2025年7月21日(月)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第50回 「安いアニメ」とアニメ化の価値

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日常的にアニメを見ている人は、制作費やかかっている手間が大幅に違うであろう作品が、テレビアニメという同じ土俵で世に送りだされていることをよくご存じだと思う。
以前あるアニメスタッフの方に取材したとき、アニメの仕事をしていないパートナーから「あなたが仕事をしているアニメと、今テレビで放送されているあのアニメは同じ“アニメ”なの?」と聞かれたことがあるという話が余談的にでたことがあった。アニメの制作に従事している人でなくてもその差は歴然としていて、同じ名前で呼ばれていることに素朴な疑問がわいたのだろう。
ここで「クオリティが高い・低い」という言葉を用いると説明は簡単になるが、この言葉を安易に用いるのはちょっと危険でもある。映像作品において何をもって質が高い(低い)かを論じるのは難しく、アニメの制作工程を知っている人はクオリティという言葉を使わないか、意味を限定して慎重に用いている。ただ、そうしたこだわりのない人が、映像全体から受ける印象としてクオリティという言葉を用いるのはよく理解できるし、つくり手の多くはファンにクオリティが高いと感じてもらいたいと思っているはずだ。
回転寿司のようなアニメ
そんななか、イマジカインフォスと大日本印刷が手がける「ライトアニメ」と銘打った新しいスタイルの“アニメ”が登場している。制作費は一般的なアニメ作品の1割程度、企画立ちあげからほぼ半年で放映可能とうたわれ、昨年放送のテレビアニメ「まぁるい彼女と残念な彼氏」を皮切りに、同じテイストの作品がライトアニメの名のもとに送りだされている。
漫画作品の宣伝としてYouTubeにアップされることの多いモーションコミックを発展させたかたちで、原作漫画のコマから絵のパーツを切りだしてカットアウト(※切り絵)・アニメーションで各パーツを動かすスタイルで制作。キャラクターの絵などは基本的に原作の絵を用い、新規に作画しないことで大幅に制作費が圧縮されている。実際に作品を見ても、10分程度のショート作品なこともあって十分楽しめるし、アニメーション作品において、声優の芝居や音楽・効果音などの音響の力が非常に大きいことが逆説的に分かる。
カウンターで職人が握る寿司が通常のアニメーションだとすれば、ライトアニメは1皿100円台で食べられる「速い・安い・旨い」が売りの回転寿司のようなものと例えていいかもしれない。回転寿司と言っても馬鹿にできず、高いところで食べるのが馬鹿馬鹿しくなるぐらい美味しい店があるように、面白さという観点ではライトアニメで十分という原作のアニメ化が今後増えてくるかもしれない。
また、「秘密結社鷹の爪」などで知られるDLEは、「クレヨンしんちゃん」のスピンオフ漫画「野原ひろし 昼メシの流儀」(作:塚原洋一)のアニメ化を「オルタナティブ・アニメ」として制作することを発表している。プレスリリースでは「DLEのAdobe Animateによる制作ノウハウを活かし進化させたミドルクォリティのアニメーションを通常の2Dアニメ会社よりも低コスト且つ短期間で制作する」とうたわれ、これまでライトアニメ的な作品を手がけてきた同社が、より進化させたアニメーションを安価なまま制作する試みのようだ。
話題の生成AIを駆使した作品も登場し、3月末に放送・配信された「ツインズひなひま」では、クリエイターの負担を軽減する補助として全編AIが活用されている。
元武士とコーギー犬の日常を描いたショートアニメ「殿と犬」(2024年10月~25年3月放送)では、ゲームでよく用いられるLive2Dという技術が採用された。カットアウト・アニメーションと同じ発想で1枚絵のキャラクターをパーツ分けして動かすことで、まるでキャラクターが息づいているように見える技術をアニメーションに応用させ、コーギー犬の佇まいなどが可愛らしく表現されている。ただ、同作については、コスト削減というより新たな制作手法を模索する意味合いのほうが強いようだ。
「アニメ化」の言葉の重み
アニメーターによる手描きの技術をなるたけ使わずに作品を成立させられないか。職人たちの手仕事を積み重ねる通常のアニメーション制作は、私たちが想像するより何倍も手間暇がかかり、ビジネスとしてコントロールするのは至難の技でもある。そのカウンターとして、ここまで紹介してきた回転寿司的なアニメづくりの試みがあるのだと筆者は感じている。寿司職人に握りの技術を何年もかけて教えるのではなく、機械で握ったシャリにアルバイトの店員がネタを乗せることで寿司として成立するのではないかという考え方だ。
実際、アニメーターによる技術の継承が断絶してしまう危機とあわせて、手描きのアニメーションは将来的に高級な嗜好品としてのみ残っていくのではないかとも語られる。これまでのアニメ制作では、いずれ行き詰まってしまうであろうことは目に見えていて、アニメーターをはじめとする新人育成とあわせて、アニメーションづくり自体の新しい道を目指すこともアニメ業界にとって有益なのだろう。ただ、回転寿司的な「安いアニメ」には、製作(お金をだす側)と制作(つくる側)サイドのビジネス的な都合ばかりで、今のところ肝心のファン側のメリットがいまいち感じられないところが個人的にはやや気にかかる。回転寿司には、高価で敷居の高かった寿司を安価かつ手軽に食べられる消費者側のメリットがあったが、基本無料のテレビアニメの世界で安くアニメがつくれましたと言われても、アニメファンはより手間のかかったリッチなアニメのほうを見るだけの話だ。厳しい言い方をすれば、自身の作品をアニメ化したい原作者や出版社などに向けて、うちだったら安くて速くつくれますよとアピールしているようにしか感じられない。それを打ち消すような「安いアニメ」ならではの更なるストロングポイントが今後生み出されることに期待したい。
あるアニメ制作会社の社長に取材したとき、アニメ化の言葉の重みについて語ってくれたことがずっと心に残っている。ある原作がアニメ化されたというニュースを聞いたファンは、他の「〇〇化」よりも数倍喜んでくれるし、期待もしてくれる。それはアニメ業界の先人たちが素晴らしいアニメをつくってきた積み重ねの結果で、自分たちが原作を預かってアニメ化するときにも、その期待を裏切らないようなものをつくっていきたいという話だった。
回転寿司についても、ある芸能人がテレビ番組で、自分たちが子どもの頃は寿司を食べに連れていってもらうのは大人への通過儀礼のような特別なものだったが、回転寿司によってそうした意味合いがなくなってしまったのは残念で、自分達は幸せだったというようなことを語っていた。
マーケティングの世界で、あるサービスの価値が市場の活性化によってその優位性がなくなることをコモディティ化(一般化)という。アニメのコモディティ化は、アニメ業界にとって避けるべき道のように思えて、いつまでも特別なものであってほしいという気持ちがある。(「大阪保険医雑誌」25年4月号掲載/一部改稿)

編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
作品情報
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