2023年6月10日(土)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第27回 紙の本を買う意味
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電子書籍オンリーのものを除いて、書籍や雑誌は紙のものを買うようにしている。全国から書店がどんどん姿を消し、今後紙の本は残念ながら一部をのぞいて好事家向けの高級品になっていくだろうと肌で感じているが、少なくとも自分が生きているうちに紙の本がなくなることはないだろうとも思っている。
まわりでは電子書籍メインに移行している人もいて、もっとも大きなメリットは場所をとらないということ。検索性にすぐれ、文字メインの本の場合、自分にあった文字の大きさに自由に調整できるのも電子書籍の利点だろう。シリーズものの続きを読みたいとき、深夜でもクリックひとつで買えてしまうのも便利このうえない。それでもやっぱり紙の本を買い続けていきたいと思う。
本は買って積むべきか
「本の雑誌」2023年2月号の特集「本を買う!」は、紙の本好きが嬉しくなってしまう内容だった。幻想文学研究家で翻訳家の中野善夫氏による巻頭文「本を買え。天に届くまで積み上げろ。」では、片付け本がベストセラーになった「こんまり」こと近藤麻理恵氏の著作「人生がときめく片づけの魔法 改訂版」にある、「いつか読むつもりのない『いつか』は永遠に来ない」「『本棚に本がある』こと自体に本来、意味はないわけです」といった積読や蔵書を否定するような記述をとりあげ、本の効用はそれほど単純なものではないとやんわりと説いている。
中野氏は、本は読み終えた本とこれから読む本に二分されるものではなく、買って手元に置いておくだけで価値があり、自分の目と心で選んで買った本が書棚に並ぶことによって生まれる関係性にも意味があるのだと述べ、本は買って積むべきだと力強く呼びかけている。同特集には月に数百冊(!)の本を買う猛者たちのエッセイや対談も収録されていて勇気づけられるが、本好きによる本好きのための雑誌「本の雑誌」だからという部分は割り引いて考えなければいけないなとも思ってしまう。
近藤氏の著作を読んだことはないが、自宅の半分の面積を蔵書が占めていた場合、家賃の半分が蔵書に割かれていることを考えると、本を買い続けるためにも、ある程度の蔵書の処分や片づけは必要になってくるだろう。また、書棚に表れる蔵書の関係性はただ本を積んでいるだけでは生まれず、定期的に整理整頓しないと生まれてこない。筆者も日々痛感しているが、所持している本が必要なときにすぐでてこないのは無いのも同然だ。そこで泣く泣く処分するときに、以前の連載で紹介した唐沢俊一氏の古本エッセイでは、値段がつきそうもない「しょうもない本」をこそ売らずに残しておくべきだと説かれていた。古本屋で値がつきそうな本や沢山売れている本はあとでいくらでも買い戻せるが、そうでない本はそれっきりになってしまうことが多いというわけだ。そうした本を残していくと蔵書がどんどん人に見せられないものになっていくが、筆者の経験からもマイナーな本こそ残しておくべきなのは本当で、処分したことをあとで後悔する本も多かった。
紙の本は「残る」
紙の本の優位性のひとつは「残る」ことだと思う。改変されないことも重要で、初版に間違いが残ったままになる弊害もあるが、それよりも電子書籍で知らないうちに後から直されるほうが抵抗がある。電子書籍は基本的に読む権利を購入しているだけで、運営元がサービスをやめたり不測の事態で自分のアカウントが停止されたりしたら読めなくなってしまうことも個人的には引っかかる。と言いつつも、最大手のAmazonによるkindleが日本でサービスを終了する可能性よりも、自身がもっている紙の本を何らかの理由でなくしてしまうほうが高いかもしれないが。
ウェブの文章も残るようで実はまったく残らない。正確に言えばその断片はキャッシュとして永遠に残るかもしれないが、発表されたままのかたちで残るテキストは非常に少ないはずだ。記事が掲載されたサイトが閉鎖されれば著者が転載しないかぎりはグレーゾーンのウェブアーカイブでしか読めなくなるし、日本のインターネット黎明期に多くの「ホームページ」が開設されたジオシティーズも2019年にすべて削除され、多くのサイトの文章が読めなくなった実情もある。
残らないということは歴史がたどれないということで、例えばある漫画作品の初出がどこだったのかという情報も、ウェブやアプリでの掲載だった場合、紙雑誌のような記録ではすでに残らなくなりつつある。将来の研究家が作品の初出をあたろうとしても、その媒体がサービスを終了していたらアクセスできず、仮に継続していたとしてもアーカイブとして残されている可能性は低い。一方、同人誌であっても紙の本で有志の手にいきわたれば、仮に手放されても古書店を経由することで時代を越えて残っていくし、誰かひとりでも所有していれば記録となる。ウェブやデジタルこそ技術的にはアーカイブを細かく残すことができるはずなのだから、今後そうした方向での進化を期待したいところだが、当分の間は紙の本の「残す」優位性が揺らぐことはないだろう。
一覧性の高さも紙の本の特徴で、筆者は今でも初めての場所を旅行するときには「ことりっぷ」などのガイド本を購入する。ピンポイントの最新情報はネットのほうが断然くわしいが、全体像をざっと把握するには紙の本のほうが優れていると考えるからだ。
“紙の束”の魅力
自分がなぜ紙の本を買い続けるかをよくよく考えてみると、結局のところ何かが印刷された“紙の束”が欲しいということに尽きる。例えば映画のパンフレットの場合、仮にパンフレットと同じ情報が記された電子書籍や有料ページだったら自分はまず購入しない。自分の所有物となり、手にとってパラパラとめくり、本棚にならべることができる“紙の束”には唯一無二の魅力があると思うのだ。
頑なに自身の著作を電子書籍でださない漫画家が今でも何人かいて、最近だと劇場アニメ「THE FIRST SLAM DUNK」が話題になった漫画「スラムダンク」は紙の本でしか読むことができない。商売的にはデメリットも多いだろうが、紙の本でしか読めない作品があっていいと思うし、その姿勢を断固応援したい。
「大阪保険医雑誌」(※本コラム初出の会員向け月刊誌)も電子書籍やPDFに切り替えたらという話が一度ぐらいはでたことがあるのではないかと勝手に想像するが、ぜひ紙のまま末永く刊行を続けていただきたいと1月号掲載の創刊50年記念特集を読みながら思った。(「大阪保険医雑誌」23年3月号掲載/一部改稿)
編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
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