2024年7月13日(土)20:00
【編集Gのサブカル本棚】第39回 「覇権アニメ」と「0話切り」未満作品群
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このコラムは、2024年春クールのアニメがスタートする直前の3月末に書いたものです。書きもらした春クールの注目作について末尾に追記しました。
4月から放送中のテレビアニメ新番組のラインナップが、とんでもないことになっている。3カ月ごと年4回の各クールでは、実写ドラマやバラエティなど他のテレビ番組と同じく、もともと春クール(4月開始)と秋クール(10月開始)に力の入った作品が多く集まる傾向にある。それを差し引いても、筆者の印象ではここ数年で一番と言っていいぐらいの話題作・注目作が集結した大豊作のクールで、配信アニメも含めると6月までに70本以上の新作アニメがスタートする。
人気シリーズ続編が多数
原作物の注目作では、東宝とProduction I.Gがタッグを組んで「少年ジャンプ+」の人気漫画をアニメ化する「怪獣8号」、街を守るために戦う不良高校生を描く「WIND BREAKER」、岡田准一氏主演で実写映画化もされた漫画を「装甲騎兵ボトムズ」の高橋良輔監督が手がける「ザ・ファブル」など。オリジナル作品では、「ガールズ&パンツァー」の水島務監督による「終末トレインどこへいく?」、「【推しの子】」の動画工房が渋谷を舞台に少女たちの“匿名クリエイティブ活動”を描く「夜のクラゲは泳げない」、女子競輪を題材にしたメディアミックスプロジェクト「リンカイ!」など。
2024年春クールの大きな特徴として、人気シリーズの続編・リブート作品が多数あることが挙げられる。続編物では、京都アニメーション制作の吹奏楽部ストーリー「響け!ユーフォニアム3」を筆頭に、新たな監督と制作会社でおくる「ゆるキャン△ SEASON3」。そのほか、「転生したらスライムだった件(第3期)」「僕のヒーローアカデミア(第7期)」「魔法科高校の劣等生 第3シーズン」「無職転生II 第2クール」「黒執事 寄宿学校編」「この素晴らしい世界に祝福を!3」「死神坊ちゃんと黒メイド(第3期)」「デート・ア・ライブV」「魔王学院の不適合者II 2ndクール」など。リブート作品では、経済をモチーフにしたライトノベルを再アニメ化する「狼と香辛料 merchant meets the wise wolf」、約18年ぶりの再アニメ化となる「バーテンダー 神のグラス」。そして、続編物の大本命「鬼滅の刃 柱稽古編」は、少し遅れて5月12日からフジテレビ系でスタートする。
配信アニメの注目作
配信アニメも見逃せない。Netflixでは、「カードキャプターさくら」のCLAMPと「王様ランキング」のWIT STUDIOがタッグを組む「グリム童話」をモチーフにしたオムニバスシリーズ「グリム組曲」が4月17日から配信中。藤子・F・不二雄氏のSF漫画をボンズが手がけ、手描きアニメならの映像美を見せてくれそうな「T・Pぼん シーズン1」は5月2日からスタートし、2大格闘漫画がコラボした長編「範馬刃牙 VS ケンガンアシュラ」が6月6日から配信される。
ディズニープラスの「SAND LAND: THE SERIES」は、先日急逝した鳥山明氏の漫画が原作。昨年公開された劇場版のエピソードに新規カットを加えた「悪魔の王子編」全6話のほか、鳥山氏が考案した原作コミックにもない新たなエピソード「天使の勇者編」全7話が順次配信中だ。最近の「ドラゴンボール」劇場版のように、鳥山氏がストーリー・デザイン面に深く関わった“鳥山明の新作”と言える貴重なシリーズで、有料サービスでややハードルは高いがご興味あればぜひ見ていただきたい。
「0話切り」未満の作品群
ここ最近の国内アニメの盛り上がりのひとつの頂点と言えるほどのラインナップで、アニメ情報サイトの仕事をしている身としては大いに盛りあがってほしいと思っている。ただ、これだけ作品数が多いと、まったく注目されない“無風状態”の作品が多くなるだろうなとも危惧している。学生時代にアニメをよく見ていた人でも社会人になればなかなか時間がとれなくなり、週に2、3本も見ていれば十分に熱心なアニメファンと言えると思うが、今クールに関しては、これまで見続けているシリーズをチェックするだけで、作品を選ぶまでもなく見る作品が決まってしまいそうだ。
各クールの作品群のなかで、映像ソフトの売り上げが多かったり、普段アニメを見ない層にまで届くほど社会現象になったりする作品のことを、一部のアニメファンは「覇権アニメ」と呼び、このネットミームは実写映画化もされた辻村深月氏による小説「ハケンアニメ!」のタイトルの由来でもある。直近の作品だと、「週刊少年サンデー」で連載中のファンタジー漫画をマッドハウスがアニメ化した「葬送のフリーレン」(23年10月~24年3月放送)は覇権アニメと言っていいだろう。4月クールでも前述した作品のいずれかが大きな注目を集めるだろうが、ここ数年ずっと感じているのは中間層が本当に薄くなっているということ。現実やネットでのコミュニケーションツールになるほど皆が見ている大注目作と、熱心なファンが見続けるタコ壺化したニッチなタイトルに二分化して、ほどほどに注目されるタイトルがめっきり減ってしまった。そして、作品の増加とともに作品の消化スピードは加速度的にあがり、筆者のような仕事をしている人間でも「そんな作品あったっけ」と思ってしまう、たった数年前のタイトルがごろごろしている。
随分前から、すべての娯楽は“空き時間の奪い合い”になっていると言われている。アニメ同士でいかに見てもらうかを競う以前に、細切れの時間でインスタントに楽しむことができるスマホのゲームやSNSなどから目を離して、いかに知って見てもらうかというハードルは本当に高いと思う。かつては作品を面白いかどうかを3話までは見続けて判断する「3話切り」というネットミームがあったが、今は1話も見ずに判断する「0話切り」という言葉にまで進化(?)している。さらに今は、そもそも作品の存在すら知られていない「0話切り」未満のまま始まってひっそりと終わっていくタイトルが増えている印象だ。そうした“無風状態”のタイトルをすくいあげて紹介していくのも自分の仕事のひとつだと思っているが、とにかく作品数が多すぎて全体像を把握するだけで精一杯というのが正直なところだ。
もう一歩踏み込んで言うと、時間を埋めるように過剰にエンタメを摂取することがはたして良いことなのか、人それぞれ出合うべきときに出合う作品があっていいのかもしれないとも思っている。要するに見たいときに見ればいいという当たり前のことだが、面白いか否かが未知数の状態でリアルタイムに作品を追っていく楽しみには代えがたいものがあるのも間違いない。筆者自身、仕事の必要とは別に、心身の健康が許す範囲でなるたけ多くの作品に触れようと心がけているのは、そうした“自分だけの1本”に出合いたいからで、評価の定まった作品を後追いで見るだけでは、そうした楽しみは得られないとも思っている。(「大阪保険医雑誌」24年4月号掲載/一部改稿)
<追記>
東映アニメーション制作のオリジナルアニメ「ガールズバンドクライ」は、フルコマの3DCGとアニメらしい誇張した表情付けや動きを両立させたエポックな映像表現、ピーキーな主人公像とフレッシュなストーリーが堪能できる挑戦的な作品だった。また、ライトノベル原作の「変人のサラダボウル」は岐阜県を舞台にした“聖地作品”であるにも関わらず、アニメでは序盤、聖地的な要素をあえておしださず、普通ならさけそうな性風俗店や怪しげな新興宗教のネタもストレートに描かれていたところが、タイトルにこめられた多様的な人のあり方を尊重しているようで好感をもった。昨今リッチな表現にされがちなライブシーンを、最小限の動きで表現しているところも同作のテイストにぴったりな表現だったと思う。
ゴルフ専門誌の漫画が原作の「オーイ!とんぼ」は、個人的なダークホース作品だった。田舎の離島で暮らす少女の成長物語を、地に足のついた演出で描くエバーグリーンな1作で、秋放送予定の第2期が今から楽しみでならない。
編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
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