2018年10月17日(水)19:00
【数土直志の「月刊アニメビジネス」】風雲急を告げる中国事情 日本アニメはサバイバルできるのか?
中国イベントでの、ビリビリ動画のステージイベントの風景。
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■2018年7月に起きた「ビリビリショック」
2018年7月、中国の日本アニメファンの間に衝撃が走った。日本アニメ配信の中国大手サイトのビリビリ動画のアプリが主要アプリストアから姿を消したのだ。さらにサイト自体へのアクセスもつながりにくくなった。その少し前、中国の国営放送・中国中央電視台が、ネット動画配信に低俗なコンテンツが溢れているとビリビリ動画を名指しで批判したばかりだった。
関連性は不明だが、状況はほどなく回復する一方でビリビリ動画は自社が配信するコンテンツの管理強化を発表した。
これに身構えたのは中国のアニメファンだけでない。日本のアニメビジネス関係者も同様だ。中国は配信向けのアニメ番組購入で、いまやアメリカと並ぶ大事なお得意さんだ。もし日本アニメが中国で規制されれば、アニメ業界に対する影響は大きい。
しかし中国でのアニメやゲームの状況は、いまや逆風だ。アニメ以外でも、8月に現地企業テンセントがカプコンからライセンスを受けたゲーム「モンスターハンター:ワールド」の販売が中止になったばかり。理由は中国の定める要件を満たしてなかったためだという。
同時に配信ゲームは依存性が高く、子どもに害が大きいとメディアからの批判が相次いだ。先ほどのビリビリと似た構図だ。
こうした状況で、中国政府が日本アニメの動画配信を規制するとの噂が流れてきた。噂自体は珍しいものではない。むしろ2015年頃から同様の噂は何度となく聞かされた。暴力要素の強さを理由に、「進撃の巨人」や「東京喰種トーキョーグール」など配信許諾がおりない作品も増えている。しかし、その数はさほど多くない。今回はより本格的な規制という。が、本当のところは誰も分からない。
しかし実際に規制が実施されなくても、問題は大きい。許諾されない可能性、規制が強まる可能性があるだけで、中国企業の新作買付けは慎重になる。リスクのある作品は避け、日本アニメの購入に積極的になれない。以前のような高額でのランセンス購入は減少する。実際、日本アニメの配信を大きく減らした企業はすでにあり、先のビリビリ動画も今後の日本アニメ買付けに極めて慎重とされている。ライセンス価格は2、3年前の勢いはない。不確実性が、日本アニメの利益を圧縮しているのだ。
■読めない中国政府の真意、サバイバルの方法は?
こうした規制が文字どおり低俗とされる作品の排除が目的なのか、それとも日本を含む海外コンテンツ締め出しが目的なのかが読めないことが状況を複雑にしている。
もし表現自体の問題であれば、日本にチャンスは残る。「ポケットモンスター」「名探偵コナン」「ドラえもん」といったキッズ・ファミリーアニメの配信は続き、人気を博すかもしれない。ただし急速に育ちつつある中国のサブカルチャー、大人向けのアニメの発展を阻害するだろう。
しかし海外作品の締め出しが目的なら、問題はよりやっかいだ。日本アニメは中国のファンを失うことになる。
日本アニメの海賊版時代へ逆戻りとの声もある。果たしてそうだろうか。10年前に比べると中国のインターネットの管理はより厳しくなっている。正規配信が認められなければ、海賊版も同様だろう。さらにいまは中国産マンガがウェブを中心に大量にある。大ヒット作も多い。長らく原作不足とされてきた中国産アニメの問題は一部なくなり、これを機会に中国産アニメの成長が加速しても不思議でない。
同じく中国イベントの、「アズールレーン」ブースの風景。
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■中国産アニメは依然成長段階だが……
実際のところ中国のアニメ制作のレベルは、現在どの程度なのだろうか。すでに日本に追いついているとの声もある。
この点は2018年の中国産劇場アニメの状況が参考になる。中国では1月から10月第2週までに34本もの国産アニメ映画が公開されている。しかし興行成績はかなり厳しい。最大ヒットは2010年から続く「熊出没」シリーズ最新作の6億550万元。日本円で100億円超のヒットだ。しかし2位の「新大头儿子和小头爸爸3:俄罗斯奇遇记」は1億5806万元、日本アニメの「ドラえもん のび太の宝島」の2億928万元を下回る。さらに1000万元に満たない作品が15本もある。
中国の劇場アニメの多くはファミリー向けのCGアニメで、これまでのヒット作によく似ており個性に乏しい。ハリウッド作品を凌駕する勢いの実写映画とは対照的だ。
テレビアニメも同様で、題材や映像は独自性に欠ける。期待されるのはウェブアニメだが、制作を日本や韓国に発注することでクオリティを得ようとする傾向もある。日本の中国アニメの評価は、現段階ではやや過大評価な気がする。
それでも中長期的に中国のアニメスタジオが成長するのは避けられない。やがて質の高いアニメを自国でつくり、日本からの輸入や制作発注も減るだろう。
その成長過程で日本が中国進出し、ともにアニメ文化を担えれば理想的だ。日本企業が中国進出に前のめりな場面に最近よく出会う。そこにはまさにこうしたストーリーがある。
しかし十分に開かれていないドアに片足を突っ込み入り込んで、その成果はどのぐらい期待できるのだろうか。日本のアニメ業界にとって中国の巨大市場、成長は魅力的だ。しかし中国ビジネスの最大のリスクは「不確実性=先が読めないこと」だ。ビリビリ動画やカプコンの事件は、それをあらためて認識させた。しかもこのリスクはいまや縮小するより、むしろ大きくなりつつある。
となれば中国こそが海外アニメビジネスの未来としてきた近年の流れに今後変化があるかもしれない。欧米企業と連携の再浮上、あるいはこれまでは時期尚早とされてきた中国以外のアジアとの提携など、2019年に海外アニメビジネスに新たなトレンドが登場する可能性もありそうだ。
数土直志の「月刊アニメビジネス」
[筆者紹介]
数土 直志(スド タダシ) ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。
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