2025年1月5日(日)19:00
【明田川進の「音物語」】第82回 佐々木望さんとの対談(後編)OVA「銀河英雄伝説」の台本、ずっとヤンでいてくれた富山敬さん
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後編では、OVA「銀河英雄伝説」でユリアン・ミンツ役を演じた佐々木さんに、ユリアンの保護者でもある自由惑星同盟軍の名匠ヤン・ウェンリー役を演じた富山敬さんと共演されたときのエピソードをうかがいました。
話題は、声以外の仕事も多く手がけるようになった今の声優のあり方や「声の技術」の大事さなどさまざまな方向に広がり、これまでの対談で恒例となった明田川さんが佐々木さんに愛のあるアドバイスをするやりとりもありました。
※本対談では、「銀河英雄伝説」終盤の展開について触れています。
――OVA「銀河英雄伝説」のユリアン・ミンツ役は、オーディションで決まったのでしょうか。
佐々木:オーディションでした。
明田川:オーディションはしたかもしれませんが、決め打ちだった気がします。原作者や監督、プロデューサーのほか、色々なスポンサーもついていましたから、そういった方々に一応確認するというかたちといいますか。ユリアン役は、ヤン(・ウェンリー)役の富山敬さんとのバランスもふくめて決まったんじゃないかと思います。
佐々木:「AKIRA」と「銀英伝」の収録は、先にはじまったのは「AKIRA」からだったと思うのですが、小分けに収録してまだ「AKIRA」が終わっていない頃に「銀英伝」もはじまったんです。「AKIRA」で月に1回ぐらい明田川さんにお会いしていたのが、「銀英伝」で週に1回になりました。
明田川:ユリアン役が佐々木さんになったのは、「AKIRA」の収録をするなかで僕のなかで徐々に確信をもつようになったという流れもあったと思います。
佐々木:ありがとうございます。そう言っていただけてうれしいです!
――OVA「銀英伝」の収録はかぎられた時間帯で行われ、収録の順番もバラバラのことが多かったそうですね。
明田川:30分番組のアフレコは普通1日のうち4、5時間で終わるところが、「銀英伝」では5日ぐらいに分けて細かく行っていました。皆さんお忙しい方ばかりでしたから、このシーンにいるのはこの人とこの人というふうにスケジュールを組んでいくと、みんな一緒に集まってのアフレコができなくて。僕ら音響サイドは1週間のうち5日ぐらいそれでとられましたが、キャストの方は待ち時間もそれほどなく各シーンにあわせて来てもらっていたはずです。
佐々木:そうですね。私は帝国軍側の堀川(りょう)さん(※ラインハルト役)や広中(雅志)さん(※キルヒアイス役)とはあまりお会いする機会がありませんでした。出る場面が違いますから。ナレーションの屋良(有作)さんもそうですね。同盟軍は富山さん、古川(登志夫)さん(※ポプラン役)、井上(和彦)さん(※アッテンボロー役)、羽佐間(道夫)さん(※シェーンコップ役)、榊原(良子)さん(※フレデリカ役)と私がだいたい一緒で、特に富山さんとはほぼ毎回ご一緒させていただきました。
明田川:「銀河英雄伝説」のとき、佐々木さんには台本を前渡ししていなかったんですよ。アフレコ当日にきて、そこで初めて台本を渡していました。「銀英伝」には独特な言葉や用語がありますよね。他の方はセリフの用語が難しいから事前にもらいたいからと渡していたのですが、佐々木さんは当日パッと見て、事前の準備なしに芝居をしているのはすごいなと思っていました。
佐々木:え、他の方には前渡しされていたんですか?
明田川:そうだよ(笑)
佐々木:ガーン、前渡しがOKだとは知らなかった……。普通に全員が当日いただくものだと思っていましたよ……。一人だけ試練じゃないですか(笑)
一同:(笑)
佐々木:あれはプレッシャーでしたよ。当日台本をいただいて、「あ、こんなにしゃべっている。しかも言葉が難しい」とか思って。
明田川:いやあ、あれはすごいと思った。
佐々木:ありがとうございます。いやあ、そうだったんだ。明田川さんがおっしゃるように「銀英伝」には難しい言葉や独特なセリフまわしが多かったんですよね。哲学的、思想的なセリフもよくありましたし。
明田川:収録でどうしても間違えてしまう人もいるなか、佐々木さんはそれをNGなしで見事にやっていましたよ。
佐々木:いやあ、先輩方に囲まれている中でNGはとても出せませんでしたよ。自分が間違えたらそのシーンの相手役の方も録り直しになってしまうかもしれない、自分のせいで先輩方を付き合わせてしまうなんて絶対にできないと思って、ものすごく集中していました。しかも、ユリアンは真面目で聡明な人物なので、そのように聞こえる話し方をしなければいけません。セリフが多い回は、当日台本をいただいたら待ち時間もずっと読んでいました。
――「AKIRA」の収録は原作を読まずに臨まれたという話がありましたが、「銀英伝」でも同じだったのでしょうか。
佐々木:そうですね、アプローチとしては同じでした。ユリアンでいようと思ったので、ユリアンの目で見られてユリアンの耳で聞こえるものだけを、自分も見て聞こうとしていました。
でも、こういう話って捉えられ方によっては微妙だなとも思います。原作を事前に読まないことがあるのは、演じる自分が「神の視点」に知らずなってしまうことを避けて、いただいた役にいっそう近づくためなんですが、読まないと言うと、原作や作品に対する愛や熱意がないんじゃないかと思われてしまうかなとか、淋しく思われる方もいらっしゃるかなとか――だからなかなか、こういう話はしにくいのですけれど。
――私自身、ある取材で「台本に書かれていることがすべてですから」という言葉を聞いて気づかされたことがあります。質問する側が「原作愛=役への熱量」のほうが記事にしやすいから、その前提で聞きがちだという反省があります。
佐々木:なるほど、質問される方の視点もありますよね。
明田川:僕が養成所で新人を教えるときも、原作は読まなくていいですと言っています。もちろん作品の雰囲気やカラーを知ってもらう必要はあって、演じるシーンのキャラクターの性格や設定をしっかり分かってもらったうえで演じてもらいます。ただ、このシーンの次はああなるこうなるということを考えながら演じるのは駄目ですよと。
佐々木:なんだかうれしいですね、明田川さんと一緒で。
明田川:台本をもとに、自分がこの状況だったらキャラクターとしてどう演じるかっていうのが、こちらがいちばん知りたいことなんです。芝居をとおしてそれを見せてくれようとしてくれる人は成長の幅があります。ひとつの作品を演じてもらうことで、その人の最初の芝居が話数を経ることでどんどん成長していく、その過程こそが楽しいじゃないですか。ですから、先の展開を知ってしまったら駄目ですよということはいつも言っています。
――「銀河英雄伝説」公式サイトのインタビューで佐々木さんは、「富山さんからは多くを学ばせて頂いた」と話されていました。ヤンとユリアンとして長くご一緒されての思い出や印象的なことがありましたらお聞かせください。
佐々木:富山さんとは「銀英伝」の前に、私がデビューした直後のあるアニメーションでご一緒したことがありましたが、そのときはお話しする機会がほとんどなかったんですよね。
その後、「銀英伝」でご一緒してからも、ゆっくりお話させていただいたことって、実はほとんどないんです。挨拶をしてスタジオに入ったらすぐ収録で、時間もかぎられていました。「AKIRA」のときとは違って、空き時間や待ち時間がほとんどないスケジュールでしたし。待ち時間が多少あったとしても、ブースの中では先輩方も私も私語はほとんどしませんでした。富山さんは静かに台本をご覧になっていて、私も私で台本を読んでいて、その静かな時間がとても好きでした。スタジオの中で少し時間が空いたとき、その時間に演技者は何をするのかを、富山さんからは言葉でなくお姿で教えていただきました
富山さんは時々、「望ちゃん」と声をかけてくださって、それがすごくうれしかったです。セリフの量以上にお話をしたことはなかったんですけれどもね。
明田川:芝居での会話だね。
佐々木:はい、お芝居でたっくさんお話させていただきました。富山さんはずっとヤンでいてくださった。だから自分はユリアンのまま、ユリアンとして幸せにいられたのかなと思います。
――OVA第3期でヤンが亡くなる場面は、ユリアンを演じる佐々木さんにとっても大事な話数だったと思います。収録のときのことを覚えておられますか。
佐々木:その回の台本は前の週にいただいていたんですけど、台本を読んで、収録の日が来るのがすごく嫌だったんです。当日の朝も、このシーンを何時間かあとに見て、ここに書かれたセリフを言うことになるんだと思うと気が重くて、スタジオに行きたくないなと思っていました。ヤンが亡くなることを私個人が受け入れられないと感じたんです。
だから、あの日はひたすら、収録を早く終わらせて帰りたいと思っていました。画面の絵もできるだけ見ないようにしてセリフを言いました。見るとつらいので。
明田川:僕はそこまで思いつめてはいなかったけれど、やはりヤンがこんなに早く亡くなるというのは意外で、あれっという感じはありました。なおかつ現実として富山さんが録り終わったあとに亡くなるというね。アニメの収録は、これからどうなるんだろうと思いました。
佐々木:富山さんが亡くなられたと知ったとき、ただ茫然としていました。悲しいとかショックだとかという感情以前に、魂がぬけるような思いがありました。「このあいだ、ヤンが亡くなるシーンを録ったばかりなのに……」と思い返しながら、ヤンと、ヤンをずっと演じきってこられた富山さんのことを同時に考えていました。ユリアンと私自身が同時に存在している気がして、どんどん遠ざかっていかれる富山さんとヤンの後ろ姿を私たちで見送っているような、そんな不思議な感覚がありました。
明田川:僕は富山さんとは少年役をやっていたころのお付き合いで、「銀英伝」のヤンでは彼の人格や人間形成まで見事に演じてもらったと思っています。「銀英伝」の現場ではいつも物静かで、役を自分なりにつかもうとしている姿がみえる人だったのが印象的です。そこに佐々木さんが演じるユリアンがからんでいくのが大好きだったんですよね。生活面ではちょっとだらしないところがあるヤンをユリアンが正そうとするやりとりも面白くて。
佐々木:ありがとうございます。ヤンとユリアンの距離感と、富山さんと私の距離感が上手くシンクロしていたのかもしれませんね。
――佐々木さんは、「鎧伝サムライトルーパー」(1988)で、声優が歌をうたったり人前にでたりする仕事を早い時期にされています。今は声優が声以外の仕事を幅広くやるのは当たり前のことになりましたが、そうした変化についてどう感じられていますか。
佐々木:たしかに、声優自身が前面に出る活動は、当時はまだそれほど多くはなくて、声優みながするわけでもなかったと思います。まだ声優の専門雑誌もない頃でした。
今の時代、声優の仕事は当時からは想像もできなかったくらいひろがりましたし、これからもさらに新しい活動の分野が生まれていくんでしょうね。そういった変化は時代に応じて起こるべき変化で、個人的にも楽しみなんですが、一方で声優の仕事において変わらず大切なものがあるとしたら、それは技術だと思うんです。声の表現の技術。
豊かな感性や想像力も、もちろん演技者にとっては大事です。ただ、その上で、特にベテランになるほど、自分なりのメソッドや役へのアプローチ方法といった技術や理論をもっているべきではないのかなと思っています。技術と理論は後に続くかたたちに継承していただいてさらに進化させることができますからね。
明田川:たしかにそうだね。
佐々木:他方で、感性をそのままで伝えることは難しいですよね。個々の感じ方ですから。こう感じるからこう演じるんだと言っても、他の人はできないと思うんです。でも、技術と理論なら伝えられるし発展させられる。だから、声優が活躍できる幅が広がった今こそ、しっかりとした声の技術をもつ演技者も増えてほしいなと思っています。
明田川:声優という言葉がなかった頃は、舞台の役者さんがアルバイトがてらにやりだしたのが外画のきっかけですからね。ですから、今佐々木さんが言ったような声の技術というのは、どんどん身につけなければいけないと思います。
僕の立場としては、声の技術を身につけたうえで、その役を自分なりにどう演じるかという、その人の芝居心のようなものを見てみたいんですよね。それを見たり、駆け出しの人のなかから見抜いたりするのが楽しみなんです。そういう意味では佐々木さんのような役者がもっとでてきてほしいのに、なかなかでてこないなというのは常々思っています。
佐々木:技術の先には、感じる力や考える力、遊び心や冒険心なども大切になりますよね。
明田川:やっぱり何かを感じて自分の声で表現しようという気持ちがあるかが大事なんですよね。今はだいぶ変わってきたと思いますが、一時期、養成所で育った人はみんな同じパターンの演技だったんです。僕はそれが非常に嫌で、声優プロダクションなどから教えてくれませんかという依頼がきたときには、僕はそうした教え方が嫌いでそういう育て方はしませんけれど、それでもよかったら教えますと話していました。
今は顔出しの俳優やアイドルのなかにも、声の仕事がしたいという若い人がたくさんいます。僕の会社でもオーディションにきてもらうことがありますが、そういう人たちは自分なりのセンスや表現方法をもっていることが多いです。養成所育ちの人もうかうかしていられない面があると思います。
佐々木:アニメや漫画が好きで、自分も声優になりたいという方がたくさんいらっしゃいますよね。それだけの思いやパッションをおもちなのはとても素敵です。ただ、声優志望のかたがもしアニメや漫画にしか普段触れていないとしたら、そのかたが身につけられる演技はおそらく一定の枠を超えられないと思うんです。
明田川:いや、本当にそうだと思います。
佐々木:アニメ以外にもいろいろなものを見て、さまざまな経験をし、未知のものまで好奇心をもって吸収することで、それがふと演技に生きてくることがあるんですよね。好きなものばかり見ているのは、ちょっともったいないかなと感じます。
――佐々木さんが声の技術をいちから学び直したエピソードは、ご自身の著書「声優、東大に行く 仕事をしながら独学で合格した2年間の勉強術」(KADOKAWA刊)にくわしく書かれていました。
佐々木:私は発声や演技の訓練を積むよりも早くデビューさせていただいたんです。「AKIRA」のときも我流で演じていて、それが良い部分もあったと思うのですが、仕事が重なった時期に声帯を痛めてしまいました。それをきっかけに、発声と演技の勉強をやり直しました。国内外のメソッドを研究しながら自分で自分を教育し直したんです。それ以前は自分の感覚だけで演じていましたが、発声と演技をあらためて勉強したことで、技術に裏打ちされた考えを入れこむことができて、感性と技術のバランスをとれるようになったと思います。
明田川:僕は佐々木さんにミステリアスな部分をずっと感じていたんですよ。「銀英伝」のときはアフレコ当日にひとりできて台本を渡したらパッと演じる。マネージャーの人には一度も会ったことがなくて、いつも自分ですべてやっている印象でした。なので、この本を読んでこんなことを考えていたんだなと。あと佐々木さんは、自分で何か起業したりプロデュースや企画をしたりするような声優以外の仕事をしてみるといいんじゃないかなと思いました。
佐々木:ありがたいお言葉ですが、声優としてもまだまだ演じさせてください(笑)
明田川:(笑)。いや、演じるという意味もふくめてで言えば、佐々木さんがこの作品をやりたいというとき、自分で企画をしてつくる段階から参加するとか広い意味で何かものをつくることに関わっても、佐々木さんはすごい力をだすんじゃないかと思うんです。
佐々木:ありがとうございます。近年は朗読劇のプロデュースや企画、演出などで、自分の好きな作品に声の表現面でたずさわらせていただいています。セリフをはじめ、テクストをじっくり解釈して、それを音声表現のアウトプットにつなげる作業が私はたぶん大好きで、楽しんで取り組めるんです。
そういえば、7、8年前に明田川さんとパーティーで久しぶりにお会いしましたよね。そこで色々お話したあと、「AKIRA」や「銀英伝」のことを思い出していたら、明田川さんとまたご一緒したいなという気持ちが高まって、後日お電話して「何か一緒にやらせていただけませんか」とご相談したことがあります。
明田川:あったね。そういう連絡をうけることはめったにないですから「佐々木君、何かあったのかな」とちょっと驚きました。
佐々木:すみません、こういうお電話ってしたことなかったんですけど思いが募ってしまって(笑)。「AKIRA」と「銀英伝」という両大作は私にとっても代表作で、そのどちらも、長いスパンでご一緒させていただいたのが明田川さんなんですよね。収録のときにはマイクのある部屋に私たち声優がいて、ガラス越しの後ろの部屋に音響監督の明田川さんがお座りになってて。セリフを言い終わって振り返ったら明田川さんのいつもニコニコされている顔が見えて、ホッと安心するんです。たまに目があわなかったときは「あ、今のちょっとよくなかったのかな」なんて思って(笑)
明田川:(笑)
佐々木:記憶のなかにはずっと、ガラス越しの明田川さんのお姿と笑顔が残っているんです。「AKIRA」と「銀英伝」を通じて、あの時代に明田川さんのもとにいられたこと、あの時期に形成されたことは、富山さんとの思い出もふくめて、今も自分の声優としての核心になっています。今日こうしてまたお目にかかれたことを本当にうれしく思います。
協力:マジックカプセル、インスパイア
司会・構成:五所光太郎(アニメハック編集部)
明田川進の「音物語」
[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム) マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。
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