2025年5月5日(月)19:00
【明田川進の「音物語」】第86回 音響監督に必要な素養と「継続は力なり」

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僕の経験で言うと、音響監督志望の人が向いているか向いていないかはすぐには分かりません。マジックカプセルに入社して音響監督に育った新人の場合、何年か制作として働いていくなかで、音響監督やミキサーがスタジオでどんなことをしているかを実際に見てもらい、本人が志望していて向いているかもしれないとなったら助手として音響監督につきながら勉強をしていくケースが多いです。この人は音楽のセンスがいいなと思ったら選曲を任せてみたり、こういうオーディションがあるからどんな声優さんがいるか自分で候補を挙げてみてごらんと言ったり、そういうところからコツコツやってもらいます。
そうして、そろそろ実地でやってみようとなったら、最初はテレビシリーズなどではなく、ゲームやパチンコの収録をやってもらいます。ゲームやパチンコの収録は掛け合いで芝居をすることはほとんどなく、相手がいないまま役者に「こういう芝居をしてください」とオーダーするスタイルになります。そこから経験を積んでいって、最終的にテレビシリーズを1本もつようになるというのが音響監督への道筋です。マジックカプセルだと新人から音響監督になるまで大体10年、すでにミキサーとして働いている人が音響監督を志望したケースの場合は4年ほどで音響監督になりました。後者の場合は、すでにミキサーとしてのセンスがあることもあって、わりととんとん拍子で進んだ感じですね。自前のスタジオをもつようになったウチのような会社と、外部のスタジオを借りてやる場合とでは、学習の進みが大きく違うのも大きいです。自前のスタジオがあると、多少時間をすぎてもここはやり直したいなんてことができますが、町場のスタジオを借りる場合はなかなかそうはいきません。そういう意味では、これからウチで音響監督を目指す人のサイクルは短くなっていくかもしれません。あとは、その人その人がもっている能力次第で、コツコツじっくり時間をかけて花開く人もいるでしょうし、早くに音響監督になれても、それはそれで苦労をたくさんすることになると思います。
ある程度キャリアを積んだ制作の人が進む道は、音響監督、制作、制作デスクの3種類あります。制作はプロデュース方面に特化した仕事で、作品にたいして誰を音響監督や制作としてつけるか、どんなミキサーや効果部さんと組むかというところから、音響全体をコントロールできる仕事です。制作も大変やりがいのある仕事で、制作のなかには、ゲームやパチンコの収録のディレクションぐらいは自分でできてしまう人もいます。
音響監督になるのに必要な素養はいろいろありますが、コミュニケーション能力は大事になるでしょう。アニメの音はひとりでできるものではなく、大勢の人の協力をあおぎ、そのバランスをいかにとっていくかという仕事ですから。仮に最初はできたとしても、コミュニケーション能力がないと続かないと思います。音楽については、自分が好きなジャンルがあるのは良いことですが、全体になんでも好きで興味をもっていることのほうが大事だと思います。仮に監督から、この作品では演歌をやってみたいと言われて、演歌は嫌だなと言ったら音響の仕事になりません。なるべく多くの音楽をいろいろなかたちで知っておくといことは大切ですし、そのうえで自分ならではの得意分野があるのも大事です。そうすると監督も、「誰々さんに頼めば、何か面白いものがでてくるかもしれない」と思ってもらえますから。僕自身、OVAの「銀河英雄伝説」のときは、もともとクラシックは好きでしたが素養などはなく、やりだしてからよく聴いたり作曲家のことも調べたりするようになりました。そういう作業自体が楽しくて、音響監督というのはなんでもつっこんで勉強できる面白いセクションだと思います。やっぱり監督がどういうものをつくりたいかが大事で、そのためにこういうことができますよと、音響監督をふくめたまわりの人が監督を助けていくことで素晴らしい作品ができることもある。自分自身も初めてのことを経験しながら、面白いサウンドや世界観ができることをみんなで体感できるのが、音響の「つくる喜び」になるのかなと思います。
いろいろな考え方があると思いますが、マジックカプセルの場合、例えば好きな声優さんと一緒に仕事をしたいということだけが第一にあるような人だと一緒に働くのは難しいかもしれません。むしろアニメや声優さんの知識はないけれど、これから自分で学習していこうという意欲のある人のほうを採るケースが多いです。もちろん、それぞれ好きな作品や声優さんがいるのはとても良いことで、それが有利になることもあります。ただ、「好き」と実際に仕事としてやるのは違う。そこを踏まえていれば、同じ好きでも面接のときに自分をPRする話し方が違ってくるのではないかと思います。
学生の方は、アニメにかぎらず映画を見たり、生の舞台を見たりするのは絶対にいいと思います。あと、本も読んだほうがいいですね。僕自身を顧みると、あれもこれもやっておけばよかったと思うばかりで偉そうなことは言えませんが、今の人は環境としては本当に恵まれていると思います。僕らが学生の頃は、自分で決めこんでいかないかぎり、できないみたいなことがたくさんありましたから。それでもひとつ言えることは、「継続は力なり」ということです。僕はそれを東海道五十三次を自転車で走る経験から学びました。
僕は東洋大学の付属の高校に通っていまして、東洋大学の創立者である井上円了という哲学者の思想にのっとって、夜を通して歩く100キロ競歩と、自転車で東海道五十三次を走る催事がありました。高校のときは何人かのグループで実用車で走り、大学のときは3段ギアの自転車でひとりで走り、社会人のときは6段ギアで挑戦しました。自転車の性能的にはだんだん楽になっていますが、それでもつらくて、当時の箱根の山には自転車の通れる道なんてなく、自転車を担いで山を登っていましたから(笑)。山のてっぺんから下りるときはこがずに降りられて爽快なんですけどね。5、6日かけて走る感じで、ひとりで走ったときは交番やお寺の横に許可をもらって寝袋で寝たりして、最後は京都にいる叔父をたずねて自転車を車に積んで東京まで送ってもらっていました。
以前もお話したとおり、僕が虫プロに入ったのは、大学の卒業間際に虫プロが企業化することを知って、手塚治虫さんの自宅を訪ねたことがきっかけでした。僕はもともと航空少年で、小さい頃はパイロットになりたいと思っていたけれど、学力がないから航空大学にはちょっと入れない。その後、今度は映画が好きで日芸にいこうというのを親に反対されます。そして、大学卒業後は、僕が高1のときに亡くなった親父がいた会社に入りなさいとおふくろに勧められていたのを裏切って突然虫プロに入社してしまい、ずっと親不孝をしていました。
手塚治虫さんの漫画は好きでしたが、学生の頃はアニメは好きでも仕事にしたいなんてこれっぽっちも考えていませんでした。それが新聞記事をきっかけに急に思い出して入りこんだことから僕のアニメ人生ははじまり、そこからこのコラムでお話してきたような紆余曲折があって今にいたっています。そもそも、僕が目指したときには「音響監督」という言葉もありませんでしたからね。そんな僕ですから、音響監督のなり方を話せるような立場ではないのですが、知らない世界に飛びこんでいくときには常に学習し、楽しみながら取り組んではいけたのかなと思っています。

明田川進の「音物語」
[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム) マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。
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