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特集・コラム 2025年1月4日(土)19:00

【明田川進の「音物語」】第81回 佐々木望さんとの対談(前編)鉄雄として生きようとした「AKIRA」の収録

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久しぶりに、明田川進さんと縁のある方との対談をお届けします。劇場アニメ「AKIRA」で鉄雄役、OVA「銀河英雄伝説」でユリアン・ミンツ役として、両作の音響監督を務めた明田川さんとご一緒された佐々木望さんに登場いただき、「AKIRA」収録の舞台裏、佐々木さんの演技への取り組み方のスタンスについてなど、さまざまなことをお話いただきました。

――明田川さんと佐々木さんが初めて会ったのは「AKIRA」のときになりますか。

佐々木:「AKIRA」のオーディションのときだったと思います。断片的に覚えているのは、スタジオに行ったのが夜で、椅子に座ってセリフを読んだことでした。
 声を録っていただくブースから見ると、ガラス越しに明田川さんをはじめ大人のかたがたがたくさんいらっしゃいました。まだデビューして間もない頃で、まわりがまったく見えておらず、もう夢中でセリフを読んで帰りました。実はそのとき一緒にセリフの掛け合いをしたのが、岩田光央さん(※金田役)だったとあとでご本人からうかがいました。

明田川:声のバランスをみようというので、岩田くんと一緒にやってもらったんでしょうね。今でも「アニメ声」という言い方をされることがありますが、「AKIRA」では大友(克洋)さんから、そういう声ではやりたくないという要望があったんです。普通にオーディションをやって選んでいくと声優さんばかりになるのを、なんとか変えられないかと。それで、子役が多くいる劇団など広くお声がけしてオーディションを行いました。佐々木さんのしゃべり芝居には、大友さんが望まれたような今までの声優さんとは違うところがあったのが、選ばれた大きなポイントだった気がします。

佐々木:「AKIRA」のキャストにはベテランの方も多くて、同世代の岩田さんも子役の頃から活動されていますから芸歴が全然違うんです。そんなかたがたのなかに新人の私が入っていて大丈夫なのかなとちょっと思いましたが、オーディションに合格したときはうれしかったですね。「よしやろう、頑張ろう」と思いました。

明田川:「AKIRA」は、制作ペースの関係でアフレコを何度かに分けて行ったんです。まずAパートの絵コンテがあがった段階で、作画に入らなければいけないからと、どういう展開になるかも分からないまま、皆さんに集まってもらって収録を行いました。要するに先にセリフを録ってそれに合わせて絵を描くプレスコ形式で、たしか3回ぐらいに分けたのかな。

佐々木:たしか、収録はもっと細切れでしたよね。スタジオに10回以上は通った記憶があります。「AKIRA」がプレスコ形式だったのは私自身、すごくよかったなと思うんです。もし口パクのタイミングが決まっていてそれに絶対あわせければならなかったら、合わせることにいっぱいいっぱいになってしまって演技の広がりはだせなかったかもしれません。プレスコ形式だったから、当時の佐々木望の良いところといいますか、大友さんや明田川さんが役にあうと見いだしてくださったものを、より生かせたのかなと思います。

明田川:「AKIRA」を見れば分かってもらえるはずですが、感情表現が全然違うんですよね。そういう表現ができたのは、まず自分が思っている芝居を思いっきりやってもらい、それを絵にすることに成功しているからだと思います。

――佐々木さんから見て、明田川さんの音響監督としての特徴はどんなところにあると思われますか。

佐々木:収録の流れというか、プロセスはどの作品でもそれほど違わないと思うんです。音響監督さんは私たち声優の演技を聴いてくださって、箇所箇所で「ここはもうちょっとこういうふうにやってください」とご指示くださるんですが、明田川さんは、まず「好きにやってごらん」なんですよね。「AKIRA」のときも鷹揚にかまえられていて、何か必要があったら言うから、まずやってごらんみたいな。

明田川:僕はいつもそうです。

佐々木:当時の私には、最初から細かいディレクションをしてもできないと判断されたところもあったのかもしれませんけど、とにかく自由に鉄雄を演じさせてくださいました。いつもニコニコされていて、その明田川さんのふところで伸び伸びと演じることができたと思います。時々、「この演技はやりすぎかなあ」と自分で思うこともありましたが、ほとんどニコニコとOKしていただいたんですよね。やりすぎたらきっとおっしゃってくださるだろうと思ってましたけど、じっさい細かくディレクションしていただいたというよりは、役として自由に走らせていただいたという記憶です。人によるのかもしれませんが。

明田川:人によりますよ。ある作品では、何度言っても直してくれないからやむなく役を交代してもらったこともあります。

佐々木:ほんとですか……!? 想像もつかない。

明田川:その人もふくめてもう一回オーディションをし直して、結果的に別の人が選ばれました。そのときは何度言っても一緒にやっている人の芝居に応えてくれなくて、自分のセリフだけを言ってしまおうとする。単独で収録するゲームなどなら成立するでしょうけど、役者の掛け合いでドラマをつくっていく収録でそうだと非常に厳しかったんです。

佐々木:自分のセリフだけでかためちゃうんですね。

明田川:養成所で教わっている人のなかには、当時そういう人がわりと多かったんですよ。

佐々木:声の演技を抑揚表現などの「言い方」だと思っている人はいらっしゃいますよね。セリフは相手に意味を伝えるためのものなのに、声音や抑揚にとらわれてしまって相手に対して自分の言いたいことを伝えるという肝心の部分がおざなりにされてしまっているのかもしれません。

明田川:佐々木さんもやられていた「銀英伝」は会話劇ですから、僕自身、非常に勉強になりましたよ。

佐々木:「銀英伝」のときも明田川さんはほとんど何もおっしゃらなくて、「ほんとにこれでいいのかな」とドキドキしていたこともありました(笑)。収録では毎回、ヤン・ウェンリー役の富山敬さんをはじめとする先輩方に引っ張っていただけて、本当に勉強になりました。

明田川:いや、そうなんですよ。「銀英伝」の頃はアフレコ現場に新人や劇団の研究生などがよく来ていましたよね。例えば自分の劇団の研究生がきていると、その人の演じ方が全然違ってくるんです。後輩に見本を見せてやろうぐらいの感じで頑張ってくれて、ほんとはふだんからそれをやってくれるとうれしいんですけど(笑)。そんなふうに人が見にきているってだけでも、芝居というのは変わるんですよね。

佐々木:たしかに意識が変わるのかもしれませんね。懐かしいなあ。

――「AKIRA」のとき岩田さんなど共演者の方と収録以外でお話されることはありましたか。

佐々木:岩田さんとはほとんどいつも一緒にいました。金田と鉄雄の登場するシーンはだいたい重なっていたので、待ち時間はスタジオのロビーでずっと2人でしゃべってました。

明田川:あ、しゃべっていたんだ。

佐々木:振り返ってみると、あのとき2人で語り合った時間はかけがえのないものでした。やっぱり同年代ですから友情が自然と育まれていって。それで出番になってマイクの前に立つと金田と鉄雄になるという。そんなふうに役と2人の関係が上手く合致したような気がします。

明田川:やっぱり2人のバランスが非常によかったんだと思う。僕としてもやりやすかったです。

佐々木:もしあれがロビーでみんなとワイワイしゃべるようなかたちだったら、岩田さんと私の関係は今みたいになっていなかったかもしれません。2人だったから真面目な深い話もして、あの年なりに考えることや感じること、色々なことを語り合いました。

明田川:岩田君も真面目な人ですからね。

佐々木:岩田さんとは「AKIRA」のあと、「ここはグリーン・ウッド」という作品でも共演しました。共演作がたくさんあるわけではないのですが、「AKIRA」時代に育んだ友情や信頼感を、今もお互いに持ちあえているなと思います。

――鉄雄を演じるにあたって、佐々木さんは「AKIRA」の原作漫画を読まれたと思います。どんな感想をもたれましたか。

佐々木:役にたいするアプローチのしかたは演技者それぞれ違うでしょうから、演じる前に原作を読んで臨むかどうかについても方針が分かれますよね。「AKIRA」については、私は読まないで臨みました。

――あ、そうなのですね。

佐々木:原作を軽んじているわけではけっしてなく、原作とアニメは違うから読まなくていいと思っているわけでもけっしてなくて、あくまで、いただいた役に近づくために自分にとってのベストだと思うやり方なんです。鉄雄は自分の身にこのあと何が起こるのか知り得ないですよね。自分のことも周りの人のことも世界のことも、次の瞬間に何がどう変化するかを知らずに、今をせいいっぱい生きてるんです。もし、その鉄雄を演じる私が、原作の結末まで読んで知ってしまうと、もう知らない状態には戻れませんからどうしてもストーリーの展開のなかで、「このあとこうなるからこのシーンではこうしよう」みたいに、変に調和的な(演技の)落としこみ方になってしまうかもしれません。あとでこうなるからこのシーンではこのぐらいの演技にしておこうかとか。

明田川:そういう芝居をしても面白くないよね。

佐々木:鉄雄を演じる私がストーリー全体をあらかじめ俯瞰的に知ってしまうと、鉄雄の視点でなく神の視点になってしまいかねないんですよね。鉄雄を演じるというより、鉄雄でいたかったので、そのためには鉄雄が知らないことは自分も知らなくていいと思いました。とにかく自分は鉄雄として考え、鉄雄としてしゃべろう、そのうえで明田川さんや大友先生のご指示に従おうと思っていました。

明田川:役者にはその人なりの成長過程というものがあって、その途中でストーリーの最後までを読ませてしまうと先読みして(演技を)つくっちゃうんですよ。それが僕はもったいないなと思っていて。長期のテレビシリーズなんて特にそうで、原作を最後まで読んでしまうよりも読んでいないほうがいいと僕も思います。読んでしまうと、分かりきってしまった芝居をしてしまうことが多いですから。「そんなの、この段階では分からないでしょう?」なんてよく言うんだけど。

佐々木:そうかあ。明田川さんもそのようにお考えだったんですね。

明田川:うん。僕はもうそれ徹底してやってましたね。

佐々木:作品のなかの駒としての自分をいちばん良いかたちで使っていただくためには、駒自身がストーリー全体のことを知ったり考えたりする必要はないのかなと。ちょっと極端な言い方かもしれませんが。
 「AKIRA」で鉄雄を演じるときも、後半で覚醒するからそこは演技に変化をつけようとか、そういう前もっての計算はまったくしませんでした。彼の戸惑いや怒り、悔しさ、恐怖などを感じながら、スタジオでは鉄雄として徹底的に「いた」つもりでした。それが客観的にどう見えていたのか、自分がどれほどのパフォーマンスができていたのかは分からないんですけれど。

明田川:大変なものでしたよ。今、佐々木さんは「鉄雄として、いた」と言いましたけれど、僕たちから見てもそうだったし、佐々木君の微妙な変化というのは伝わってきた感じがありました。最後、鉄雄が覚醒して金田との別れのときに言うセリフなんかも、僕は非常に感動を覚えましたよ。当時、ああいう芝居ができる人はいなかったんじゃないかな。声優としてではなく、役者としてそのキャラクターをとらえて芝居をするっていう。

佐々木:ああ、ありがとうございます! 当時は「AKIRA」の制作事情をまったく存じ上げなかったのですが、自分がなぜこの作品に入れていただけたかというと、上手いからとかベテランであるからとかでは当然ないわけで、理由があるとすれば、それはほぼ新人で未知数なところに期待していただけたのだろうと感じていました。そして、いわゆる「アニメしゃべり」はしたくない――これはいまだに思っていますけど――という反発心のようなものもありまして(笑)

明田川:(笑)

佐々木:フィクションではあっても、そのキャラクターはその作品の中でリアルに生きているんですよね。「セリフを言う」とか「演じる」というのでなく、セリフだけど、演技だけど、でも本当に生きている人が話すように話したいと思っていました。

明田川:佐々木さんの今の話は、僕がこのコラムで再三お話していることとまったく合致しますね。「AKIRA」には子どもの姿をした超能者である3人のキャラクターがいて、じっさいに子どもに演じてもらっていたじゃないですか。今の子役ってすごく上手いですけれど、そうではない子どもらしさが良いかたちででていて新鮮でしたし、非常に上手かったなあと。

佐々木:そうですよね。3人の声を聴いたときすごくリアルで、ぞくっとしたのを覚えています。聴き手が肌で感じるリアルさってとても大切だと思います。だから、演じ手は「演じる」ことより「役として連続的な生を生きる」ことに意識を向けるほうがむしろいいのかも。演じよう、工夫しようと思えば思うほど、リアルに生きているはずのその役とは乖離(かいり)していくように感じます。

協力:マジックカプセル、インスパイア
司会・構成:五所光太郎(アニメハック編集部)

対談後編は1月5日午後7時公開です

明田川 進

明田川進の「音物語」

[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム)
マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。

作品情報

AKIRA

AKIRA 3

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