2024年4月6日(土)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第36回 酒見賢一と漫画・アニメ・ゲームの関係
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作家は作品で自分の言いたいことを表現すべきで、あとがきなどは書かないほうがいいという考え方がある。もっともな意見だと思うが、筆者は書き手の人となりが感じられるあとがきを読むのが大好きだ。
作品はもちろん、あとがきのファンでもあった小説家の酒見賢一氏が2023年11月7日に59歳で亡くなったことが、同年11月15日に報道された。17年に「泣き虫弱虫諸葛孔明」の単行本が完結してから新作が発表されず、19年刊行の「泣き虫~」第1部の文庫版あとがきでは、デビュー20周年を迎えたが誰も祝ってくれないというちょっと自虐風の書き出しから、デビュー作の授賞式・受賞パーティーのほろ苦い思い出を淡々とした筆致で書かれていた。あとがきの最後には、デビューからの20年を振り返り、「(前略)いい時もあったし悪い時もあったし、今はちょっと悪いのだが(後略)」という記述があったのにドキッとさせられた。それ以来、もしかしたらお身体が良くないのかなと、新作を心待ちにしながらも「ちょっと悪い」がどこか気にかかっていたなかでの訃報だった。
酒見氏の作家としての業績や作品の魅力は、筆者よりくわしく、思い入れのある専門家やファンの方が沢山いて、ゆかりの出版社などから特集ムック的なものがおそらく出版されるだろう。本コラムでは、筆者が偏愛した酒見氏のあとがきを紹介しながら、酒見氏とアニメ、漫画、ゲームとの関係を振り返ってみたい。
アニメ化された「後宮小説」
「服上死であった、と記載されている」という魅力的な書き出しで始まる酒見氏のデビュー作「後宮小説」は、「日本ファンタジーノベル大賞」の第1回受賞作だった。同賞ではその後、佐藤亜紀氏、森見登美彦氏らが受賞したほか、恩田陸氏、小野不由美氏など受賞にいたらなかった候補作も出版され、多くの作家を輩出した。「後宮小説」は、「Ⅿ-1グランプリ」におけるトップバッターのように賞の方向性や基準を決定づける役割をはたし、「雲のように風のように」のタイトルでアニメ化もされている。
アニメ版のキャラクターデザインは、スタジオジブリの「魔女の宅急便」「崖の上のポニョ」などで知られるアニメーターの近藤勝也氏が務めた。のちに酒見氏が原作、近藤氏が漫画を担当した「D'arc ジャンヌ・ダルク伝」がアニメ専門誌「アニメージュ」で連載されるが未完で終わっている。
酒見氏は「後宮小説」の文庫版あとがきで「雲のように~」について、「あのアニメが無かったら、『後宮小説』及び作家酒見は今頃どうなっていたか分からない。私が生き延びることができたのはほとんどがあの作品のお陰なのである」「制作された方には今でも足を向けて寝ることが出来ない」と記している。それだけ感謝しておきながら、あわせてアニメ版の不満点も書いているのが正直な人だなと好感をもった。酒見氏は単行本ではあとがきを書かない主義だったが、作品発表から数年後に刊行される文庫では、作品を客観的に振り返りながら、雑談もふんだんに交えた半ばエッセイのようなあとがきを書き下ろすことが恒例化する。
「墨攻」「聖母の部隊」
第2作「墨攻」は、森秀樹氏による漫画版のほうが有名かもしれない。同作をきっかけに時代劇漫画家として健筆をふるう森氏の代表作のひとつでもあり、小説の先の物語も描かれた漫画版を原作として日韓合作で実写映画化もされている。過去に、スタジオジブリ制作、押井守氏が監督でアニメ化企画が検討されていたこともあり、もし実現されていたら非常に面白かっただろうと思う。
「墨攻」のあとがきでは、「もう大分以前から、僕の頭の中では小説についての警報がいつも鳴っている」という書き出しで、酒見氏の中で「小説が本当にどうしようもなくつまらなく」なったという嘆き、小説という形式が面白くあってほしいという熱い思いが書き連ねられ、酒見氏が考える小説観の一端がうかがえた。飄々(ひょうひょう)としたところが魅力の酒見氏の作品のバックグラウンドには、文字だからこそ“なんでもあり”の姿勢で、小説をとにかく面白くしようというポリシーが根本にあることが分かった。
そんな酒見氏が小説でも自身のSFへの思い入れたっぷりに書いた、ややウェットな中編が「聖母の部隊」で、筆者は単行本のときに読んでガツンとやられたのを覚えている。文庫版のあとがきではSFへの思いが綴られ、最近面白かったSF作品として、小説ではなく18禁のPCアドベンチャーゲーム「この世の果てで恋を唄う少女YU-NO」を挙げていた。同作のゲームシステムがいかにSF的で面白いかを書いているのが酒見氏らしいなと思った。
「聖母の部隊」の文庫版では、前述の日本ファンタジーノベル大賞をきっかけにデビューした恩田陸氏が解説を寄せており、酒見氏の小説の軽やかさを称賛しながら、「彼の書くものは、どんなジャンルのものを書いても、小説らしい小説、酒見賢一の小説、にしかなり得ない」と評している。また、酒見氏の「秘めたる情念(?)が迸っている作品」として、「聖母の部隊」のほかに、エッセイ「まんが叩き台」を挙げている。「小説すばる」で不定期連載された漫画に関するエッセイ「まんが叩き台」は、ある理由で書籍化のハードルがやや高いと思われるが(その理由はエッセイ中に書かれている)、没後に世に出すべき未単行本化作品の筆頭候補だと思うので、関係者の方にはぜひ実現させていただきたい。酒見氏による漫画へのラブレターとも言える同エッセイのテイストは、現在も新刊で入手できる角川文庫の「火の鳥(4)鳳凰編」に寄せられた酒見氏の解説で味わうことができる。
酒見氏の作品をこれから読もうという方には、まずは「後宮小説」「墨攻」「聖母の部隊」のいずれかをお勧めしたい。3作ともそれほど長くなく、「後宮小説」はアニメ版、「墨攻」は漫画版から入るのも良いと思う。気に入ったら、孔子の弟子・顔回を主人公に22年の長期連載で書かれた大河小説「陋巷に在り」(全13巻)、「泣き虫弱虫諸葛孔明」(全5巻)にも手を伸ばしてほしい。
筆者は、吉川英治氏の「三国志」は途中で挫折して、光栄(現・コーエーテクモゲームス)のゲーム「三国志ll」PC88版と北方謙三氏の「三国志」(呂布が愛妻家として描かれている)ぐらいしか通っていない「三国志」初心者だが、「泣き虫~」は酒見氏の真骨頂と言える軽妙洒脱さ、古代中国への深い知識に基づいた新たな「三国志」像、「新世紀エヴァンゲリオン」を見た人には捧腹絶倒のあるセリフなど、特筆すべきところが多い。これまで「三国志」に触れていない方にこそ読んでほしい作品だ。
まだまだ酒見氏の作品が読みたかった。「聖母の部隊」のあとがきの最後には、ハードSF的なものを「いつかそのうちにやらんといけないな」とあったが、それを読むこともかなわない。残された作品を折にふれて読み返しつつ、酒見氏の小説がこれからも広く読み継がれていくことを望んでやまない。(「大阪保険医雑誌」24年1月号掲載/一部改稿)
編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
作品情報
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時は槐暦元年、素乾国の皇帝が亡くなった。当時、皇帝には大勢の妻がおり、宮殿の裏手にある後宮と呼ばれるところに住んでいた。が、皇帝の死とともに皇太后となる王妃を覗いて、すべての妻たちは後宮を出てい...
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