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特集・コラム 2020年12月30日(水)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第1回 村上隆「6HP」と手塚治虫の「アニメーションは“愛人”」発言

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現代美術作家の村上隆が2020年7月、自身の会社カイカイキキが新型コロナウイルス感染拡大の影響をうけて経営危機に陥り、長い間つくりつづけてきた実写映画「めめめのくらげ2」の製作を断念したとInstagramの動画とコメントで伝えた(注1)。スタッフが作業している工房で淡々と英語で話す村上氏の動画を見ながら、アニメ「6HP(シックスハートプリンセス)」の続きは一体どうなるのだろうと思っていた。

6HP」は村上氏が企画・原案・監督・エグゼクティブプロデューサーを務め、カイカイキキと同社のアニメ・VFX制作部門を担うスタジオポンコタンがアニメーション制作を行う全15話のアニメシリーズ。16年12月30日にTOKYO MXで未完成版の第1話が放送後、4年の歳月をかけて第7話まで不定期に放送され、今年は1話の放送もないまま終わろうとしている。

放送はある日突然ひっそりと行われるため、オンエアのチェックは至難の技。今のところ配信やソフト化はされていない。放送は毎回約1時間で、基本的に前半30分はアニメ本編、後半は制作ドキュメンタリーで構成され、異例すぎる制作体制や悪戦苦闘のメイキングをリアルタイムに伝えている。放送の冒頭と最後には村上氏が出演することが多く、Instagramで経営危機を語ったときと同じように少し疲れた表情で、ときおり人懐こい笑みを見せながら視聴者への感謝が述べられる。

未見の人に「6HP」をざっくり説明すると、「プリキュア」シリーズからインスパイアを受けつつ和や多国籍の世界観を取りいれ、1980~90年代のちょっと懐かしいアニメ表現も入った実験作品……と言えばいいだろうか。魔法少女をテーマにしたファッション誌の2.5次元企画を発端に、10年にフランス・ベルサイユ宮殿で行われた村上氏の個展用につくった短編アニメで初めて映像化された。歌に五條真由美を起用するなど、ビジュアルこみで明確に「プリキュア」風を意識した、日本の魔法少女もののコンセプチュアルアートとして制作された短編に手ごたえを感じた村上氏は、キャラクターデザイナーとして参加した北海道在住のイラストレーターmebaeを中心にシリーズ化を決意。そのため11年に札幌にスタジオポンコタンを立ちあげ、新人を多数採用して2年かけて3DCGで映像をつくるが(厳密にいうと、まず手描きで制作して完成直前に3DCG制作に路線変更している)出来に満足せず自らお蔵入りに。15年には新たな拠点として東京に2つ目のスタジオをつくり、さらに人を集めて手描きアニメとして再スタートする……という気が遠くなるような回り道と試行錯誤でつくられている。

村上氏やスタッフがときに「言い訳」と自嘲することもある放送後半の制作ドキュメンタリーでは、アニメ業界特有の慣例や人間関係にとまどい、七転八倒しながら綱渡りで各話をかたちにしていく様子を赤裸々に伝えている。納品数日前になってもどうにもならない“万策尽きた”様子も映され、実際に納品が間にあわず前と同じ話数が放送されたこともある。各工程で細かくチェックをして作業が後戻りしないことが基本のアニメ制作で、監督の村上氏によるちゃぶ台返しが発生していることも自身やスタッフから語られ、映像が完成してからつくり直しという積んでは崩しが頻発するなか、少しずつノウハウがたまり新たな仲間も集まり、現場が成熟していく。

6HP」がイバラの道を歩んでいるなと思うのは、これだけの時間と手間をかけながらも完成したものは形態としてもルックとしても、あくまでテレビアニメであるということ。これがアートアニメ風にするなど見た目が違えば、普通のテレビアニメとは違うものと認識されて違った受けとめられ方をすると思う。ファミリーレストランで出された料理が普段と違って美味しいなと思ったら、実はフレンチのオーナーシェフが1カ月かけて仕込んでいたものだった。そんな例えが適切か分からないが、フォーマットに合わせてきちんとつくればつくるほど、毎週放送されている他のアニメと近くなっていくジレンマを抱えているようにも感じる。

制作ラインを敷いて効率的につくる商業アニメとは対極にある非効率きわまりない制作方法で、素人目にもとんでもなくお金がかかっているのだろうなと思っていたら、第5話ではアニメ制作で会社の資金がショートしかけたのをカバーするために村上作品のポスターを販売していると、スタッフ総出で発送作業中のなか村上氏が視聴者に挨拶することもあった。辻惟雄との共著「熱闘!日本美術史」でも、連載時に企画にのめりこみすぎて会社の経営が立ちいかなくなりそうになって休載したことが書かれていた。こんな風に自虐的に自分をさらけだすのは、たぶん村上氏を最初に知るきっかけになった竹熊健太郎さん(「サルでも描けるまんが教室(サルまん)」原作者。面識があるので「さん」付け)に通じるところがあって私は好きだ。

6HP」第1回のドキュメンタリーは、「人は芸術の何に感動するのかといえば、苦悩と失敗に“大いに”共感するのである」という村上氏の言葉からはじまった。自分のサブカル趣味の原点である「サルまん」や、アニメ媒体の編集や執筆の仕事をするぐらいアニメに興味をもつようになった「新世紀エヴァンゲリオン」も、作り手の苦悩がビビッドに感じられるところが魅力のひとつだった。舞台裏を見せたり感じさせたりするのは潔くないという考え方もよく分かりながらも、人がつくっている以上やっぱりメイキングは気になるし、ときに失敗してもその破綻ぶりに心動かされることがある。

本業に大きな支障がでるほどアニメにのめりこむといえば、手塚治虫の「マンガは“本妻”、アニメーションは“愛人”」という発言を思いだす(注2)。手塚氏のアニメーションへの夢を具現化した虫プロが倒産にいたったことも、村上氏の経営危機発言とかぶる。そんなことを思っていたら、「6HP」のキャラクター設定・原画集Vol.2のあとがきで村上氏自ら「若い頃、あんまし好きではなかった、手塚治虫のアニメとの関わり方の超縮小版を自分はやってるみたい」と書かれていて、自身でそこまで分かっていながらアニメをつくり続ける業の深さに、これはとてつもないことをしているのだなと、あらためて「6HP」を追い続けていこうと決意したのだった。

今後オンエアされるであろう「6HP」第8話は、主人公たちが練習してきたミュージカルが披露されるシリーズ中盤のクライマックス回。第7話のドキュメンタリーによると、長い時間をかけて音楽をつくり、ライブアクションで動きをつくっているらしい。21年こそはぜひ見てみたい……と思っていると、今年の大みそかに急きょ放送なんてことがあってもおかしくないのが「6HP」の怖いところ。私自身、17年9月24日放送の第1話完全版だけ旅行中で録画できなかったことを今でも悔やんでいる。もし見せてくれる方がいましたらアニメハック編集部までご一報ください。

注1:「めめめのくらげ2」実写パートの撮影風景を中心にしたドキュメンタリー第1部の冒頭で、村上氏から製作断念が伝えられた。動画は右記URLから視聴できる(Instagramアカウントのログインが必要)。
注2:手塚治虫オフィシャルサイト内のコラムより。

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

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