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特集・コラム 2023年4月8日(土)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第24回 「どう生きるか」を考え続けた鶴見済の30年

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高校3年生のときに「完全自殺マニュアル」(1993)を読んで以来、鶴見済氏の著作を愛読している。昨年刊行された7冊目の単著「人間関係を半分降りる 気楽なつながりの作り方」は、鶴見氏の総決算と言える内容だと思えた。

「完全自殺マニュアル」の衝撃

120万部超えの大ベストセラーとなり、今も読み継がれている「完全自殺マニュアル」が刊行されたのは約30年前のこと。もう覚えていない方やそもそも知らない方も多いと思うが、当時の騒動は鶴見氏自身が「ぼくたちの『完全自殺マニュアル』」(94)で賛否こみでフラットに記録している。自殺を肯定的に扱っているという理由で取次から配本を減らされたり、新聞広告で露出を制限されたりするなどしたが、刊行してすぐ15万部のベストセラーとなった。
 ただ、当時の筆者の印象では、この時点では好事家向けにひっそりと読まれている印象だった。それが刊行から約3カ月後、同書を所持した自殺遺体が青木ヶ原樹海で見つかったという報道を契機にテレビなどで大きく取り上げられることになる。クスリ、首吊り、飛び降りなど手法ごとに自殺の具体的な方法と過去のケースを記した同書には、自殺マップと称して樹海がとりあげられ、樹海のどこまで進めば戻れなくなるのかが鶴見氏による実地の取材で記されていたのだ。当時筆者は、世間のトレンドを皮肉を交えながらユーモラスに描く4コマ漫画「気まぐれコンセプト」(現在も「週刊ビッグコミックスピリッツ」で連載中)に同書が登場しているのをみて本当に騒動になっているのだなと思ったのを覚えている。一世を風靡する本となり、ホラー小説でもないのにVシネマホラーとして2回映像化され、それがノベライズ化されるほどだった。
 同書はセンシティブなテーマを丹念な調査で掘り下げたライターとしての優れた仕事であり、デートのお勧めスポットのように自殺マップを紹介するなど当時のマニュアル文化をパロディ化する趣向もあった。また、鶴見氏自身が意図したかどうかはともかく、当時のサブカル本のなかで一ジャンルになりつつあったダークカルチャー・悪趣味本の1冊として広がっていった面もあると思う。そして何より、「閉塞してどん詰まりの世の中に風穴を開けて風通しを良くして、ちょっとは生きやすくしよう」(本書あとがきより)というメッセージを伝える若者向けの哲学書でもあった。筆者は同書のまえがきとあとがきは道徳の教科書に載せてもいいぐらいの名文だと考えているが、現在同書は「18歳未満の方の購入はご遠慮ください」という無粋な帯がつけられ、シュリンクされて書店にならんでいる。
 初版本は大学時代、失恋したばかりの後輩から読みたいと言われて貸したまま返ってきていない(のちに別の相手と結婚して今は子だくさん)。「マブラヴ オルタネイティヴ」が大好きで、「『完全自殺マニュアル』を読んでいるような人間だったら話してもいいと思った」と自殺未遂したことを話してくれた友人は、最終的に自殺した。同書を読んでいなかったら、自殺なんて良くないとただただ説得していただけだったと思う。

著作の変遷、総決算の新作

「完全自殺マニュアル」から「人間関係を半分降りる」まで、鶴見氏は一貫して生きづらい世の中をどうすれば楽に生きられるかについて書き続けている。「文章を読み返す時に、10代の自分が読んだらどう思うかなと、必ず考えますよ」(「Quick Japan」22号インタビューより。聞き手は伊藤剛氏)と語っているとおり、大上段で上っ面な言葉ではなく、自身の実感をともなった「本当に大事なこと」を書籍のかたちで表現し続けているように筆者にはみえる。唯一無二のユニークな視点と、自身の問題に真摯に向きあった思考の変遷がみえるという意味で、私小説のような味わいもある。
 雑誌に発表した短いルポやコラム、書評などを集めた「無気力製造工場」(94)は1990年代の空気を閉じ込めたようなバラエティに富んだ内容で、個人的にもっとも好きな1冊だ。「人格改造マニュアル」(96)のまえがきでは学生時代から向精神薬を飲んでいることを告白しながら、「完全自殺マニュアル」と同じスタイルで薬、サイコセラピー、洗脳などの手法で“脳をチューニングする”方法が書かれている。同書の認知療法の項目にある「認知の歪み」は、筆者自身、今もとても役に立っている考え方だ。
 覚せい剤所持による逮捕後に著した「檻のなかのダンス」(98)では、留置所での体験を淡々と報告しながら、脳に支配された体を解放するためにダンスの効用が説かれ、世界各国のレイブ(※主に屋外で大音量のダンス音楽を流して踊るイベント)に足を運んだレポートに多くのページが割かれている。今では当たり前のように言われる身体性の大切さが、鶴見氏流の筆致で軽やかにつづられているのが新しかった。ここまでの著作はすべてサブカル本の雄である太田出版からの刊行で、鈴木成一氏が装丁を担当。その後、版元が変わってからは鈴木氏との素晴らしいコラボレーションが見られなくなったことが個人的にちょっと残念だ。
 「脱資本主義宣言 グローバリズム経済が蝕む暮らし」(2012)、「0円で生きる 小さくても豊かな経済の作り方」(17)は、前者が現状認識と分析、後者がそれに向けての実践と、2冊セットの内容になっている。これまで、社会問題を考えても個人は幸せにならない、自分にとって本当に大切な身近なことを考えようと書いてきた鶴見氏が社会と向き合った、太田出版時代の著作を読んできたファンにとってはエポックな著作であるが、反グローバリズムや節約・お得な暮らしをテーマにした書籍は数多くあるので、「完全自殺マニュアル」のような独自性が薄れているのが個人的には気になっていた。
 新著の「人間関係を半分降りる」もジャンルとしては、頑張らなくていい、諦めていい、ゆるい関係系の自己啓発書にあたるが、前2作とは違った凄みが感じられた。鶴見氏自身のプライベートな事情も吐露しながら、友人(他人)、家族、恋愛にまつまわる悩みを解消する考え方、何かあって追い詰められたときに気楽になる方法が平易な文章でまとめられている。「完全自殺マニュアル」から言い続けている芯の部分のみを抜き出したような1冊で、鶴見氏や「完全自殺マニュアル」を知らない若い読者にも届く普遍的な強さが感じられる。次作も楽しみなファンとしては、このあとに書くものは何もないのではないかと勝手に心配になってしまうが、それまで折にふれて読み返したいと思っている。(「大阪保険医雑誌」23年1月号掲載/一部改稿)

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

作品情報

マブラヴ オルタネイティヴ

マブラヴ オルタネイティヴ 41

それは、極限の世界で戦う人々の絆の物語―この時空に存在する、無数の並行世界のひとつ―そこで人類は、戦術歩行戦闘機(戦術機)と呼ばれる人形兵器を駆り、地球外起源生命体「BETA」と数十年にわたる戦...

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