スマートフォン用ページはこちら
ホーム > ニュース総合 > 特集・コラム > 編集Gのサブカル本棚 > 【編集Gのサブカル本棚】第13回 「電脳コイル」を再見して気づいたこと

特集・コラム 2022年2月4日(金)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第13回 「電脳コイル」を再見して気づいたこと

イメージを拡大

2007年のオンエア以来、「電脳コイル」を通しで全話見返した。筆者がアニメ関連の編集の仕事をしはじめたのが2005年頃からと時期が近かったので「電脳コイル」のインパクトは強烈に印象に残っている。

まず思い出すのは、「電脳コイル」の放送直前にNHKで行われた完成披露試写会に足を運んだことだ。磯光雄監督を生で見ることができると楽しみにしていたが、磯監督は体調不良という理由で欠席だった(注1)。残念ではあったものの、当時の自分としては磯監督が出席しないほうが“らしい”気がして、欠席の報を聞いたとき不謹慎ながら心の中で密かに盛りあがってしまったのを覚えている。それ以降、大物アーティストのライブが直前に中止や延期になってもなぜか喜んでしまう一部ファンの気分がなんとなく分かるようになった。

当時なぜそんなふうに思ってしまったのか少し説明がいるかもしれない。磯監督の最新作「地球外少年少女」でタッグを組んだ吉田健一氏(キャラクターデザイン)の言葉を借りると、「電脳コイル」以前の磯監督は“アニメーションの景色を変えた”仕事をしてきた知る人ぞ知るアニメーターだった。3コマの動きを中割を入れずすべて原画で描くことによってリッチな動きを表現する「フル3コマ」を発明し、「新世紀エヴァンゲリオン」19話「男の戦い」の初号機が使徒を捕食するシーン、旧劇場版「AIR」の弐号機とEVA量産機の戦いなど、見る人を圧倒するすさまじい場面の原画を手がけてきた。2000年公開の「BLOOD THE LAST VAMPIRE」では、撮影こみで作画を担当する当時としては規格外なやり方で仕事をしている。新しい手法を生み出し、見る人をハッとさせるフレッシュなアニメーションをつくりだす。そんな磯氏がオリジナルのテレビシリーズを初監督するというニュースには期待しかなかったし、それぐらいこだわりのある人は公の場に普通にはでないだろうという勝手な思いこみが意識下にあったのだ。それから15年後、「地球外少年少女」の取材で初めてお会いすることができた。気さくな人柄が感じられるサービス精神たっぷりのお話は非常に楽しく、インタビュー原稿はそのときの楽しい雰囲気をなるたけ生かすよう心がけた(注2)。

オンエア当時は作画ばかり注目して見ていた気がするが、今見ても「電脳コイル」の作画の魅力はまったく色あせず、こんなにすごいものがよくつくられたものだと思う。オープニングの、走るイサコが急停止してしゃがみこんで暗号を書く動きには毎回ハッとさせられるし、主要キャラクターの足元を映して階段を登る動きだけでそれぞれの性格を表現しているところなど、こんなハイブロウなことをテレビシリーズでやるなんてすごいとしか言いようがない。

ハイクオリティと言われるアニメ作品でよく見られる密度の高い写実的な美術に比べると「電脳コイル」の美術は主張が弱くみえるが、あらためて見直すとキャラクターの淡い色合いとマッチさせた絶妙なバランスで成立していることに気づけた。デジタル的なものが満載の物語を彩度の低いルックで描くことで、新しいのに懐かしいという不思議な作品世界が構築され、現実と電脳メガネで見える世界の地続き感にもつながっている。子どもたちの天敵として現れる赤色のサッチーが一目で危険な存在だと分かるのも、こうした色彩設計の効果が大きい。ハードディスクのアクセスランプのような光の点滅で電脳上の戦いが描かれるのもフレッシュな表現で、最新作の「地球外少年少女」ではまた違ったかたちで登場している。

オンエア当時、これで最終回でもいいんじゃないかと思った12話「ダイチ、発毛ス」も楽しかった。ガキ大将キャラのダイチに電脳ヒゲが生える発端から、「映像の世紀」を見て人類の愚かさに思いをはせてしまうような地平までたどりつく奇想っぷりにはうなってしまう。

電脳コイル」は、シリーズの前半でAR(拡張現実)を先取りした子どもたちの遊びの世界をユーモラスに描き、後半ではその世界に潜む影の部分を掘りさげながら主要キャラクターの過去にまつわるシリアスなドラマが展開される。正直な感想を言うと、オンエア当時は前半の楽しいエピソードのほうが断然好みで後半のドラマにはのりきれなかったところがあったが、再見して印象がだいぶ変わった。冒頭から丁寧にはられた伏線が回収されていって大風呂敷の物語が見事にたたまれていく終盤は圧巻で、ここまで考えぬかれていたのかと再確認できた。特に後半は配信で一挙に見るのに向いていると思うので、Netflixの「地球外少年少女」で磯監督作品にふれた方は、ぜひそのまま「電脳コイル」の世界も楽しんでほしい。

注1:当時、筆者が所属していたアニメスタイル(スタイル)の取材記事。執筆は、別のスタッフが担当している。
▽WEBアニメスタイル 磯光雄監督作品「電脳コイル」完成披露試写会レポート

注2:インタビューは下記のとおり。吉田健一氏の“アニメーションの景色を変えた”という発言は、2月11日更新予定の後編内にある。
▽磯光雄と吉田健一の宇宙の旅(前編) 魅力がないと思われているものを魅力的なものに化けさせる
https://anime.eiga.com/news/115187/

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

作品情報

電脳コイル

電脳コイル 10

時は202X年、今よりもちょっと未来。子供達の間で“電脳メガネ”が大流行していた。この“電脳メガネ”は、街のどこからでもネットに接続し様々な情報を表示する機能を備えた、子供たちになくてはならない...

2007春アニメ 作品情報TOP イベント一覧

特集コラム・注目情報

  • 新着イベント
  • 登録イベント

Check-inしたアニメのみ表示されます。登録したアニメはチケット発売前日やイベント前日にアラートが届きます。