2018年7月25日(水)19:00
【明田川進の「音物語」】第9回 「火の鳥2772」が試写に間に合わなかった記憶と、手塚先生のすごさ
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サンリオを離れて、自分の会社であるマジックカプセルを本格的に動かすようになったとき、「映画をつくりたい」という夢がありました。とはいえ、最初はなんでもやっていこうと考えていましたので、音の仕事のほかに、実写のCM(コマーシャル)の仕事も多く手がけていました。
会社をスタートしだした頃は、CM専門のプロデューサーにも入ってもらい、色々なところから仕事をとっていました。印象的なCMでいうと、「フットワーク」(※フットワークエクスプレス。現・トールエクスプレスジャパン)なんて、ご存知でしょうか? ダックスフンドがトレードマークの今でいう宅配便の会社で、日本全国にある中小の運送会社が、大手に対抗するためにグループを組んでネットワークをつくろうと集まってできました。樹木希林さんと岸部一徳さんが出演されたシリーズは全部ウチで手がけていて、希林さんとは北海道まで鮭を獲る撮影にいったこともあります。海が荒れていて撮影は難しいと言われましたが、希林さんのスケジュールがそれ以降とれないからと船頭さんに無理を頼んで、荒波のなか鮭を獲る様子を撮影したのは思い出深いです。当時フットワークは、メロンなどの各地の名産品を届けるサービスをやっていて、その宣伝をするためのロケでした。シリーズの最後は、大林宣彦さんに演出をやってもらえたのを覚えています。
マジックカプセルを立ち上げてから、手塚治虫先生と大きな仕事をする機会がありました。映画「火の鳥2772 愛のコスモゾーン」をプロデュースする仕事です。手塚先生が総監督として立たれ、自身の代表作である「火の鳥」をアニメにする大がかりなプロジェクトでした。「製作」として僕の名前がでていますが、出資をしているわけではありません。フリーの大物プロデューサーである市川喜一さんが配給の東宝に対する窓口として立たれていて、アニメの中身については僕が段取りをとろうということで、共同プロデュースというかたちになりました。手塚さんからは、僕がサンリオ時代にアメリカでつくっていた劇場アニメの制作システムから良いところを参考にできないかと言われ、動画机などを向こうから全て取り寄せました。日本の動画机は角形ですが、アメリカのものは円形で、タップをつけてクルクルまわすことができるんですよ。すべてのスタッフにというわけにはいきませんでしたが、サンリオ時代のスタッフに入ってもらったりもしました。
手塚先生は、制作をすべて見通してからつくるのではなく、「ここまでできたからやろう」と進めていかれるところがありました。先が読めないまま制作せざるをえなかったため、皆さんに相当ご迷惑をおかけしたと思います。手塚先生の絵コンテの遅れなど、いろいろなことが重なって、東宝さんがスタンバイした試写会の日にフィルムが間にあわなかったんですよ。僕と市川さんの2人で壇上にあがって、当日いらした会場の皆さんに「申し訳ない!」とお詫びをして、入場券を渡してお帰りいただいたこともあります。スケジュールはもちろん、当初僕らが立てていた予算も相当オーバーしてしまいました。
手塚先生と一緒に仕事をするのは、とにかく大変です。僕は手塚先生の作品が大好きですが、一緒に仕事をするよりも、外にいてできあがったものを見たほうが楽しいと思うようになりました(笑)。手塚プロの社長の松谷(孝征)さんなんて、ずっと大変だったのではないでしょうか。松谷さんは編集者時代から手塚先生のスケジュール調整をされていて、それが認められてマネージメントを頼まれ、その後は映像にも関わられていますが、松谷さんがいたから、なんとかなったことも多いはずです。手塚先生は手塚プロの経営者でもありますから、「そんなに予算をかけちゃダメですよ」と言われることもありましたが、作り手であることを常に優先されていたと思います。予算がオーバーすると分かっていても、やりたいとなったら、そのためにどうしたらいいかを考える方でした。だからこそ、毎週テレビアニメを放送することを実現できたのだと思います。
手塚先生は、自分の作品がつねに世間の注目をあびていてほしいと強く思っていた方でした。なおかつ時流を読むというか、「今はこういう漫画が流行っているけれど、自分も同じようなものが描ける」との意識ももたれていました。「手塚治虫は子ども向きばかりで、大人ものは描けないだろう」と言われていた頃に「ブラック・ジャック」や「どろろ」を描いたり、映画の「007」が流行ったら「W3」を描いたりする、時代に対する感覚がとても鋭い方でした。アニメーションのほうでも、虫プロで子ども向けではない「千夜一夜物語」をつくって大当たりしたことで、そうした路線もできるとの意識をもたれていたと思います。
手塚先生のことで今でもよく覚えているのは、何かのきっかけで「僕は、何もなしで円を描けますよ」と言って一筆で描かれたことです。それが本当に素晴らしくて、コンパスで描いたような見事な円でした。あれをサラッと描けるのは、大変なことだったのだろうなと思います。
明田川進の「音物語」
[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム) マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。
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