2022年9月23日(金)19:00
【数土直志の「月刊アニメビジネス」】「ONE PIECE FILM RED」の大ヒットを読み解く
(C)尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会
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一時期は興収10億円割れが続いた劇場版
2022年8月6日に全国公開した「ONE PIECE FILM RED」が快進撃を続けている。公開から38日目を迎えた9月13日には観客動員1000万人を突破。興行収入は149.4億円を超え、国内映画興行で史上13位という大記録となった(9月19日時点)。劇場への客足はいまだ衰えを見せず、さらに大きく記録を更新するのは確実だ。
シリーズ映画のこれまで最高は「ONE PIECE FILM Z」(2012)の68.7億円、ここからさらに軽く2倍以上の数字だ。
今回は「FILM RED」が、なぜこんな爆発的なヒットになっているのか紐解いてみたい。そして「FILM RED」の作品づくりの源をたどると、大ヒットは突然起きたのでなく過去10年間の劇場版シリーズの積み重ねにより準備されてきたことが見えてくる。そもそもの始まりは09年に公開の「ONE PIECE FILM STRONG WORLD」にあるのだ。
「FILM RED」と「STRONG WORLD」の共通点は、原作者の尾田栄一郎が作品に大きく関わっていることだ。「STRONG WORLD」では製作総指揮、「FILM RED」では総合プロデューサー。そして尾田栄一郎がアニメ制作に本格的に関わった最初の作品が「STRONG WORLD」だった。
ヒットシリーズとされる「ワンピース」劇場版だが、これまでビジネスは安定していたというよりは、大きな波があり厳しい時期もあった。
劇場映画のスタートは、00年3月の「ONE PIECE」、「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」との併映だ。以後はプログラムピクチャーとして毎年3月に新作が公開されるようになった。
しかし1作目から4作目までは20億円から30億円と好調だった興行収入は、5作目「ONE PIECE 呪われた聖剣」(04)からは20億円割れ、7作目「ONE PIECE THE MOVIE カラクリ城のメカ巨兵」(06)から9作目「ONE PIECE THE MOVIE エピソードオブチョッパー+ 冬に咲く、奇跡の桜」(08)では3作連続で10億円割れと下落傾向を止められなくなっていた。10億円割れは、シリーズ映画として今後も劇場作品を続けるか検討される水準である。
「STRONG WORLD」以前と以後の変化
そこで満を持して登場したのが、「STRONG WORLD」だ。原作者・尾田栄一郎の参加は、シリーズのテコ入れと言っていい。公開時期は例年の3月から9カ月後ろにずらした12月。制作により時間をとっていることも、本作にかける意気込みの大きさが分かる。
原作の連載が続いているアニメの劇場版制作は、何かと不自由が多い。劇場版に相応しい原作にエピソードがあればよいが、オリジナル展開をすればこれまでのストーリーとずれないだけでなく、今後の展開とも破たんがないこと必要になる。つまり物語づくりは慎重に、あまり大きな冒険はできない。
その点、原作者は自由だ。アイディアの源は自身のなかにあり、今後の話も把握している。ファンの目を惹く、新しいエピソードを加えることもできる。
「STRONG WORLD」はこれが大成功した。興行収入48億円は、前作「ONE PIECE エピソード オブ チョッパー プラス 冬に咲く、奇跡の桜」の5倍以上にも達する。
ところが11年には3月に全編3Dの短編「ONE PIECE 3D 麦わらチェイス」を「トリコ 3D 開幕!グルメアドベンチャー!!」と同時上映したが、興行収入は10億円を再び大きく割り込む。
ここで劇場版「ワンピース」は、大きな決断をした。毎年1本同じ時期に新作上映するフォーマットを捨て、数年に一回の新作で大きなムーブメントを作る戦略に切り替える。毎年コンスタントに売上げを立てるのでなく、プロモーションや商品展開もじっくり仕込み爆発させることで、数年ごとに大きな売上げを立てる。「FILM RED」はそれがもっとも進化したかたちなのだ。
同じテレビアニメの劇場シリーズである「名探偵コナン」や「クレヨンしんちゃん」「ドラえもん」との大きな違いになっている。これに似ているのは、同じ東映アニメーションが制作する「ドラゴンボール」シリーズだろう。22年は2作品の公開が重なったが、本来であればタイトルの違う大型作品を異なる年に上映することを狙ったのでないか。こうした戦略は東宝が毎年、劇場オリジナルアニメ大作でスタジオジブリ、細田守、新海誠といった一種のローテーションを組んでいるのに近い。東映や東映アニメーションにとっては、劇場版ワンピースはそうした映画なのである。
Adoの起用が生み出したスパイラル効果
それでも09年以降でも、飛び抜けたヒットには他にも大きな理由があるだろう。ひとつはシャンクスとその娘ウタの登場だ。シャンクスはシリーズの鍵を握る重要キャラクターだから、その話となれば新旧世代のファンは飛びつく。ここも原作者・総合プロデュースの強みだ。そしてウタのキャラクターの設定がうまかった。
16年の「君の名は。」の大ヒットと同作でのRADWIMPSの音楽起用以来、若者に人気のアーティストのアニメ映画起用が作品への強い求心力を発揮することが注目されている。「FILM RED」ではその役割をAdoが果たしている。
動画サイトの歌い手出身のAdoを起用するだけでなく、音楽自体をテーマにして物語の中心に据えた。そして配信世界の謎のスター、20年「うっせぇわ」で爆発的な人気になったAdoのキャラクターとウタのイメージを大きく重ねる。それは壮大なAdoのMVにすら映る。Adoファンも引きつけることが、最初の大きな動員につながったことは間違いないだろう。
初動が大きければ、それは口コミや若者たちの共通の話題となる。そして話題に乗り遅れるわけにはいかないとの危機感も生まれ、ブームは雪だるま式に転がっていく。それは「君の名は。」や「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」でも見られた現象だ。
もちろん作品の素晴らしさもあるのだが、ブーム自体がさらに大きなブームになって自己増殖していく。このスパイラル的な上昇をうまく引き起こせたことこそが、「ONE PIECE FILM RED」ヒットの最後の鍵になったのだ。
「ONE PIECE」歴代劇場映画と興行収入
2001年3月 「ONE PIECE」 30億円
2002年3月 「ONE PIECE 珍獣島のチョッパー王国」 20億円
2003年3月 「ONE PIECE THE MOVIE デッドエンドの冒険」 20億円
2004年3月 「ONE PIECE THE MOVIE呪われた聖剣」 18億円
2005年3月 「ONE PIECE THE MOVIEオマツリ男爵と秘密の島」 12億円
2006年3月 「ONE PIECE THE MOVIEカラクリ城のメカ巨兵」 ※
2007年3月 「ONE PIECE エピソード オブ アラバスタ 砂漠の王女と海賊たち」 ※
2008年3月 「ONE PIECE エピソード オブ チョッパー プラス 冬に咲く、奇跡の桜」 ※
2009年12月 「ONE PIECE -FILM- Strong World」48億円
2011年3月 「ONE PIECE 3D 麦わらチェイス」 ※
2016年7月 「ONE PIECE FILM GOLD」 51.8億円
2019年8月 「劇場版 ONE PIECE -STAMPEDE-」 55.5億円
2022年8月 「ONE PIECE FILM RED」 149.4億円~(上映中)
・各作品の興行収入は映連発表資料による(※は10億円以下)
数土直志の「月刊アニメビジネス」
[筆者紹介]
数土 直志(スド タダシ) ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。
作品情報
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世界で最も愛されている歌手、ウタ。素性を隠したまま発信するその歌声は”別次元”と評されていた。そんな彼女が初めて公の前に姿を現すライブが開催される。 色めき立つ海賊たち、目を光らせる海軍、 そし...
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