2022年7月9日(土)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第16回 「機動戦士ガンダム」1話の幌(ほろ)と「弾が切れた」
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全国6美術館の共同企画として2019~20年に開催された「富野由悠季の世界」展。「演出という『概念』は展示可能なのか」という富野監督からのお題にこたえた実際の展示の様子や関係者の証言などを記録した映像集を見た。映像特典が充実していて、富野監督が細田守監督、樋口真嗣監督、アニメ評論家の藤津亮太氏、各美術館の学芸員たちと行ったトークショーの模様が約8時間も収められている(※早期予約特典のオープニング記念トーク「富野由悠季とは何者なのか?」ふくむ)。
そのトークショーのなかで、テレビアニメ「機動戦士ガンダム」(1979~80年)が当時いかに新しかったかが、細田監督、樋口監督との対談で触れられていた。当時の富野監督が自覚的に新しいことをやろうとしていたことが具体例とともに語られていて、見ていて「なるほど!」と膝をうつ思いだった。Netflixで配信中のアニメ「地球外少年少女」の磯光雄監督と吉田健一氏(キャラクターデザイン)に筆者が取材したとき、2人は子どものときに見た「ガンダム」1話にこれまでにない新しさを感じ、子ども心に「何かやっているぞ」と思ったと話していた(編注1)。そうした見る人の景色を変えるような作品にしたいという思いで「地球外少年少女」をつくったそうで、たしかに同作には初見ではすべて気がつけないほど膨大なアイディアが注ぎこまれている。その後、「ガンダム」シリーズが沢山つくられたこととは別に、初代ガンダムはその後の多くのアニメやアニメ制作者に大きな影響を与えているのだ。
庵野秀明監督も、「ロボットが出てくるアニメーションとしてはガンダムの1話が最高なんですよ」「一番シンプルに作って、一番いいところをついている」と、その構成と脚本を称賛していた(「庵野秀明スキゾ・エヴァンゲリオン」大泉実成・編/太田出版刊)。普通の少年アムロがロボットに乗る流れを素直に見せていて、テンションの高さで押しきって碇シンジをエヴァに乗せた「新世紀エヴァンゲリオン」1話はその部分で「ガンダム」1話に勝てなかったとも分析している。
「弾が切れる」ロボットアニメ
「ガンダム」1話「ガンダム大地に立つ!!」は、新型モビルスーツの運用テストを行っている連邦軍が、ジオン公国軍のザクから攻撃をうけるところからはじまる。その攻撃に巻きこまれた主人公のアムロ・レイは、ガールフレンドのフラウ・ボゥが流れ弾で家族を亡くすのを目の当たりにし、モビルスーツに乗りこんでザクを撃破する。樋口監督は富野監督との対談のなかで、「無敵鋼人ダイターン3」の最終回で流れた「ガンダム」1話の予告で「ロボットが銃を構える」姿に衝撃をうけ、「俺たち凄いもの見ちゃったぜ」と思ったと語っていた。作中に照準器が登場し、ロボットがそれをのぞいている。それまでのロボットアニメにはない地に足のついた描写に「ゼロがイチになった瞬間というのはこういうことなんです」と熱弁する樋口監督の姿は、「地球外少年少女」の磯監督と吉田氏が「ガンダム」の新しさを語る姿とダブり、当時の視聴者の共通体験だったことが分かる。
個人的に取材したことがあるゲーム作曲家の菊田裕樹氏(「聖剣伝説2」「同3」など)も、「ガンダム」に魅了されたひとりだった。子どもの頃にリアルタイムで見た「ガンダム」1話で「弾が切れた」というセリフがあったことに驚かされ、「観た瞬間に、時代がゴロンって変わったのが分かったような気がしました」と話していた(編注2)。当時のロボットアニメは弾が無尽蔵にでるのが当たり前で、本物の兵器のように銃弾が切れる描写はフレッシュで絶妙なリアリティがあったのだ。
嘘八百のリアリズム
映像集に収録された細田監督との対談で富野監督は、スポンサーの玩具メーカーが動かすと言ったからロボットを動かすのではなく、動かすための基礎原理を考慮したうえでアムロをガンダムに乗せたと語る。その具体例として、これまでとは違うかたちでロボットを乗りこむ段取りをつくるため、最初はロボットによじ登ってコックピットに乗る描写を考えたそうだが、それを実写のように描くと手間がかかりすぎる。その代わりにアムロが幌(ほろ)をはがすとそこからコックピットが見える描写をいれたそうだ。「この話はすごい!」と興奮しながら富野監督の話に聞きいっていた細田監督は、「ガンダムがなぜ素晴らしいか、今の言葉に端的にあらわれている」と嬉しそうに話し、富野監督は動きをリアルにしたり汚しをいれたりするのとは違ったこうしたアイディアこそが“嘘八百のリアリズム”だと説明していた。
工事現場にある重機のように幌を被せることで量産される兵器としてのリアリティが増し、幌にはコロニー内で雨が降る可能性も想起させる。しかも、幌を被せた部分はモビルスーツを描かずにすむ。今見るとなんてことない描写に見えるが、それこそが先駆者の証拠で、「ガンダム」にはロボットアニメにリアリティを感じさせる発明が数多く詰まっている。
細田監督は、「無敵超人ザンボット3」(77~78年)「無敵鋼人ダイターン3」(78~79年)を富野監督が連続して手がけてきた流れで「ガンダム」が制作されていることに触れ、「ダイターン3」最終回の翌週に「ガンダム」1話が放送されているのは驚異的な仕事だとも話していた。富野監督は「ダイターン3」がギャグテイストだったことに触れ、1話完結のコメディ作品をつくる過酷さに比べると、シリアスなドラマの「ガンダム」のほうが楽だったし、「ダイターン3」の反動で「ガンダム」の序盤はビビッドにつくれた部分があったと回想している。
ブライトの年齢と“戦後の匂い”
エポックとなった作品を今見ると純粋な意味では楽しめないこともあるが、「ガンダム」シリーズの熱心なファンではない筆者が見ても「機動戦士ガンダム」は本当に面白い。最近見直して、シャアの有名なセリフ「認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを」は1話にあったのかと気がつくことができた。もうひとつ「えっ」と思ったのが、のちにホワイトベースの二代目艦長になるブライト・ノアの年齢が19歳だったことだ。
ブライトと話すアムロの父は、15歳の息子と年の変わらない子どもがゲリラ戦に出ていることを嘆く。ザクの攻撃で街が壊され、戦闘から逃れる民間人の姿は今テレビのニュースで映される実際の出来事と被って見えてしまう。前述の菊田氏がしみじみと語った、歴代ガンダム作品のなかで初代ガンダムにだけ、放送当時に日本にあった“戦後の匂い”が強く感じられたという言葉の意味が少し分かった気がした。(「大阪保険医雑誌」22年4月号掲載/一部改稿)
編注1:磯光雄と吉田健一の宇宙の旅(前編) 魅力がないと思われているものを魅力的なものに化けさせる
https://anime.eiga.com/news/115187
編注2:「インタビューマガジンAniKo」『ビーグル号』の総合科学者に憧れて 作曲家 菊田裕樹(第1回)
編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
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