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特集・コラム 2025年7月26日(土)19:00

【数土直志の「月刊アニメビジネス」】庵野秀明も経営陣に、IGポートの経営戦略を考える

Production I.G制作の「劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦」

Production I.G制作の「劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦

(C)2024「ハイキュー!!」製作委員会 (C)古舘春一/集英社

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■“取締役:庵野秀明”の驚き

7月18日、アニメ業界を驚かせるニュースがProduction I.Gから発表された。カラー代表取締役の庵野秀明氏が8月21日付で同社の取締役に就任するという。庵野氏はアニメ会社のカラーの創立者・経営者であるだけでなく、長年、「エヴァンゲリオン」シリーズなどのヒットアニメに関わってきた大物監督、さらに「シン・ゴジラ」「シン・仮面ライダー」など歴史的なアイコンを次々にリブートさせることで時代の寵児と言うべきクリエイターだ。
 その庵野氏が日本有数のアニメスタジオであるProduction I.Gの経営に関わるとなれば、注目を浴びないわけがない。取締役としての役割は現時点では明らかにされていない。しかし、経営の中枢である持株会社IGポートでなくスタジオであるProduction I.Gとの選択は、クリエイティブ面での関与が期待される。

■アニメ制作が急増のIGポート

そこで気になるのが、7月11日に先立って発表された2025年5月期の決算資料である。IGポートは、このなかで自社が出資する「超大型SFロボット作品」「超大型SF作品」の制作予定に言及している。
 さらにIGポートは「新たな3カ年中期経営計画」のなかで、25年5月期に145億円であった売上高を3年後の28年5月期に240億円にするとしている。国内の名前が知られたアニメスタジオでも売上が年間数十億円規模であることが多いなかで、わずか3年で90億円の売上増加はかなり大胆な成長戦略だ。
 アニメが企画から完成まで2~3年かかることを踏まえれば、計画数字に相当するアニメの制作予定はすでに決まっており、そのなかに「超大型SFロボット作品」「超大型SF作品」がふくまれていると考えていいだろう。逆にそうした作品の制作予算は、文字通り「超大型」になる。それだけに失敗できない作品だ。そこに庵野氏のクリエイティブの経験や判断が期待される。
 そこに“庵野秀明”という選択は驚きだ。しかし、過去には現在のIGポートの前身のひとつである版権会社イングが「新世紀エヴァンゲリオン」に出資したといったつながりもある。庵野氏のクリエイティブがProduction I.Gに何をもたらすのか注目だ。

■IGポートと東映アニメーション、異なるビジネスモデル

アニメファンには「IGポート」という名前はあまり知られていないはずだ。もともとは1987年に設立されたアイジー・タツノコを源流に、2005年にProduction I.Gが株式上場、2000年に複数のスタジオ・企業を束ねるIGポートに社名変更しているからだ。
 実際にファンが目にする作品の制作者は「攻殻機動隊」シリーズ、「ハイキュー!!」を制作するProduction I.Gや「SPY×FAMILY」のWIT STUDIO、マンガ出版のマッグガーデンである。

IGポートのように株式上場しているアニメ制作会社は珍しい。短期間で経営が激しく変化するアニメ制作会社は、4半期ごとに業績を発表しなければいけない株式上場に向いていないとされる。アニメを主要事業とする上場制作会社は直近で売上高1000億円に達した東映アニメーションとIGポートでほぼ全てだ。
 ただ東映アニメーションとIGポートの事業構造は、かなり異なっている。東映アニメーションは「ドラゴンボール」と「ワンピース」の2つの大型作品が、長期にわたり売上と利益の大半を占める。「プリキュア」シリーズや「デジモン」シリーズなども含め、製作出資する長期シリーズのライセンス収入で安定したビジネスを築いてきた。
 IGポートは対照的だ。単発の劇場映画企画も多く、テレビシリーズも当初は1クール(3カ月)、2クール(6カ月)の作品が多かった。それは版権事業売上のトップ作品が常に大きく入れ替わってきたことからも分かる。ヒット作は多いが、常に新しい作品でヒットをださなければいけないプレッシャーが大きい。

■「単発企画から長期シリーズ重視へ」がもたらすもの

それでもIGポートの近年の成長は目を見張る。アニメ制作の拡大もあるが、版権(ライセンス)事業の伸びが大きい。特に利益面では、制作コスト上昇で赤字の続く映像制作事業をカバーする。
 アニメスタジオの経営は収益が安定しない制作だけでなく、版権事業に進出することが鍵とされている。IGポートは長年かけて版権事業を強化してきたが、積極的な製作出資の成果がいま表れている。

版権事業を重視するなかで、現在は制作タイトルの選択、制作体制にも影響が出ている。1シーズンや短期間で終わるタイトルだけでなく、キャラクター展開をし、かつ長期にわたる展開が可能な作品をより重視するようになっている。「SPY×FAMILY」や「ハイキュー!!」といった作品にみられる傾向だ。
 IGポートと東映アニメーションはかなり異なるとしたが、現在のIGポートはこれまでより東映アニメーション型のビジネスモデルに近づきつつある。それが近年の事業成長の要因でもある。
 ただしキャラクター展開、商品展開が可能な作品となると、マンガ原作などに集中しがちだ。もし作品がそれだけになるとアニメスタジオとしてのクリエイティブは弱くなる。その部分を「“庵野秀明”の存在でカバーしたい」、そんな思惑も見えてくる昨今のIGポートの動きだ。

数土 直志

数土直志の「月刊アニメビジネス」

[筆者紹介]
数土 直志(スド タダシ)
ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。

作品情報

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