2024年7月18日(木)19:00
大奥を舞台に“新社会人あるある”を描く 「劇場版モノノ怪 唐傘」中村健治監督インタビュー
(C) ツインエンジン
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2006年放送のオムニバスアニメ「怪~ayakashi~」の1エピソードとして登場した「化猫」は“事件”だった。デジタルを駆使して構築された和風テイストの斬新なビジュアル、退魔の剣でモノノ怪を打ちはらう主人公・薬売りのミステリアスな魅力などが話題となり、翌07年にはテレビアニメ「モノノ怪」が放送。フジテレビ系アニメ枠「ノイタミナ」歴代作品のなかでもトップクラスの人気をほこるオリジナルアニメとなった。
それから17年のときを経てスクリーンに復活した「劇場版モノノ怪 唐傘」(7月26日公開)は、大奥を舞台に完全新作エピソードが展開される。製作の経緯や大奥を舞台にした理由、「モノノ怪」シリーズならではの特異な演出手法について中村健治監督に話を聞いた。(取材・構成:五所光太郎/アニメハック編集部)
――テレビシリーズ15周年記念の劇場アニメとして、新たに「モノノ怪」をつくることになった経緯を聞かせてください。
中村:「モノノ怪」は皆さんから愛されている作品なのだなという自覚はありましたが、もう一度企画を動かそうという気配はこれまで特にありませんでした。それをツインエンジンの社長である山本幸治プロデューサーがやりたがってくれて、今回かなりいろいろ頑張って企画を動かしてくれたんです。その様子は近くで見ていてすごいなと思うほどで、ここまでこられたのは、ほとんど山本さんによる執念のたまものです。
そうして企画を進めていくなかで、とても大きかったのはクラウドファンディングでファンの方々から6000万円近くの支援をいただけたことでした。金額の大きさだけでなく、SNSなどでの叱咤(しった)激励をふくめた皆さんからの応援が数字として形になったのが非常に大きくて。10年以上前のコンテンツをもう一度稼働させようとなったとき、「そんな昔のものを今やってどうするの?」という話になりがちなところを、皆さんからの熱意が可視化されたことで、出資していただく関係者の方々にもビジネスとして動くんだと分かってもらえた。作品をつくるための“熱”を最初におこしたのは本当にファンの皆さんからの声で、そのおかげで今つくれていると、めちゃめちゃ感謝しています。そういう意味では、クラウドファンティングで集まった金額にはその何倍もの価値があるんです。僕自身、個人的にクラウドファンティングに参加することがありますが、あらためてすごく良い仕組みだなと思いました。
――「劇場版モノノ怪 唐傘」では、なぜ大奥を舞台にしたのでしょうか。
中村:大奥にしたのはビジュアルが先行です。公式X(旧Twitter)にもだした、薬売りが大広間にたって、そのまわりにグルグル顔の女中さんたちが振り向いているあの絵がそもそも最初にありました。僕がその絵のもととなるイメージをホワイトボードに描いて、「こういう感じの絵がつくれるから大奥はどうでしょう」という話をしたら、企画チームの皆さんがそれいいねと言ってくれて。そんなふうにビジュアル先行で決まってから、ではなぜ「モノノ怪」で大奥をやるのかを自分たちで探していくなかで、これは“なんとなく”ではなかったんだと思うようになっていきました。
公式Xに投稿された初期イメージのビジュアル
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――“なんとなく”ではなかったとは、どういうことでしょう。
中村:「モノノ怪」でいちばん重要なのは、そこにある情念なんです。モノノ怪が生まれる情念は何から生まれるのかを考えたとき、集団と個人のずれというか、人が社会で生活するにあたってどうしても埋まらない溝みたいなところに苦しみを感じる人が、いつの時代にもいるはずだろうと。その溝によってひどいことが起こるかもしれないけれど、集団と個人のずれというのは良いも悪いもなくて、人がたくさんいる以上、必然的にそうなってしまう。ただ、そこにあるというか、究極的には解決できないものだと思うのですが、そこから生まれる情念がモノノ怪になる。これは今描くと面白いんじゃないか。そうした社会全体から見た集団と個人のずれを、大奥という舞台にカリカチュアすることが今回の作品の軸になったというのが全体の構造的な話になります。
■「絵だけのドラマ」を大事にする
――「モノノ怪」を新たに劇場アニメとしてつくる際、ビジュアル面でもいろいろな選択肢があったと思います。それこそテレビアニメ「モノノ怪」の最後のエピソード「化猫」では、これまでとは違ったビジュアルのアプローチがされていました。今回、全体的な印象としては、ファンが思う「モノノ怪」のビジュアルの特異さはそのままに、全体的にバージョンアップさせたように感じました。
中村:よかったです(笑)
――そのなかで特に違って感じたのは、これまでのシリーズよりも色の彩度が上がっているということでした。
中村:テレビシリーズの「モノノ怪」の制作後、いろいろな方から感想をいただく機会がありまして、そのなかで個人的に印象深い感想があったんです。主に海外の、それもアジアではなく北米方面の方々からの声で、「どうして、あんなに色がくすんでいるの?」と。僕らはあざやかだと思ってつくっていたので、なぜそういう感想になるんだろうとちょっとビックリしたんです。いろいろ調べたら人間って人種によって目の神経の性能が実は違うということが分かって、企業でも例えばモニターのチューニングなどで世界の地域による見え方の違いなどを考えられているそうなんですよね。
なので今回は、色がくすんでいるという感想をもった人に向けて、色がくすんでいない「モノノ怪」をお届けしてみようと考えたんです。これが地方の豪族のさびれたお城が豪華絢爛(けんらん)だったら違和感がありますが、大奥が舞台ならちょっとぐらい派手にしてもいいだろうと、いろいろな国の人が好きなビジュアルをスタッフみんなで調べて、色のバランスを調整しました。
「モノノ怪」のビジュアルは、和紙みたいな画面だとか、浮世絵みたいだとかよく言っていただくのですが、制作工程上の話をすると、細かくいろんなことをやらないと、こういう絵にはならないんですよ。何かしらのフィルターをぽんとのせれば、こういう画面になるわけではなく、その前段でいろいろな工程のスタッフたちが呼吸をあわせるためのルールがけっこうな量あるんです。そうした全体的な決め事は、これまでのシリーズから基本的に踏襲しているのですが、今回はそのルールのひとつひとつの中身を検討しなおした感じです。
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例えば、「劇場版モノノ怪 唐傘」では、背景がよりあざやかになったのにあわせて、主線(※キャラクターなどを描く線)に「北斎ブルー」という葛飾北斎が使っていた色を使っています。テレビシリーズでも青は使っていたのですが、今回のあざやかな背景に北斎ブルーをあわせると青なのに黒に見えて、よく見ると青だと分かる。北斎さんはやっぱりすごいなと僕らは思いながら使わせてもらっているのですが、そうしたひとつひとつの要素を吟味しながらチョイスしていった結果、“なんとなく”がほとんどない画面が続いて、ねらったところをせめるような画面で全編構成されるような作品になりつつあるのかなと。もちろんそれは見た人次第なんですけれど、そんな感じになっているといいなっていう。
――「ねらったところをせめるような画面」というところを、もう少しくわしく教えてください。
中村:そうですね……。基本的には絵コンテの描き方にもいろいろとルールがありまして、他のインタビューでもよく話しているのですが、例えばレイアウトで言うとミドルショットは使わない。(カメラが)引くときは引く、寄るときは寄る。ミドルショット自体が悪いわけではありませんが、「モノノ怪」では基本的に点数が低い絵になるのであまり使わない。そういうことは、すごく気をつけてやっています。
演出の専門用語で言うと、上手下手(かみて・しもて)やイマジナリーラインのような、ようするにキャラクターの移動方向は常に一定にしなさいみたいなことは逆にやらないで、どうしてもやる場合は極力減らしてください、というふうにお願いしていて、あまりに普通のカット割りが続いている場合は、僕のほうでコンテを修正させてもらっています。そういうところが、「モノノ怪」っぽさをかもしだしているのかもしれません。
――演出のセオリーからあえて外れたやり方をやるということですね。一緒に仕事をするスタッフにはどのように伝えているのでしょうか。
中村:できるだけ言語化して文章化するように頑張っていたんですけど、「モノノ怪」は人によって向き不向きがある作品なのかなと、つくりながら思いました。各スタッフの作品の理解度にもよるのかもしれませんが、めちゃめちゃつかまれちゃったなあという方もいますし、「分からない」という方もいましたので。ただ、全体的には予想以上に吸収していただけて、これまでのシリーズと比べると僕自身が手を動かすよりもお任せしていることが多いのですが、それでずれやぶれが少ないので驚いているという体験を今しています。
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――音楽と効果音がまだついていない制作中の映像を事前に拝見して、その時点でこんなに緊張感のある映像になっているんだと驚かされたのですが、今うかがったような演出上の工夫がそうさせているのだなと思いました。
中村:「モノノ怪」では、一般的な映像づくりの感覚よりも、見ている人の脳にいかに刺激を与えるかみたいな感覚のほうを重視しているところがあります。何も刺激がないのだったら、そのカットはつくる意味がないんじゃない? みたいな(笑)。見る人をリラックスさせるアニメーションもあると思いますが、「モノノ怪」の場合は見ていてちょっと呼吸を忘れてしまったり動悸があがってしまったりすることが大事なのかなと思っていて、そういう方向にチューニングしたつもりです。これだけ映像があふれている今、お客さんの目が厳しいというのもありますし、当たり前のことをやると「モノノ怪」で普通のことをやっているんじゃないと怒られそうな気もしていまして。
「モノノ怪」では絵で語ることを大事にしていて、セリフも多いんですけど、絵を見ているだけで「ひょっとしたら、あれってこういうことかな」という雰囲気がただようようなものにできたらなとも思っています。絵の仕掛けをつかった「絵だけのドラマ」があって、絵だけを見ていてもドラマがぼんやり見えてくる絵本みたいなものといいますか。そういうところは、すごく大事にしています。
――今回、劇場版だからこそ挑戦できたことがあったら教えてください。
中村:音楽を岩﨑琢さんにお願いしていまして、「モノノ怪」としては音楽を多めに使っています。岩崎さんにはすごく力をいれて取り組んでいただき、今回はカットにあわせて作曲するフィルムスコアリングという贅沢な手法をとることができました。アニメでやるのはけっこう大変なのですが、効果音かと思ったら音楽、音楽かと思ったら効果音と、聞き分けるのが難しいほど面白い音づくりになっていますので、そこも楽しんでもらえるといいかなと思います。
■今回の「モノノ怪」はお仕事もの
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――「劇場版モノノ怪 唐傘」では、新人女中のアサとカメがキーパーソンになります。2人が大奥で働く様子は“新社会人あるある”のようにも感じました。
中村:じっさいお仕事ものですので、今の感想はまさにそのとおりです。大奥が舞台と聞くと、ドラマなどで描かれることの多い、女の園での世継ぎや権力争いといったイメージが強いと思いますが、専門家の方からお話をうかがうと、仮に2000人の女性が大奥にいたとして世継ぎに関わるのは数人しかいなかったそうなんです。じゃあ他の人は何をやっていたのかというと、今の政治の世界と同じように政(まつりごと)をサポートする官僚の集団だったのだと。女性ばかりの職場で、時の権力者の第2、第3夫人などが所属しているから、そうした世界の印象が強いんですけど、じっさいはめちゃめちゃ大きな官僚機構で、そこで展開されるのはお仕事そのものなんですよ。
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そうした官僚機構としての大奥で、エリートになっていく人も落ちこぼれてしまう人もでてくるなか、仕事という物差しだけで判断して最適化しすぎると何かが失われてしまうかもしれない。不器用な人にも存在価値がやっぱりあって、そういう人がいるからこそ生まれることもあるんじゃないかなと。この作品って、「唐傘」というサブタイトルのとおり傘みたいに仕事の価値観のようなものがグルグルまわっているところがあって、見た方にはグルグル考えていただけるとよろしいのかなと思っています。
――「唐傘」というサブタイトルについても聞かせてください。「モノノ怪」シリーズは毎回、モノノ怪の名前がサブタイトルになっています。先にモノノ怪の名前をきめるのか、それともあとに決めるのか、どちらが多いのでしょうか。
中村:テレビシリーズのときは、まず「情念」と交わりモノノ怪となる「妖怪」たちの名前を先に決めましたが、今回の「唐傘」はプロダクションの中盤で決めました。僕個人が唐傘というモノノ怪が好きで一度出したかったのもあります(笑)。舞台を大奥に決めたときと同じように、決めてから困った困ったと言ってたんですけど、最終的には捨てられた大切なものの「情念」が宿るのに「唐傘」でちょうどよかったとなりました。作品を見たあとに、モノノ怪になる「唐傘」がどういうものかをある程度調べていただくと、なるほどと思っていただけると思います。
――予告を見て感じた方もいると思いますが、今回の「唐傘」は薬売りの立ち位置やキャラクターの描き方など、これまでのシリーズとは根本的に違ったことをやっているようにも感じました。
中村:頭から終わりまで一気に見てもらえる映画というメリットをいかした構造にしているところはあると思います。薬売りが退魔の剣を抜く条件である「形(かたち)」「真(まこと)」「理(ことわり)」という物語上の要素は、これまでのシリーズでは物語の流れにそって明かされていきましたが、今回の「唐傘」では映画としてひとつの流れをおって見てもらえることを前提に、3つの要素の描くタイミングや割合など少しバランスを変えることができました。
――制作終盤の現時点での手応えはいかがでしょうか(※編注:制作終盤の時期に取材を実施した)。
中村:スタッフはみんなむちゃくちゃよくやってくれているので、きっと良いものができていると思います。僕自身は基本的にネガティブな性格なので、自分のなかの手応えとは別に、公開されて皆さんに見ていただくまで、そこはフラットでいたいなっていうのが今の心境です。
――最後に、「モノノ怪」シリーズを知らないアニメファンや映画ファンの方に向けてひと言お願いします。
中村:一見とっつきにくそうな感じがすると思うんですが、見ていただくと実はとっつきやすい部分もあって、そこだけでも満足感が得られる。そういうふうに頑張ってつくっているつもりです。アニメーションや映画って基本的には作り物で、ドキュメンタリーも編集が入った時点で作り手の恣意的な誘導のようなものが入ってしまうので、現実とはかけ離れてしまうところがあると思います。それでも僕たちは、「これはフィクションだけどフェイクじゃない」という気持ちで本気でつくっています。映画をはさんで対話していただくような気持ちで、真剣に見て考えていただけると本当にうれしく思います。
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大奥とは、男子禁制の“女の園”であり、重要な官僚機構でもある特別な場所。この地に、新人女中のアサ(黒沢ともよ)とカメ(悠木碧)が足を踏み入れる。キャリアアップを図る才色兼備のアサ、憧れの大奥に居...
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