スマートフォン用ページはこちら
ホーム > ニュース総合 > 特集・コラム > 明田川進の「音物語」 > 【明田川進の「音物語」】第38回 舞台から学べること、熊井宏之さんの思い出

特集・コラム 2020年6月16日(火)19:00

【明田川進の「音物語」】第38回 舞台から学べること、熊井宏之さんの思い出

イメージを拡大

OVA「銀河英雄伝説」で劇団出身の人たちに多く参加してもらったときに目の当たりにしたのが“会話の大事さ”でした。ひとりでどんなに上手い芝居をしても限界がありますが、相手役がきちっと自分の芝居に反応してくれて、さらにそれを受けて演じることで、大きな化学反応がおきていきます。他の作品の場合でも、舞台出身の方や、経験豊富なバイプレイヤーの方を脇に入れるか入れないかで、芝居の豊かさが大きく違ってくると思います。

僕がジュニアの人に教えるときも、「ちゃんと会話をしましょう」「相手との距離感を考えましょう」と、しょっちゅう言います。声の芝居の場合、自分のセリフだけ上手く言えればいいだろうと考える人も多いようですが、舞台では相手を意識した芝居ができていないとそもそも成立しません。声の芝居も同じで、相手の演技をよく聴くこと、そしてできれば早く本番的なことを自分で体感して試行錯誤することが大切です。役者は、やっぱり作品に呼ばれてなんぼなところがあって、マイクの前で練習を積み重ねているだけでは限界がありますからね。そんな理由で、機会があるのならば舞台は絶対にやってみたほうがいいと話すことが多いです。

僕自身、音を勉強する入り口は舞台でした。以前お話したことのある虫プロ在籍時代(https://anime.eiga.com/news/column/aketagawa_oto/107539/ )、田代(敦巳)氏の意向で虫プロに音響セクションを立ち上げることになったとき、常務の穴見(薫)さんが「勉強になるだろう」と、熊井宏之さんという演出家の方を紹介してくださったんです。熊井さんは、劇団三期会(※のちに「東京演劇アンサンブル」と改名)という俳優座系列の劇団の方で、穴見さん自身も虫プロの前は俳優座系列の仕事をやっていた方でした。

熊井さんには顧問のようなかたちで、アフレコ現場を見てもらったり、我々が熊井さんの稽古場にいって俳優さんにどのように芝居づけをしているのか見させてもらったりしました。僕が本格的に芝居を見るようになったのもそこからですし、俳優さんにどのような言葉を投げかけると演じ方が変わるのかも、芝居の稽古やアフレコ現場で演出する姿を見て勉強させてもらいました。熊井さんは僕が音の仕事をはじめる方向性をつくるきっかけになった方で、亡くなられるまでずっとお付き合いがありました。

熊井さんは稽古のとき、熱くなって灰皿を投げつけることもあるような昔気質な演出家で、劇団の人たちからは怖がられていたと思います。ただ、俳優に投げかける言葉はとても的確で、脇で聞いていてすごいと感じることばかりでした。僕らは畑違いの人間ということもあったのか、かわいがっていただき、朝早くに待ち合わせてみんなでボウリングをしたり、稽古が終わったあとに麻雀をしたり、よく遊んでいました。新劇を目指す役者さんだったら熊井さんと遊ぶなんてとんでもないというぐらいの方で、まあ知らないからできたようなものですよね。もしかしたら遊びのほうが、ディレクションの勉強よりも多かったかもしれません(笑)。

以前、片渕須直さんに企画の相談にのってもらったとお話した(※第31回)トキの企画の発端も熊井さんでした。日本のDNAをもつトキがいなくなることを語るひとり芝居を、熊井さんが演出されていたんです(※ひとり語り「トキが滅びるとき」本間整)。その舞台を東京でやるときにPAなど音まわりのセッティングを手伝ったことをきっかけに、トキの話を劇場アニメにできないかと虫プロに持ちこんだんです。虫プロの社長に面白いと言ってもらえて佐渡に行って取材もしたのですが、途中で立ち消えてしまいました。その後も企画自体は虫プロが残してくれていて、最終的にテレビスペシャルでかたちになりました(※「トキ この地球(ほし)の未来を見つめて」2003年にテレビ新潟で放送)。

明田川 進

明田川進の「音物語」

[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム)
マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。

特集コラム・注目情報