2025年1月3日(金)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第44回 2.5次元舞台の魅力を倍増させたアニメ『【推しの子】』
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本コラムは、2024年9月下旬に執筆した原稿の再録です。
昨今、アニメ化されるほどの人気漫画は舞台化されることも多い。そのなかで2.5次元舞台(ミュージカル)と呼ばれるジャンルは、2次元の原作と3次元のリアルの中間にある世界という意味合いで、見た目とあわせて原作に忠実であることを作り手も鑑賞側も強く意識する傾向にある。
2024年7~10月に放送されたテレビアニメ「【推しの子】(第2期)」は、そんな2.5次元舞台を真正面から描くことで、その魅力を原作漫画以上に倍増させた素晴らしい映像化だった。
原作をどう翻案するか
23年に放送されたテレビアニメ第1期が、YOASOBIによる主題歌とともに大ヒットした「【推しの子】」。産婦人科医の男性が、大ファンである“推し”の女性アイドルの子どもとして転生するタイトル通りの物語で、母親となったアイドルは何者かに殺されてしまう。その犯人を探すために役者となって芸能界に身を投じる復讐譚であり、芸能界の裏側が描かれる業界ものとしての面白さもある。
2.5次元舞台編では、作中劇の2.5次元舞台「東京ブレイド」を軸に大きく2つのトピックが描かれた。1つは異なるメディアで原作をどう翻案するかというセンシティブな問題で、24年1月には現実の問題として実写ドラマの世界で痛ましい事件が起きたばかりでもある。アニメ業界を描いたオリジナルテレビアニメ「SHIROBAKO」の後半でも描かれたテーマだが、「【推しの子】」ではより現実に即したヒリヒリする展開が繰り広げられた。くわしくは原作漫画かアニメに触れていただきたいが、メディアによる表現方法の違い、原作側とメディア化側のコミュニケーション不足などが両者の食い違いの要因であることが、舞台の脚本づくりを通して描かれた。原作のあるアニメでこのテーマを描くことは、アニメ製作・制作サイドがどのように原作と向きあっているかが問われることにもなる。アニメ「【推しの子】」のその後の話数では、アニメというメディアならではの見事な翻案で原作との向きあい方を証明したように感じた。
舞台をアニメで再現
2.5次元舞台編の後半では、作中劇「東京ブレイド」の稽古や本番の様子をとおして2.5次元舞台そのものの魅力が描かれた。第12話「東京ブレイド」の冒頭では、開幕直前特有の客席のざわめきのなか舞台がスタートし、役者の演技がはじまるまでのイントロダクションが、舞台の大スクリーンを駆使したきらびやかな映像演出、遠目のため顔の表情を見ることはできない役者たちの登場と、客席をふくめた舞台全体をとらえた定点カメラのような視点で本物の舞台さながらに描かれた。物語の時系列を変更して、あえて第2期の最初に見せるアニメオリジナルの仕掛けで、この開幕の様子は第17話「成長」でも少し内容を変えて繰り返される。一度目は一瞬別のアニメが始まったかのように錯覚してしまうサプライズとして機能し、二度目は舞台開幕のワクワクを感じさせながら、じっさいに2.5次元舞台を鑑賞しているかのような感覚に視聴者をいざなう。
原作漫画では舞台まわりの段取り的な描写は最低限におさえ、客席をふくむ主要登場人物たちのやりとりを中心にストーリーが進んでおり、アニメ版では2.5次元舞台を丁寧に再現することで大幅にふくらませようという強い意図が感じられた。「月刊ニュータイプ」24年8月号掲載のインタビューによると、「東京ブレイド」部分の全体的な指揮を執った助監督の猫富ちゃお氏は、じっさいの舞台に何度も足を運ぶところから取材をはじめ、アニメでは描くことが難しい舞台特有の照明の表現、原作漫画では掘り下げられていない「東京ブレイド」のストーリーや書き割り(大道具)のデザインに腐心したという。
そんな猫富氏が絵コンテ・演出を手がけた前述の第17話「成長」は、サブ的なキャラクターのエピソードだからこそ実現できたであろう、原作漫画から大きな飛躍を見せた屈指の回で、ルックスは良いが演技はからきしダメな若手男性俳優が、自らの実力不足を認めて努力を重ね、舞台上で花開く姿がエモーショナルに描かれた。この役者の演技はいまいちだなと勘づいた観客の評価を一変させるアクションを原作の動きから大きく盛ることで躍動感を見せ、感情をのせた演技をつかんで舞台を縦横無尽に駆けまわる様子は、ほとばしるような色彩と動きによるアニメーションで自由奔放に描く。それまで地に足のついた描写で舞台を描いてきたギャップもあって、アニメの視聴者も作中の観客のように物凄いものを見たという感動を追体験できる渾身の話数だった。
製作・制作サイドの蓄積
「【推しの子】」監督の平牧大輔氏は、2019年に監督したテレビアニメ「私に天使が舞い降りた!」(略称「わたてん」)でも、作中劇を描いていた。「わたてん」は、引きこもりがちな女子大学生と小学生の女の子たちの可愛らしいやりとりを全編ノンストレスに描く、萌えアニメの極北と言える作品で、筆者は平牧氏の名前を同作で覚えた。その最終回のAパートでは、これまでのテイストから一変させて、小学校の文化祭で上演されるミュージカルを大変な手間をかけて描いていた。
また、平牧氏が「わたてん」の次に手がけた「SELECTION PROJECT」(略称「セレプロ」)は、「アイドル×オーディション×リアリティショー」をテーマに、出演声優がアイドルユニットとしても活動するオリジナルテレビアニメだった。内容的に「【推しの子】」に直結し、実写のリアリティショーをアニメとしてどう絵作りするかをふくめて、「セレプロ」の経験がなければアニメ『【推しの子】』の成功はなかったはずだ。監督だけでなく、「【推しの子】「セレプロ「わたてん」すべてのアニメーション制作を担当した動画工房をはじめ、共通するスタッフすべての経験が「【推しの子】」のヒットに結びついているように思う。
アニメ「【推しの子】」を製作するKADOKAWAが、出版社としてはライバル関係にある集英社の漫画を手がけてヒットさせている点にも着目したい。KADOKAWAは2019年に、「彼方のアストラ」(集英社)、「ダンベル何キロ持てる?」(小学館)で、出版業界の三大出版社と呼ばれる講談社、集英社、小学館のうち2社の作品のアニメ化を初めて手がけている。自社作品にこだわらず、他社もふくめた作品本位による原作選びをしたこと、スタッフや制作会社のこれまでの蓄積が実を結んだことが過去作品を振り返ることで分かる。
「【推しの子】」は、実写シリーズが24年11月28日からPrime Videoでスタートし、「2.5次元舞台編」は12月に舞台化もされる。実写と舞台、それぞれ異なるメディアの特性をいかした作品になりそうで、特に後者はふだん2.5次元舞台を見ない筆者も、先行するアニメ版をうけてどのような舞台をつくりあげるのだろうと興味津々だ。(「大阪保険医雑誌」24年10月号掲載/一部改稿)
編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
作品情報
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「この芸能界(せかい)において嘘は武器だ」地方都市で働く産婦人科医・ゴロー。ある日"推し"のアイドル「B小町」のアイが彼の前に現れた。彼女はある禁断の秘密を抱えており…。そんな二人の"最悪"の出...
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