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特集・コラム 2018年8月22日(水)19:00

【明田川進の「音物語」】第11回 声優事務所の新ジュニアに1年かけて教えていること

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僕は、ある声優事務所で定期的に勉強会をやっています。毎年、新ジュニアとして入所してきた新人の子たちを2チームにわけて、15~20人ぐらいの規模で月1回教えているのですが、その内容についてお話しましょう。

ジュニアとは、養成所で勉強をしてきて声優事務所の試験に受かった、プロになったばかりの声優です。声の演技の基礎をすでに学んでいますので、より演技を磨くスタイルの勉強会になります。事務所の会議室にマイクを3~4本立てて、僕が実際のアフレコ現場でディレクションを行うのと同じ状態を設定し、最初は台本の持ち方やマイクへの入り方といった基礎的なところから入っていきつつ、現場と同じようにダメ出しをしていきます。プロになってから、1年かけてそうした勉強ができる場を提供するプロダクションはなかなかないと思います。

アフレコ用の映像は、製品として完パケになっているものを使います。今のアフレコ現場では、絵が完成していなかったり、悪いのになると絵コンテのまま撮影してセリフの吹き出しをつけたりするものもありますが、勉強会では絵が完璧にできているものを使いますから、台本にあるセリフやト書きだけでなく、映像にあるキャラクターの動きもきちんと読みとって、どんな芝居をするかが大事です。その演技を見ながら僕がジャッジしていくのが基本的なコンセプトになります。他のところでよく頼まれるのは5回ぐらいの連続した授業で、それだと授業に参加した人たちの能力の全てを把握しきれません。こうした勉強会のように1年とおしてやっていくと、それぞれの力がよく分かりますし、個別のアドバイスも効果的にできるようになります。

勉強会では、男女関係なしに、みんなにすべてのキャラクターを演じてもらいます。といっても、女性に大男の役をやってもらう場合、大男の声色を真似るのではなく、女の子の声で構わないから大男の気持ちになってちゃんと芝居をしてみなさい、というのが授業の骨子です。ひとつの話に30のキャラクターがいたら、そのすべてを持ち回りで体験してもらいます。今よく言われているアニメ声や萌え声といった表面的な声色を演じるのではなく、映像のなかでキャラクターがどんな芝居をしているかを把握して、「自分がその場にいたら、どんな芝居をするのか」を基本に演じてもらいます。

僕から何度かダメ出しされたとき、ジュニアの子たちの対応は大きく2つに分かれます。ダメ出しの段階で自分なりに別のプランをつくりこめる人、毎回同じパターンにしかならない人がいて、後者は伸びないケースが多いです。少しでも自分の演技を変えて表現しようとする人は、その場では大幅に変わらなくても、1年間勉強していくなかで徐々に成長していきます。また、学生時代などに演劇をやっていた人に多いのですが、最初は頑張り屋さんでよくやっているなと思うのですが、そこから頑張りが続かずに、なかなか伸びないことも多いです。逆に、養成所ではじめて演技にふれて、勉強会でもこちらの言うことを聞きながらコツコツやっている人のほうが、1年経って卒業するときに大きく伸びていることもあります。「ウサギとカメ」みたいな話ですが、それだけ日々の積み重ねが大事ということです。

また、自分に芝居心があると思っている人のなかには、頑張り屋さんであるがゆえに、演技でもその頑張りがずっと続いてしまって、全体的にフラットな感じに聞こえてしまうことがよくあります。物語のなかで大事なところを表現するために、その前はちょっと(演技のテンションを)落としておいたほうがいいというような抑揚が必要です。全体の流れをつかんで、どこをいちばんの聞かせどころにするのかを考え、特定の部分を印象づけるための工夫をするなど、自分で全体の流れを組み立てられるようにするのが大事です。そのためには、ベテランの役者さんの演技を見たり、いろいろな映像を見たり本を読んだりしたほうがいいと話しています。

今の話は、「自分の演技を客観的にみるのが大事」とも言い換えられます。普段テレビや演劇などを見て、「この芝居はすごい」「なんだ、このひどい芝居は」なんてことを皆さんよく言いますよね。そう見えているということは、いい芝居か、そうでないかが分かっているということです。今度は、それを自分で把握しながら演じなければなりません。そのための表現力を身につけるための訓練と試行錯誤をどれだけできるのかにかかっています。

今のジュニアの人たちによく話すのは、“会話力”の大事さです。「相手が問いかけているのに、どうしてそれに応えずに台本にあるセリフだけを言っているの?」と僕はよく言います。問いかけに応えないままだと、そこだけ浮いてしまいますから、会話では相手との距離感なども意識するよう指摘します。「相手がいる場所を把握し、どこに向かって話をしようとしているか」を大事にしなさいと。せっかくプロダクションが、こうした機会を与えてくれているのですから、「こう演じたらダメだと言われるだろう」などとは考えずに、「自分だったらこう思う」という芝居をどんどんマイクの前でやって、それに対してジャッジを受ける。そうした気持ちで勉強会に臨んでくださいと話しています。

明田川 進

明田川進の「音物語」

[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム)
マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。

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