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特集・コラム 2019年11月16日(土)19:00

【前Qの「いいアニメを見にいこう」】第23回 爽やかで不穏な「星合の空」から目が離せない

(C) 赤根和樹/星合の空製作委員会

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性格がちょっと悪い、めんどくさいとこのある主人公が好きである。根っからの不良ではないけれど、けして優等生的ではないというか。「響け!ユーフォニアム」の黄前久美子ちゃんとか。そんな私が今期、「星合の空」を楽しく見ているのは、当然のことだと言えよう(なんだそりゃ)。

中学校の弱小男子ソフトテニス部を舞台にした青春群像劇である本作。主人公格にあたる桂木眞己は転校生で、シングルペアレントとして忙しく働く母親を支えるために家事全般を担当していることもあり、部活をするつもりはなかった。しかし、運動神経のよさを見込まれ、部長の新城柊真に半ば強引にソフトテニス部にスカウトされる。入部の最大の決め手となったのは金。柊真は眞己に、月1万円の謝礼に加えて、間近に控えた大事な試合に勝利できた場合の成功報酬も約束する。大人なら、まあ、がんばれば払えなくもない額だけれど、中学生には結構な大金だ。払うほうも払うほうだが、受け取るほうも受け取るほうである。

眞己がなぜそんな金を必要とするのか。もちろんそこには、大きな理由がある。その詳細は本編で確認していただきたいとして、ともあれ、くわえてユニフォームやラケットなどもすべて用意するという条件まで付いた形で、眞己はソフトテニス部への入部を決める。そしてみるみるプレイヤーとして頭角を現し、さらには歯に衣着せぬ物言いで、部内の改革まで始める。ここの流れがいい。金目当てで始めたことであまり本気ではなかったものの、次第に競技の楽しさに目覚めるとか、部員に情が湧くとか、そういうドラマチックな感情の流れを描かない。眞己は淡々と、でもどこか楽しそうに、ソフトテニス部の中に自分の居場所を作っていく。これを「リアル」と呼んでしまっていいかはわからないが、少なくとも、わかりやすいドラマの「型」に登場人物たちを押し込めるようにして物語を展開しようとしていないことは伝わる。

そうした学校内、部活内での出来事と併走して、眞己以外の登場人物たちがそれぞれに背負った家庭内の事情が描かれていくのだが、そのどれもがまた、静かな中に、グサリとこちらの胸の奥深くを刺すようなものばかり。単親家庭を始め、アニメに登場する家族が、昭和の時代に「理想」とされたような家族像ばかりではなくなって久しい。そこから本作はさらにもう一歩踏み込んでいる。単親家庭にもいろいろあるし、また、客観的に条件だけを並べ立てたとき、問題のないようにみえる家庭にだって事情はある。親子関係にも相性はあるし、兄弟姉妹の関係だってさまざま。そんな、ある意味では当たり前なことを、丁寧に描いている作品だ。

そうした繊細な作劇を支える、バリエーション豊かだが記号化されていないキャラクターデザインと、そうしたキャラクターを丹念に動かす作画や演出の妙も見逃せない。こうした諸要素が重なり合った結果か、フィルムの印象は全体としては爽やかなのだが、どこか不穏さが漂う。キャラクターたちがときおり、ハッとするような激情や暴力性を発露するところも、その印象を強めているといえよう。この空気感が最後まで持続したまま展開するのか。はたまた、どこかで大崩壊が訪れ、ガラリと変わってしまうのか。こうしたハラハラした感覚を味わえるのは、アニメオリジナル作品の、オンエア中ならでは。ぜひ多くの人に、今、現在のタイミングで注視してほしい。

前田 久

前Qの「いいアニメを見に行こう」

[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ)
1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。

作品情報

星合の空

星合の空 33

舞台は、廃部寸前の男子中学ソフトテニス部。様々な想いを胸に抱く少年たちはソフトテニスを通してどこへ向かうのか。少年たちの等身大の青春ストーリー。

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