治に介入していたからだった。異国人の捕虜から妃の側近へ昇り詰めた逸材として、怪僧ラスプーチンと並び称されるほど有名なのである。
では、なぜそれが可能となったのか。異国でそのような行動に出た動機とは。数々浮かぶ「問い」に対し、本作は臨場感と情緒豊かに、現代人でも理解可能な「答え」を返してくれる。どのような手段で復讐が遂げられるのか、その期待感が、目が離せなくなる感覚を本作にあたえてくれる。
シタラは貧者、難民、被災者、政治的抑圧下の人びとなど、現代にも多く見られる弱者と似た「底辺の境遇」から再出発する。その身分に甘んじなかった彼女の精神力、その強靭さの源泉は何なのだろうか。単なる上昇志向には収まらない、その情念もまた注目ポイントである。それはおそらく「一瞬で本質を見抜く洞察力と、原理を応用可能な柔軟性」に秘密がある。
第1話ではシタラの「智恵への希求」の出発点となった、高名な学者の息子・ムハンマドの実験が描かれている。勉強を嫌がるシタラに対し、彼は高所から金だらいを地面に落下させた。そのときシタラは「落ちればどうなるか」を予見し、大音響が生じることに備えてあらかじめ耳を覆った。未来を予見した彼女に対し、ムハンマドは「勉強して賢くなれば、どんなに困ったことが起きたって何をすればいいかわかるんだ」と微笑む。たったそれだけのことで、シタラは学びへの積極性を発動させた。もちろん生来的に賢いと言えるのだが、その賢さはやがて「因果応報」的な方向性へと収斂していく。
当時「最強」と恐れられた遊牧民たちのモンゴル帝国は、チンギス・ハーン死後は強い求心力を失い、残された息子たちの相克と陰謀が渦巻くようになっていく。その内部分裂の前兆は初期から描かれている。ファーティマと名を変えたシタラは、「因果律を把握すれば未来を予見できる学びの力」で、モンゴル帝国自身がもともと内包していた歪みを拡大させるよう動き始めるはずだ。「魔女」と呼ばれるものの、駆使するのは「魔法」ではなく古来から蓄えた「知」である。
一方の征服者モンゴルにもモンゴルなりの「知」があり、決して愚昧や野蛮ではないという描写も秀逸だ。平原に連れてこられたシタラは彼らの住居「天幕」を見て、内部が日時計の役割を果たしていることに気づく。放送前の特番によると、監督陣は実際のモンゴル平原に今も存在する天幕に出向いて、現地の方々と生活をともにして、これら原作にもある描写を確認し、理解深めて実感を作品に取りこんでいるという。
このように細部までスキがなく作りこまれた作品、しかも「学習(特に先人の知恵)」を重視する態度に接すること、その知的な刺激が何より心地良い。同時に「目の前に展開している映像の意図がすべて理解できているのか」と、自分の教養も次第に不安になってくる。
たとえば物語上のカギとして登場する書物「エウクレイデスの原論」が、ギリシア数学の古典「ユークリッド原論」であることは一瞬で分かるのが、それがなぜイスラム世界に継承され、モンゴル帝国が欲しているのかまでは自分の理解が及ばない。ローマ時代に起きたアレキサンドリア図書館の消失に関する映画は観たことがあるが、その辺で自分の知のラインがプッツリ切れてしまう(追って調べたが特にそれは関係なく、知を結集すれば写本が集まるという程度のことらしい)。
結果、イスラムやモンゴルに関する知識の欠落があまりに多く、自分の無知に愕然とするのだ。しかし知らなければ調べればいいという気力も、同時にわいてくる。ネット検索と生成AIが主流となる現在、「無知の知」つまり「自分が何を知らないのか」こそがもっとも重要なのだ。
このように観る者に対しても「知への関心を触発する」という点で、本作は他に類を見ない知的で希有なアプローチを取っている。もし学問に直接的な関心が向かなくても、美麗な色彩と感情豊かなアニメーション作画に身を委ねていれば、リッチな時間が過ごせるから多面的にお得な作品と言える。
この知的な刺激は、2026年現在、世界中を騒がせている諸事とも深い関係がある。作中で起きていくことを現実世界と重ね合わせることで、さまざまな発見がある――人間主体の「知」が問われる世の中で、「天幕のジャードゥーガル」の価値はそこにあるのではないだろうか。
氷川竜介の「アニメに歴史あり」
[筆者紹介]
氷川 竜介(ヒカワ リュウスケ) 1958年生まれ。アニメ・特撮研究家。アニメ専門月刊誌創刊前年にデビューして41年。東京工業大学を卒業後、電機系メーカーで通信装置のエンジニアを経て文筆専業に。メディア芸術祭、毎日映画コンクールなどのアニメーション部門で審査委員を歴任。
作品情報

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13世紀、イランの奴隷市場にその少女はいた。これは、広大な大陸を翻弄した一人の魔女の話――。母を亡くし、故郷からも遠く引き離されたシタラ。まだ幼く、一人で生きていく術も未来への希望も持たない彼女...
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