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特集PR 2025年2月25日(火)13:00

押井守監督が20年目の“今だから”語れる「イノセンス」の真実 そして本作を“今”劇場で観る意義とは?

2月28日から2週間限定上映

2月28日から2週間限定上映

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD
(C) 1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

劇場アニメ「イノセンス」の公開20周年を記念して、同作と「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」の4Kリマスター版が、2月28日からTOHOシネマズ日比谷ほか全国で2週間限定上映される。
 「イノセンス」の4Kリマスター版が劇場公開されるのは今回が初めて。SFアニメ映画の金字塔である「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」と、その続編である「イノセンス」の両作をスクリーンで見ることができる貴重な機会だ。

イノセンス」4Kリマスター版の初号試写の後、押井守監督に本作をスクリーンで見た感想を聞くと、2004年の公開当時には映らなかったものがハッキリ見えたと答えてくれた。“情報量のかたまり”である「イノセンス」のメイキング、作品を読み解くキーワード「冥府」が意味するもの、「当時はちょっと病んでいた」と振り返る押井監督自身の変化、「イノセンス」のオープニングに隠されたちょっとした謎など、20年経った今だから話せる「イノセンス」の“真実”とも言うべき重要な話題が多く挙がった。

「倍速で映画を見るのは何も見ていないのと同じ」と言いきる押井監督が考える映画の見方、昨年亡くなった草薙素子役の田中敦子さんとの思い出も語られた。「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」「イノセンス」の4Kリマスター版を映画館で鑑賞するためのガイドとして読んでいただきたい。(取材・構成:五所光太郎/アニメハック編集部)

押井守監督

押井守監督

■「イノセンス」は“情報量のかたまり”

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――「イノセンス」の4Kリマスター版をスクリーンで見ていかがでしたか。

押井:4Kに関しては2018年にブルーレイが出たときに専用のモニターで見て、かなりきれいだったけど、やっぱりスクリーンで観たほうがいいですね。2004年の公開時に完成したときもいろいろなスクリーンで観て、「ああ、やっぱり」というところが多々あったのですが、全部は見えないんです。アバンのあとのオープニングのシーンが典型ですね。光ファイバーの細い線やナノマシンの塵みたいに、もわっとした粒は公開時には見えなかった。だけど、今日4K版をスクリーンで観たらそれがはっきりと見えたので4Kの威力が出ているなと。

――公開当時は見えなかったけれど、4Kリマスター版では確認できる部分があるのですね。

押井:手描きで作画したり背景を描いたりする紙の基本的なサイズというのは、(両手を肩幅ぐらいに広げて)これぐらいなんです。それをモニター上で加工して絵をどんどん広げて、精度を上げることで情報をつめこんでいる。実は、データの大きさとしては手描きの原画とは全然違う大きさになっているんです。モニター上の加工って、エフェクト的な意味でいうと劣化していく過程なんですが、「イノセンス」の場合は、それとは逆にモニター上で色々な大きさのデータを全部詰めこんでいった。スーパーマーケットのシーンがそうで、モニター上で拡大しないとはめこめないものが山ほどあって、もうギュウギュウ詰めになっているわけです。スーパーに並んでいる商品ひとつひとつのパッケージとか、全部背景として描いたテクスチャーをはめこんでいて、あそこだけで2000枚以上の背景を描いているはずです。

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――2000枚ですか……!

押井:ガラスが割れるところはガラスの種類にあわせて光の反射も正確にいれていて、ぱっと見はキラキラとしか見えないかもしれないけど、スーパーマーケットのシーンは情報量のかたまりなんです。映像として最終的に出力するのもかなり大変だったし、あのシーンだけでたしか7カ月ぐらいかかったのかな。他のシーンも似たようなもので、当時から、これはスクリーンですべては再現できないだろうと分かっていたけど、やれることを全部やっておこうと思いながらみんな仕事をしていた。そうしたスタッフたちの仕事が4Kでかなりちゃんと見えるようになったのは、当時やっていてよかったなと思います。4Kで観ると、ある意味で違った作品に見えないとおかしいぐらいのつくりこみをしていましたから。
 脚本のときも「いくらなんでもしゃべりすぎだろう。セリフをけずれ」と散々言われたけど、多いのはセリフだけじゃないんだよね。あらゆる情報がぎゅうぎゅう詰めになっていて、どうしてああいう作品をつくろうと思ったのかよく思い出せないんだけど、当時は使命感みたいなものがあったんです。

■一瞬も停滞しなかった「イノセンス」制作の3年間

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――「イノセンス」では、それだけのことができる予算と時間があったわけですね。

押井:関わっていた人間が全員同じことを考えていたんだと思う。普段だったら諦めていることを全部やっちゃおうって。カメラが人間のほうに寄る地味なシーンでも、人物が拡大するにつれて線を全部細く変えているんです。なぜそういうことをしているかというと、絵が拡大されることと、ズームアップとしてカメラが寄ってくることの意味は本来全然違うというか。フレーム単位で仕事をしていて、そうやると見え方がたしかに違ってくるんですよね。
 どんな作品をつくるかという以前に、つくり方自体をどこまで追いこんでいけるかというのが現場のテーマでもあったんです。3分割して、A、B、Cパートを1パートずつ作っていったんだけど、そのやり方でないとできなかった。それでも制作期間が3年ぐらいかかっていて、今の3年と当時の3年って全然意味が違うんです。今は3年かかる仕事なんてざらにあるんだろうけど、ほとんどの場合、ただ(制作が)停滞しているだけなんですよね。「イノセンス」の3年は一瞬も停滞していなくて、その3年の仕事の全部が映像に入っている。だから、当時を振り返ってもしんどかったなということしか思い出せなくて、あの3年間、生活のうえで自分が何をやっていたのかまったく思い出せない。

――3年間、お仕事に没頭されていたと。

押井:没頭していたのか、なんだかよく分からないけど、たぶん少し病んでいたんだと。今日見た印象でいったら、我ながら「うーん、やっぱり病んでるな」って(笑)

――(笑)

押井:当時の自分としては、ちょっとアブノーマルな部分をふくめてそういう作品を目指してたんです。退廃的な作品になるだろうとも思っていたし。たしかに今見ると退廃的ではあるけれど、とてもきれいだった。やっぱり美しいものを目指していて、美しいものはそうした退廃的なものを乗り越えないとでてこないとも思ってもいた。そうした魅力を今日あらためて感じたけど、今こういうものをまたやるかといったらたぶんやらないだろうね。それぐらい、「イノセンス」をつくった当時の自分を振り返ると、かなり病んでいた気がします。
 肉体的にも絶不調だったから。とにかく体の調子がずっと悪くて、制作が終わったあと、2カ月ぐらい寝こんで立てなかったんです。それぐらいとことんやったから、逆にそこから抜けだせたという感じもして、「イノセンス」のあとは肉体的にも精神的にもがらっと変わりましたから。そうした“病んでいるエネルギー”がちょっとした小物にまで入っている感じなんですよね。

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――公開当時に出版された書籍「これが僕の回答である 1995-2004」に掲載されたインタビューで、「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」までは理屈でつくってきた部分があったけれど、「イノセンス」では初めて情緒でつくったという話をされていました。

押井:情緒というか情念という感じかな。ちょっと呪われていたというか、人間と機械の区別がつかなくなるという考え方に、どこかでしびれていたところがあった。それが退廃っていうことなんだけど。今はもう少し違うことを考えているんだけど、当時はそれしかないと思っていたし、それを作品として表現してみたかった。人間と機械の区別がなくなる感覚、それが情念ということなんだけど、それだけで作品が成立できるんじゃないかと思った。その思いつきにしびれたんですよ。今日見ていてそういう気分を思い出した。「ああ、かなり本気でやろうとしていたんだな」と。だから、やっぱり病んでいたんだなというふうには思いますね。

■理解することが重要じゃない。映像から感じてほしい

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――当時のインタビューでは、押井監督が飼っていた猫が亡くなったとき、肉親が亡くなったときよりも喪失感が大きかったことも「イノセンス」の根底に影響している部分があると話されていました。

押井:人間の運命に興味がなくなっていたというか、とりあえず人間のことはいいんだっていう気分があったんですよね。自分の血縁者だろうと、世界のどこかにいる悲惨な運命におかれた人間であろうと、人間のことから急速に興味がなくなって、動物の運命のほうが気になっていた。なぜかというと、人間の抱えている問題というのは自業自得な部分があるから。問題が手にあまったら、あまったなりの答えがでてくるだけだっていうね。対して動物は――動物のすべてってわけじゃないけど、少なくとも向こうから人間を選んでくれた動物がいるわけですよね。犬や猫というのは人間のかたわらにいることを選んだ珍しい動物だから、その運命がとても気になるんです。責任もあるし、その選択にどう報いたらいいのかっていうね。

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

人間が死んでもなんとも思わなくても、犬や猫に死なれるとめちゃくちゃこたえるようなことがなぜあるかというと、人間がいまだに自己完結していないからだと思うんです。生命や種として不完全すぎるというか。だから人形に未練があったり、動物にむきあわざるをえなかったりする部分を抱えたままきてしまった。「イノセンス」をつくる前はそんなことをずっと考えていて、作品をつくることでその答えをある程度だしきりたいという思いがあった。そこにたまたまけっこうな予算がついて、お金も時間もかけられる企画がきたとき、迷わずそれをやってしまった。
 物語の方法論としては、これではドラマにならないということは最初から自覚的だったんです。可能なかぎりシンプルな物語にして、目や耳で感じる映像的なもので、どこまで説得できるかという手法をとった。脚本も一応書いたけれど、まあどうでもいいと言ったらどうでもいい。1本しかストーリーラインがないし、ひとつひとつのエピソードも単なる串刺しになっているだけ。いまどきそういう映画って珍しいよなと自分でも思っていた。伏線も強いていえば(草薙)素子と再会するところだけで、合言葉の「2501」をどこでだすかということだけは考えましたけど。

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――たしかに一見複雑に見えますが、「イノセンス」の物語自体はバトーが少女型アンドロイドの事件を追うシンプルなものですよね。

押井:基本的にはアニメーションがつくりだす映像の力や表現力みたいなものを信じてやってみようとした。ある意味、物凄くシンプルなんだけど、見た印象としてはかなり複雑に見えるのは実は、そのせいなんです。「攻殻」(「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」)をつくったときも、ずいぶんこの話をしたんだけど、結局よく分からない、難解すぎるって話になっちゃうんだよね。実は単純なものほど理解しにくいということがなかなか分かってもらえない。
 理解することが重要じゃないんだという話もたくさんして、つまり(映像から)感じてほしいって話なんです。さっき言った情念みたいなものに賭けたので、個々のシーンやカット、セリフに意味を求めないでほしいっていう。劇映画の体裁をとるために最低限のストーリーやキャラクターは用意しているわけだけど、そっちのほうは実はあんまり重要じゃないんだと。だから、登場人物たちがわりとそっけないんですよね。

――なるほど。

押井:彼らがそっけないのはなぜかって話なんですよ。さっきの話じゃないけど、基本的に人間の葛藤や運命に興味がないからで、みんなもう諦めちゃっている。荒巻(大輔)なんか最初から諦めてるしね(笑)。「イノセンス」に出てくるキャラクターたちは、ある意味ではみんな幽霊なんですよ。絵面を見てもらうと分かるとおり、足元をほとんど見せていなくて、原画に全部エフェクトをかけて足元を消しているんです。亡霊というか、今生きている人のほとんどが実はそうだと思っているんだけど、幽霊みたいな人がたくさんいるわけで、そういう世界の話。つまり、冥府の話なんですよね。

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

冥府って日本人にはなじみがない概念かもしれないけれど、要するにあの世でもなくこの世でもない待機状態のことなんですよ。死にきってはいないけれど、生きているわけでもない。そういうところでつくってしまったから、余計ややこしく見えたのかもしれないし、ややこしく見えたとすれば、ある意味でそれはまあ正しい反応だなというふうには思うんです。いちばん表現しにくいところを表現しようとしたわけだから、すぱっと分かったと言われたら、それはそれで本当かよって感じなんですよね。そんな訳ないだろうっていう。
 「イノセンス」はそういうスタンスでつくったから、あまり時代とは関係がない。逆に言うと、「攻殻」(「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」)は時代の産物。あれは間違いなく時代がつくりだしたもので、僕がその時代に反応して抱いた妄想がつくらせたものだった気がする。「イノセンス」はそういう感じがしなくて、20年前に見ても、これから20年後に見ても、たぶんあまり変わらないんじゃないかな。そういうところでつくった作品なんだと思う。

■倍速で映画を見るのは何も見ていないのと同じ

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――難解だと言われることもある「イノセンス」に、押井監督がどんな思いをこめられたのかが今の話でだいぶ分かった気がします。

押井:やっぱり映画って、つくった側が用意したものの2割か3割しか見られないものなんですよ。どんなに頑張っても半分見られたらたいしたものです。実写映画だと、演じた役者さんの思いみたいなものが1カット1カット全部にあるわけだけど、それを全部受けとめられる人は当たり前だけどいない。これはつくる側と見る側の決定的なギャップで、だからこそ観客ひとりひとりが別のものを見ている。映画の感想をつっこんで話しあってみると、実はそれぞれまったく違うものを見ているなんてことが判明することもよくあるんです。

――そういうことよくあります。

押井:「そんなことあったっけ」「何を見てたの?」って話に必ずなるものなんです。表現ってそういうもので、特に映画は見逃したり勘違いしたりがめちゃくちゃ多い表現ですからね。だから面白いし、繰り返し見る意味がある。映画を見るんだったら、気にいったものを10回、20回と見たほうが良いに決まってますから。僕はそうしているし、実は数を見ても意味がないんですよ。仕事でやっているときなどは、数を見ないといけない時期もあるのかもしれないけれど、僕自身はあるときから「数なんてどうでもいいよ」となった。テレビでなんとなく垂れ流して見ることは多いけれど、映画館では今は年間1、2本ぐらいしか見ないから。そのかわり見ているあいだはがっちり見ます。そうすると、いろんなものが見えてくるから。それで気に入ったらそれこそ何十回でも見る。
 見る数のこともそうだけど、僕が考える映画の見方と一般に流布されているものは決定的に違うなと思うことが多くて、どうしてそういうふうに見ちゃうかなということを最近は特に思う。それこそコスパやタイパのために倍速で映画を見るのは、何も見ていないのと同じなんだよね。コスパにもなってないというか、倍速で見たその半分の時間を損しているだけで、元も子もない。本末転倒もいいところっていうさ。それだったら映画の頭10分を見て、見るのをやめたほうがよっぽどましだと思う。倍速で見ても「見た」と思いこんじゃうだけなんだよね。

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

速読術みたいなのと一緒で、論文や資料なら速読でもいいんだろうけど、文芸作品みたいなものを速読するっていうのは、サッカーのダイジェストを見るようなもので――サッカーのダイジェストにはそれなりの意味があると僕は思っているんですが――まったく意味がない気がするね。最近、特に倍速みたいことがもてはやされている気がして、配信で一気に見ることが可能になったり、映画をひとりで見るのが普通になったり、映画をとりまく環境が変わったからなんだろうね。それはよく分かるんだけど、僕が考える映画をつくったり見たり語ったりすることとは、どんどんずれていっている気がする。まあ、こっちのほうが先に死んじゃうんだし、それはそれでいいんだけどさ。
 ただ、「イノセンス」が20年経っても映画館でかけてもらえるように、作品は形として残ってくれるんですよね。今僕がここでしゃべっていることは、この場で消えちゃうんだけど、映画をつくると、そのとき思ったことが形として残る。これが映画という表現のいいところで、おそらく映画という表現がなくならない理由のひとつなんじゃないかと思う。やっぱり人間には何かを残したいという意思があるんだろうね。
 ちょっと話が広がっちゃったけど、「イノセンス」に関してひとつ確実に言えるのは、こういう作品はもうつくれないだろうということ。僕もつくれないし、他の誰もやらないであろうことは間違いない。今話したようなことを描くために、これだけのお金をかけられるような映画は、たぶんもうでてこないと思うよ。

■「イノセンス」を映画館でイベントとして観てほしい

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――押井監督にとって、今、映画を映画館で観る意味とはなんだと思われますか。

押井:今の時代、ひとりでモニターで見るのがそもそもデフォルトになっていますよね。なので、映画館に行って不特定多数の人間と一緒に暗闇のなかで観るのは、ある種のイベントになっている。逆にいうと、誰かと何かを共有したいとか、とにかくでかい音で見たいとか、イベントにならないと普通の人は映画館には行かない。どの世界でどんなに監督が頑張ろうと、映画というものが映画館だけのものでは、とっくの昔になくなってしまっているから。
 今回の「イノセンス」に関しては、僕はイベントとして映画館に観にきてほしいなと本当に思う。「イノセンス」みたいな映画は、大きなスクリーンで、とにかく大きな音で楽しむのがいちばんで、「マッドマックス」みたいな映画とはタイプは違うけれど、ある種の熱狂的な時間なんですよね。非常に退廃的ではあるんだけど、ある種パッションに満ちた時間だと思うので、それを味わってもらえればと思います。映画を観終わったあとは、語りにくかったら語らなくても構わないし、語る意味は何もないかもしれない。まあ、語りたければ語ってもいいけど、たぶん迷宮にはまるだけだと思う(笑)。もちろん、「攻殻」とあわせて見るという意味をふくめて。同じシリーズなのに世界観と登場人物でこんなに違う作品になるのかというね。

――そうですよね。

押井:きっと面白い体験になると思う。アニメーションが好きだったら特にそうなんじゃないかな。それで思うんだけど、なんて言ったらいいんだろう……(少し考えて)いいんだよ、分からなくて。言辞を弄するような人っていうのは「自分は分かるんだ」ってことを証明したがっている気がするんだけど、世の中に分かることのほうが圧倒的に少ないわけです。それは映画だ、なんだっていう以前の問題で、生活や仕事、生きていることを全部説明できる人間なんて本当にいるのかっていう。別に何も分からなくたっていいじゃんって。
 ただ、ある種の特殊な時間を生きたいと思うのは当たり前のことだし、健全だし、それがあるから生きようって意欲にもつながるんだと思う。逆に言うと、それだけで十分だって気がするんだよね。(きっぱりと)賢くたって意味ないよ。ただ、僕にもそういう時期があったから偉そうには言えなくて、今風に言うと「そんなふうに考えていた時期が私にもありました」ってやつです(笑)

――ここでネットミームがでてくるとは思いませんでした。

押井:多少、人より賢くたって意味ないよ。全然意味ない。賢さが人生に対して役にたったりすることってありえないから。人より金を稼ぐのが上手いっていうこととたいして変わらない――そうなりたい人もいるんだろうけど、稼いだって意味ないじゃんって思うんだけどさ。
 「イノセンス」は公開当時もそうだったんだけど、(見る人が)分かろうとするんだよね。分かろうとすることが自分の賢さの証明になると思っている人がいるんだけど、そういうことじゃないから。「イノセンス」という映画はそういうのを全然目指してない。伏線をはりまくったり、ある種のミステリーのような凝り方は何ひとつしていないから。

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――こういう言い方をしていいか分かりませんが、「分からなくていい」と。

押井:「イノセンス」のような特殊な情熱のあり方というのはなかなかないから、それを体感してくれればいい。普通の快感原則を求めている人からすると、なんとなく、くすぶっている感じがするかもしれないけれど、そもそも爽快さを感じるようにはつくっていない。爽快さを求めるんだったら、まだ「攻殻」(「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」)のほうが爽快だと思います。僕も監督をやっているから、お客さんにある種の快楽原則を用意するのが仕事なんだけど、「イノセンス」に関しては、こういうのが実は快感でもあるんですよっていうことをいいたいというか(笑)

――快感の質が違うと。

押井:そう、質が違う。そして、僕はつくった当時よりも今回の4Kリマスター版のほうがきれいにみえた。「ああ、きれいな映画だったんだな」と思った。あと、「なんか艶っぽいな」とも感じました。艶っぽいとしか言いようがないんだけれど。

田中敦子さんは僕のなかでずっと「素子さん」

「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」

GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊

(C) 1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

――聞きづらい話ですが、草薙素子役の田中敦子さんが昨年亡くなられたことについて、よろしければお話しいただけるとありがたいです。

押井:一緒に仕事をした人ですから亡くなったのを知ったときはショックでしたけど、実は田中さんのことをよく知らないんです。田中さんとはアフレコの現場以外でお会いする機会もなかったし、そんなにいっぱい仕事をしているわけじゃなくて。仕事以外でお話しをしたこともほぼなくて、僕のなかでは私生活もふくめて非常にクールな人だという印象なんです。仕事は完璧にやって、終わったら「お疲れさまでした」と帰る。アフレコ現場以外ではほぼ会ったことがなくて。「イノセンス」のときはアフレコの前に一回打ち合わせをしたことがあったぐらいでした。
 僕のなかで田中さんはずっと「素子さん」なんですよね。いろいろなところで田中さんの声を聴いても素子しか浮かんでこない。僕は役者さんよりも役柄で覚えちゃうほうなので。田中さんに対しても思わず「素子さん」と言いそうになるときがありました。大塚明夫さんも同じで、会うたびにバトーになってしまう。役者さんからすれば、役柄で覚えられても困るんだよって、迷惑な監督なのかもしれないですけどね(笑)

「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」

GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊

(C) 1995 士郎正宗/講談社・バンダイビジュアル・MANGA ENTERTAINMENT

――「イノセンス」には草薙素子の姿はあらわれず、声だけの登場でした。それで大丈夫だという確信があったのでしょうか。

押井:「攻殻」(「GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊」)で声を聴いたときに「ああ、この人が素子だ」と思ったから、そのときからまったく違和感なかったですよ。僕の場合、アフレコで第一声を聴いた瞬間で決まっちゃうんです。そこで惚れこんでしまう。田中さんが素子で良かったと思っています。その後、違う人が素子をやった例もあったけど、僕にとって素子というのは田中さんしかイメージできない。素子、バトー、トグサは僕のなかでセットになっていて、ひとつでも違っちゃうとアンサンブルが変わってきてしまいますから。

――さきほど映画は残ると言われましたが、映画のなかの声もずっと残りますよね。

押井:声優さんっていうのは、面白い立ち位置で仕事をするからね。実写で違う人間を演じるというのとはまたちょっと違って、誰にでもできるわけではない、とても難しい仕事をしていると思う。他人の描いた絵に気持ちをのせるという特殊な仕事だから、個性的であればいいってだけじゃないんですよね。

■オープニングのハダリの瞳に映っているもの

「イノセンス」

イノセンス

(C) 2004 士郎正宗/講談社・IG, ITNDDTD

――オープニングの最後、ハダリ(※「イノセンス」の物語でキーとなる少女型の愛玩用アンドロイド)の顔がアップになるとき、その瞳に何かが映っていると公開時に一部で話題になりました。そのことについて、最後にひと言コメントいただけるとありがたいです。

押井:それはね……。

――何が映っていてもいいんだというふうによくおっしゃられているのは重々承知のうえでの質問で恐縮なのですが。

押井:その通りで意味なんかないんです(笑)。何か映っていないと絵にならないんで、何かを映すしかないねという話を林(弘幸)君(※デジタルエフェクトスーパーバイザー)とした記憶があるぐらいで。

――何かが映っているのはたしかで、今回の4Kリマスター版ではこれまでより見やすくなっているはずですよね。

押井:相当集中しないと見逃してしまうだろうけど、前よりは見やすいと思う。ただ、見ようと思うと違うものが見えてしまうかもしれない。何かが映っているんだという前提で目をこらすと、それが見えてしまうときがあるんだよね。人間って客観的にものを見ることが意外とできていなくて、ぼーっと見ていたらたまたま目に留まったというのがたぶん正しいはず。何が映っているか絶対に見極めてやると力んでみると何も見えないですよ。たぶんコマを止めても見えない。

――それぐらいのバランスになっているということなんですね。

押井:でもその話は何かのイベントか、取材で冗談半分に言っただけで、そんなにたいしたものじゃないんです。劇中に登場したもの以外見えるわけがないんだから、だいたい想像したとおりのものが映っているだけです。実は僕の顔が映っているとかもありません(笑)。そういう冗談はしないから。あの状況であの子が見えるべきものが見えているだけ。それでいいんじゃない? それで分からないなら分からないで、まったく構わないようなことなので。

――すみません、良いコメントをありがとうございました。劇場で見直すとき、力を抜きながらオープニングの最後に注目にしたいと思います。

作品情報

イノセンス

イノセンス 3

2032年の近未来。少女型の愛玩用アンドロイドが原因不明の暴走を起こし、所有者を惨殺する事件が発生。政府直属の機関・公安九課の刑事バトーは、相棒のトグサとともに捜査に向かう。電脳ネットワークを駆...

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