2021年9月17日(金)19:00
【数土直志の「月刊アニメビジネス」】Netflix、アニメ企画創出を支援する拠点づくりの背景
Netflixのアニメチームが、またサプライズを巻き起こした。8月の東京オフィス移転を機に、オフィス内に「Netflix アニメ・クリエイターズ・ベース」と名付けたスペースを設立した。
櫻井大樹氏
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クリエイターやパートナー支援のための拠点とするが、その機能はあまり多く語られていない。そこで先頃オープンした「アニメ・クリエイターズ・ベース」を訪れて、Netflixアニメ チーフ・プロデューサー 櫻井大樹氏にお話を伺った。新拠点の様子と機能、そしてプロジェクトの目的を考えたい。
3つのエリアから構成される広大なスペース
プロジェクトの規模を理解するには、まず「クリエイターズ・ベース」の大きさを知る必要がある。新オフィスの最初の感想は「でかい!」の一言。南青山の旧オフィスは中規模ビルワンフロアであったが大型ビル2フロアに広がって数倍の表現では控えめ過ぎぐらいだ。
新オフィス
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日本上陸から6年、日本オフィスの機能は配信・番組調達だけでなく、オリジナル企画やプロモーション、最近ではショップサイトの運営などにも拡大している。現在のスタッフは150名以上にもなるから、それだけのスペースも必要なのだろう。
新オフィス
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内部階段でつながった2つのフロアは、オフィス部分と来訪者とのコミュニケーションエリアに大きく分かれる。ミーティングスペースが多数あり、用途を限定しないスペースも目につく。直線的でない配置、アンバランスな通路の幅、少しばかり迷路のようなつくりはクリエイティブを重視したものに思えた。
コミュニケーションエリアで、とりわけ大いのが今回の「アニメ・クリエイターズ・ベース」である。入り口をはいってすぐの配置と割り当てられたスペースの広さからは、日本オフィスの「アニメ」重視を感じさせる。
デザイナーズ・ガレージ
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施設は「デザイナーズ・ガレージ」「ライターズ・ガレージ」「ラボ」の3つに分かれる。いちばん大きい「デザイナーズ・ガレージ」は、余裕をもった机と椅子が十数人分配置されている。取材をした際には、Netflixが出資から企画に関わった「エデン」、CLAMPとWIT STUDIOによる新作「グリム」、樹林伸氏とのプロジェクト「レディ・ナポレオン」のコンセプトアートが貼ってあった。ここから生まれる作品の方向性を示していそうだ。
ライターズ・ガレージ
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「ライターズ・ガレージ」は会議室スタイルで、こちらも十数人対応できる広さだ。オフィス全体に共通するのだが、それぞれにコミュニケーションのスペースが設けられているのも特徴だ
おそらくもっとも不思議なのは、「ラボ」だろう。現状は何の設備もおかれない大きな空間になっている。将来的にVRを活用した美術設定の設置などの利用を視野にいれる。
「グリム」プロジェクト、コンセプトアート
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目的はコンセプトの創出とクリエイター支援
「クリエイターズ・ベース」発表を、「Netflixがアニメの制作(プロダクション)に進出」とも思った人は多かったようだ。Netflixがアメリカなどでスタジオ機能を拡充していることの連想もあるだろう。
ただ今回のプロジェクトは、アニメーション制作への進出は目指していない。櫻井氏は「現状は制作スタジオにするつもりはありません。それでは現在のパートナー制作会社の競合になってしまいますから」と、そうした見方を否定する。また「スタッフについても制作会社から引き抜かないことをルールとしている」と話す。
「クリエイターズ・ベース」の当初の大きな目的は、コンセプトアートのデザイン開発にある。企画段階の原作をビジュアル化する作業だ。脚本開発も含まれる。この場でアニメーターが原画や動画を描いたり、演出や編集がされたりするわけではない。
オリジナル企画に関わるクリエイターやスタッフが集まり、そのアイディアを次々にビジュアルに落としていく。さらにそこからまたアイディアを生み出す。コンセプト・アイディアの創出の場所なのである。その機能は「世界のNetflixでもここだけ」と櫻井氏は強調する。
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ただしプロジェクトははじまったばかり、現在のスタッフは国内のアニメ制作会社で経験のある石舘波子氏とサイナ・シセ氏の2人だけだ。新オフィスオープンは8月だったが新型コロナ感染症の影響もあり人の出入りが頻繁でなく、秋以降に本格稼働を目指すことになる。まずは人員の拡充が必要になりそうだ。年内にさらに2人の参加が決まっており、来年にはNetflix側スタッフで10人規模を目指したいとのこと。「スタッフにはがんがん絵が描ける人が欲しい、学校を出たばかり、業界に入りきってないような若者に合っているかもしれない」と櫻井氏は話す。参加予定を含めた4人のうち2人が外国人であるというのも、Netflixらしい。様々な才能のぶつかる場を思い描いているのだろう。
巨額投資、Netflixのメリットは
一方で気になるのは、Netflix側のメリットである。大きなオフィス、10人超規模の専属スタッフとなれば、維持コストは大きい。
しかし櫻井氏によれば、コンセプトアートの作業やアイディアだしは、これまでも外部発注などで個別にやってきた。コスト的に大きく変わるわけでなく、社内に拠点を設けることでむしろ効率化が進むという。もちろん人が集まることによるコミュニケーションの活性化、一段高いクリエイティブが期待できることもあるだろう。
そしていま多くのアニメ制作スタジオがもたない機能、企画を煮詰める場を日本のアニメ業界に広げたいとの気持ちも大きいようだ。それを広げることでアニメ業界にも貢献できるというわけだ。
技術開発を目指してパートナーと協力
もうひとつ注目したいのが技術開発である。クリエイティブと同じくアニメの映像を支える柱だ。この部分にこそ「ラボ」が関わることになる。
櫻井氏は「クリエイターズ・ベース」は、クリエイティブ創出や現在の制作工程の負担を減らす技術やツールの開発を視野にいれているという。ただこれもNetflixがアニメーション制作をして実際に使うわけでない。技術をパートナーに提供することが、Netflixと仕事をする魅力にもなるとの狙いだ。各社との競争が増すなかでの差別化でもある。
日本のアニメ業界は何十年も独自の成長をすることで、アニメーション制作のある種完成した工程、モデルをつくりあげている。しかし現在はデジタル化が急激に進むなかで、その整合性が必ずしもとれていない。
Netflixは通常の制作会社がもちにくい余白をつくることで、新しいやりかたが可能でないかと業界に一石を投じる。スタート段階はNetflix自体も試行錯誤が予想される。しかし「何か新しいことをやってみよう」とまず一歩踏み出す、これこそが新しいクリエイティブの力になるに違いない。
数土直志の「月刊アニメビジネス」
[筆者紹介]
数土 直志(スド タダシ) ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。
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