2019年12月20日(金)21:00
片渕須直監督&のん、「この世界の片隅に」から3年を経て「全てがつながった」 (2)
新場面を追加した“意味”
――のんさんが監督の言葉を受け止めるだけでなく、今作では、監督ものんさんの言葉を肯定し、取り込まれるようになったというのは驚きでした。3年前に戻って、その他に、印象に残っている会話はありましたか。
(C)2019こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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片渕監督 周作さんが3カ月家を空けることになった時に、すずさんが「この家におらんと周作さんを見つけられん」と話す場面がありますが、3年前は「理屈で言ったら周作さんが見つけるんだよね。どっち(が言うセリフ)にしようか」となったんです。のんちゃんに「すずさんとして、どっちだと思う?」と聞くと、「すずさんが見つけに行く方だと思う」と言ったので、「じゃあそうしようかな」となりました。その結果、すずさんが主体的な存在となり、その解釈が今回の作品だとちゃんとはまる。今回は、あの場面の前にリンさんとの出来事があるので、すごくはまったんです。3年経って全部つながった、いろんなことがつながった感じがあります。
――新場面を追加することによって、もともとあったセリフの意味合いが変わったわけですね。そういった場面は他にもありますか?
(C)2019こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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のん すごくハッとしたのは、前作のラストに出てきたシラミの子。すずさんがあの子に出会って、お家に連れて帰る場面について、監督は「すずさんは母親になるんだ」とおっしゃったんです。その時は「そういうことなんだ!」という驚きがありました。でも今回は、すずさんが“嫁の義務”に悩むシーンがあることによって、最後に母親になることの意味深さが浮き彫りになりました。すずさんの強い意志でお母さんになったということに、すごく感動しました。前作からさらに意味深くなっているというのは……不思議な体験でした。
片渕監督 最後の場面は何も変わっていないのにね。同じ映像に、同じ声が入っているのに意味が変わっちゃったんです。
――3年という期間すらも必然だったと思えるほどに、前作のさまざまな要素が今作へとつながっていくのが感慨深いです。改めて、今作を制作した“意味”は何だと思われますか?
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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片渕監督 「戦争中って本当はこんな時代で、こんな人が住んでいて、皆さんと同じように生活していたんですよ」という理解までが前作だったと思うんです。その部分をきちんと語ることができたからこそ……「そこに住んでいる人の心の中には、こんな葛藤があってね」というところに新たに踏み込んでいけるようになった気がしていて。前作を通じて、戦時中の時代も今の我々の時代と陸続きなんだ、と受け止めてもらえて、今作ではこんどはすずさんの心の中まで踏み込む。そこにあるものもまた我々が感じているものと共通した葛藤であったわけです。"自分が存在することに意味はあるのだろうか?”という。
(C)2019こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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――監督が前作の公開時におっしゃっていた「すずさんに実在感を求めた」という話に通じますね。
片渕監督 「すずさんが確かな身体性を持って感じられて、その周りにある世界も自分もそこにいるように感じられて。だとしたら、そこにいるその人個人の悩み、心のなかの葛藤だってこういう形をしているかも知れない」と伝えて、「自分たちと同じだな。われわれと共通していて当然」と思ってもらえる。そういうところまでやっときたという感じですね。
リンさんの存在が映画にもたらしたもの
――新場面では、すずさんとリンさんの関係を深く掘り下げていますが、そのことによってすずさんの印象に変化はありましたか?
のん 「すずさんはこういう風に考えていたんだ」と、ハッとしました。例えば、リンさんと話している時に、すずさんが「嫁の義務を果たさないと」と言っている姿を見て、すずさんは自分の居場所を見つけようと一生懸命で、必死で、焦っていたんだと驚きました。前作でも描かれていたことかもしれませんが、より実感が沸いてきた感じがあって……すごい作品だなと思いました。
――監督は、リンさんの場面を追加することによって生じる変化を、どこまで見据えていたのでしょうか。
(C)2019こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
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片渕監督 実は、(制作)途中で考えが変わったことがあって。パイロットフィルム制作時に、リンさんが桜の木の上で動いているカットを作ったんです。その時はピンク色の着物を着ていたのですが、今作では黒い着物を着ています。桜の木のシーンは、最初に空襲があった直後の場面なのですが、そこでリンさんは「人間は死ぬ時はひとりだから」という話をはじめます。リンさんは「自分の死のこと」「みんながこれから死んでしまうかもしれないということ」を思いながら、黒い服を着てあそこに出てくる。これからみんなの上にやって来る死の象徴のように。でも同時に、ああいう時代のなかで生きるって、死への意識と共存しつつだったんだなとも思ったんです。
――リンさんの存在が、すずさんの心の葛藤だけなく、「戦時下を生きる」ということの切実さをも浮き彫りにしていたんですね。
片渕監督 「あの場面は本当に大変だった」と(リン役の)岩井七世ちゃんも言っていました。最初はすずさんと同じようにボケボケだったリンさんが、ああいった状況下だから、どんどんどんどん違う側面を見せていかなければいけない、「自分の死について語るりんさん」になっていかなければいけなかったんです。
作品情報
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広島県呉に嫁いだすずは、夫・周作とその家族に囲まれて、新たな生活を始める。昭和19(1944)年、日本が戦争のただ中にあった頃だ。戦況が悪化し、生活は困難を極めるが、すずは工夫を重ね日々の暮らし...
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