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特集・コラム 2023年10月14日(土)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第31回 “宣伝をしない宣伝”を貫いた「君たちはどう生きるか」

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このコラムは、「君たちはどう生きるか」公開直前の6月に書いたものです。映画の公開から約3カ月が経った10月時点の最新情報を末尾に追記しました。


宮崎駿監督の最新作「君たちはどう生きるか」(7月14日公開)は、本コラム執筆の6月下旬時点で、タイトルと鳥らしき絵が描かれたポスター1枚以外の情報が一切でていない。予告編や特報などの動画も公開されず、キャストはおろかあらすじすら伏せられている。タイトルは、2017年の漫画版をきっかけにブームとなった1937年刊行の吉野源三郎氏による小説から採られているが、内容はオリジナルでジャンルは冒険活劇ファンタジーだという。
 スタジオジブリのプロデューサーで同社の広告塔でもある鈴木敏夫氏は、これまで自身の著書や取材などで「君たちはどう生きるか」は公開まで情報をださない方針である旨を語っていたが、6月2日に「文藝春秋 電子版」YouTubeチャンネルで配信されたインタビューで、公開前の情報はタイトルとポスター1枚のみ、テレビCMや新聞広告も出さない方針であることを明言した。

さすがにこのタイミングで特報などの発表があるだろうと予想していた同じ東宝配給のアニメ映画「名探偵コナン 黒鉄の魚影」(4月14日公開)封切り時に何も情報がでなかった時点で、このまま公開までいったら凄いなと内心思っていたが、それでも本当にこれでいくのか、型破りすぎる……と驚き、非常にワクワクさせられた。大げさに言うと、ひとつの社会実験ともいえる試みで、今度こそ最後の長編監督作になるであろう宮崎監督の10年ぶりの新作だからできることだとも思う。

ジブリ単独出資で製作

前述のインタビューで鈴木氏は、「ある洋画では、複数の予告編で事前に作品の内容をほとんど伝えてしまっていて観客はその情報を確認するために映画館に行く。それは観客の楽しみを奪っているように思った」「情報過多な今、事前に情報を一切ださないやり方のほうが観客や映画館のためになるのではないか」という趣旨の発言もしていた。これまではスタジオジブリを運営するためお客さんに来てほしいと宣伝を頑張ってきたが、それもそろそろいいかなと思ったと鈴木氏は笑っていたが、「君たちはどう生きるか」はこれまでのジブリ作品と違い、ジブリの単独出資で製作されている。「週刊文春CINEMA」のインタビューでは、「自社で製作費をまかなうということはですね……赤字になったっていいわけですよ(笑)」「今回は本当の博打です」とも語られていた。
 ディズニー傘下になる前のルーカスフィルムによる「スター・ウォーズ」シリーズ、庵野秀明監督が代表を務めるカラーによる「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」シリーズと同じ製作スタイルで、これまでのジブリ作品で採られていた複数の企業が出資する製作員会方式ではなく、ジブリが多くの責任を担うからこそ、このような“宣伝をしない宣伝”手法が実現できているのだろう。

ジブリの店じまいの潔さ

スタジオジブリは「風立ちぬ」(2013)公開後、宮崎監督の長編映画制作からの引退宣言をうけて、制作部門が一度解散されている。宮崎監督と高畑勲監督の作品を作るために設立されたジブリは、言わば一度店じまいをしているわけだが、当時筆者はそのピリオドのつけ方を素晴らしいと感じていた。
 子どものために映画を作り続けていた宮崎監督が大人向けに舵をきった「風立ちぬ」、もう新作は作られないのではと思っていた高畑監督による14年ぶりの新作「かぐや姫の物語」と、内容的にも両者の最後にふさわしい長編作品を制作し、後者の延期によって同じ公開日にはならなかったが、「となりのトトロ」「火垂るの墓」の2本立て公開を思わせる同年に公開。その後、若手スタッフ中心の新体制による「思い出のマーニー」(2014)をジブリ最後の作品とし、のちに同作の中核スタッフは新たにスタジオポノックを設立することで、次世代への継承も果たす。外から見ると潔く美しい終わらせ方にみえて、鈴木氏のプロデューサーとしての仕事の総決算のように思えた。
 トップの最後の大事な仕事は後継者を選ぶことだと言われるが、当時のスタジオジブリは作品制作の部分では会社を継続させることを選択しなかった。ジブリという巨大なブランドがあれば、これまでとは別のかたちで作品を制作してもある程度のヒットは約束されていたはずだし、大企業の傘下に入って作品制作を続けていく道もあったかもしれない。実際、かつて名作をつくったアニメスタジオが当初とは違うかたちで今も存続しているケースも多い。その選択肢を捨てて潔く解散するというのは、なかなかできることではないと思う。

反骨心とユーモアが共通点

潔い解散という点で、当時筆者はジブリの制作部門の解散発表と、雑誌「噂の眞相」(1979~2004)の休刊を重ねあわせて考えていた。毎月10日に刊行されていた同誌は反権力・反権威をうたい、「週刊文春」の「文春砲」の元祖とも言えるタブーなしのスキャンダル報道で、他の新聞や週刊誌とは一線を画す出版活動をしていた。小説を刊行する出版社では書くことができない作家の醜聞を忖度なしで書き、政治家や役人のスキャンダルを暴いて失脚させたこともあった。下世話な話題も多く、雑誌に使用する紙も内容にふさわしいざら紙を使用。人気者や時の政権を撃つクリティカルな報道をする一方で、各見開きの左端には真偽のハッキリしない1行情報が書かれるなど、ある種いい加減な情報も掲載されていて、誌名のとおり「噂」と「真相」が混在する唯一無二の雑誌だったが、黒字経営のまま余力を残して2004年に休刊している。
 「噂の眞相」の発行人兼編集長の岡留安則氏は1947年生まれ(2019年に死去)、ジブリの鈴木氏は1948年生まれと1歳違いで2人とも団塊の世代にあたり、学生運動が盛んな時期に学生時代を過ごしている。岡留氏は大学時代に学生運動の闘士として活動し、そのスタンスを良い意味で保ったまま反権力のジャーナリズムを雑誌で体現してきた。一方、鈴木氏も徳間書店で「アサヒ芸能」の編集記者としてキャリアをスタートさせ、前述の「文藝春秋 電子版」インタビュー動画では、学生時代には仲間に知られないようにしていたが、その頃から保守寄りの「文藝春秋」の愛読者だったと話している。
 鈴木氏も岡留氏も他を真似しない独自の路線を貫きつつ、その根底には強固な反骨心と、それと矛盾するようなユルさとユーモアを感じさせる。そんなところが筆者の考える両者の共通点で、鈴木氏は作務衣と雪駄、岡留氏はサングラス姿で人前にでるところも似ているなと、勝手に思っていた。宮崎監督が7年もの歳月をかけて自由に作った作品をフラットに届けるために鈴木氏が採用した、常識はずれの“宣伝をしない宣伝”の根底にはそんな反骨心も感じられて、鈴木氏の仕事としても楽しみでならない。(「大阪保険医雑誌」23年7月号掲載/一部改稿)


<追記>
 「君たちはどう生きるか」の興行収入は、10月9日時点で84億円を突破した。興行面で“宣伝をしない宣伝”は成功したと言っていいだろう。海外版の予告編はYouTubeで見ることができるが、国内向けとしては公開から3カ月経った今も本作の映像は映画館でしか見ることができない(本編カットはジブリの公式サイトで配布中)。

また、10月6日付けでスタジオジブリは日本テレビの子会社となり、日本テレビが経営面をサポートしながら作品づくりを続けていくことが発表された。記者会見での鈴木プロデューサーの発言、トロント映画祭でのジブリ・西岡純一氏の発言によると、宮崎駿監督は次回作の企画を構想中(企画のみか監督もするかは未定)のようだ。

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

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