2024年5月6日(月)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第37回 アニメ「あの花」ファンに見てもらいたい実写ドラマ「いちばんすきな花」
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テレビアニメと同様に、日本の実写ドラマも何十本もの新作が毎クールごとに送りだされているが、筆者は実写ドラマを最近ほとんど見られていない。1話30分が基本のテレビアニメに対して、深夜ドラマをのぞく大半の実写ドラマは1時間なため、どうしても長く感じてしまうのと、作り手の方には申し訳ないが、海外ドラマや実写映画と比べるといろいろな部分でつくりが安く見えてしまうことが多いというのが主な理由だ。後者については、普段アニメを見ない人がテレビアニメを見て感じることと同じはずなので、慣れの問題だとは思うのだけれど。
そんな筆者が久々に最後まで見て感銘をうけた実写ドラマが「いちばんすきな花」だった(2023年10~12月にフジテレビで全11話放送)。新進脚本家の生方美久氏によるオリジナル連続ドラマ第2弾で、第1弾の「silent」で脚本家の名前を覚えて、放送前から見るのを楽しみにしていた。
脚本家の才能に惚れこむ
22年に放送された「silent」は、川口春奈氏、目黒蓮氏(Snow Man)、鈴鹿央士氏主演による三角関係のラブストーリー。同年10月クールのTVerの再生数が民放全ドラマのなかで歴代最高となるヒットを記録した。高校卒業後に若年発症型両側性感音難聴のため耳がほとんど聴こえなくなり、耳が聴こえていたときの人間関係を恋人もふくめてリセットした人物を目黒氏が好演している。筆者は恋愛ものの物語への関心が薄く普段ほとんど見ないが、Facebookで知り合いが「セリフがすごい」と絶賛していて、そんなに面白いのかと22年12月の集中再放送のときに見た。聴覚に障害のある人をモチーフにした国内ドラマは、酒井法子氏主演の「星の金貨」(1995年放送)ぐらいの記憶しかなかった筆者にとって、おそらく丹念な取材によって掘りさげられた聴覚障害をもつ人のリアルな心情部分と、恋愛ものとしては3話ぐらいで話が終わってしまっているピーキーな構成に魅了された。
新進脚本家の生方氏を「silent」で初の連続ドラマの書き手として抜てきしたのは、フジテレビの村瀬健プロデューサーだった。同社の「ヤングシナリオ大賞」で大賞を受賞した生方氏に、コンクール以外の脚本を書いていないにも関わらず全話の脚本執筆を託し、「silent」のシナリオ本収録の生方氏との対談インタビューでは、生方氏のデビュー作である本作の脚本はぜひ書籍にしたかったとまで語っている。脚本集は昨今売れず、最近はリライトしたノベライズ本として出版されていることも多いなかで、プロデューサーがここまで脚本家の才能に惚れこみ、シナリオ集のことまで気にかけているのは良い話だなと心に残った。
村瀬プロデューサーの書籍「巻き込む力がヒットを創る “想い”で動かす仕事術」には「silent」の社内向け企画書が掲載され、企画の成り立ちが詳細に振り返られている。小文字のアルファベットだと分かりにくいからとタイトルが「サイレント」になりかけたこともあったそうだ。
“少数派の気持ち”を言語化
「silent」に続いて制作された「いちばんすきな花」は、村瀬プロデューサーからの「男女の間で友情は成立するか」というお題に脚本家の生方氏がこたえるかたちで、男女4人の物語が描かれている。結婚間近だった交際相手の男友達に彼女を奪われた男性、親友だった男友達と彼の結婚を機に会えなくなった女性、その美貌ゆえ男性と友達になる前に異性として見られてしまうことに悩んでいる女性、気さくで友達が多い好人物だと思われているが上っ面の“友達”だけが多い男性、そんな男女4人が偶然出会い、ひとつの場所でそれぞれの思いを語りあいながら交流する。
ざっくり言うと他人同士のホームドラマという感じで、はたから見るとちょっと面倒くさい、この考え方だと生きづらそうだなと思える男女4人が思い悩んでいることが毎話で描かれ、例えばゴミ袋が入っている袋をゴミ袋として使うか否かということが重要なモチーフとして登場する。ほんのささいな、でも気にする人にとってはとても大切なことにスポットがあてられ、普通のドラマだったら善としそうな、例えば「友達が多いのは良いことだ」「みんなで集まったほうが楽しい」という考え方に、それだけが正解ではないと物申すかのような物語が展開される。世間的にはマイノリティな考え方だと思われているが、おそらく多くの人が共感するであろう“少数派の気持ち”がドラマのなかで丁寧にすくいあげられ、見事に言語化されている。動画配信サイト「FOD」で1~3話を無料で見ることができるので、興味のある方はぜひ見ていただきたい(https://fod.fujitv.co.jp/title/70jl/)。
脚本家の仕事と個性
「いちばんすきな花」と、オリジナルテレビアニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(通称「あの花」/2011年放送)には共通点が多く感じられる。
良い意味でアクが強く“ちょっと変な物語”であるところ、現在の姿と幼少期の姿をクロスオーバーさせた作劇でキャラクターの心情を描くところ、「あの花」に「あなる」という愛称のキャラクターがいるような独特のワードセンス、そして何より、「いちばんすきな花」では生方氏、「あの花」では岡田麿里氏の脚本が作品の大きな個性につながっている。岡田氏は近年のオリジナルアニメ作品のなかで、脚本家の個性によって作品のカラーが決まっていると筆者が感じる数少ないクリエイターで、監督・脚本作品の「さよならの朝に約束の花をかざろう」「アリスとテレスのまぼろし工場」でも“岡田印”とも言うべき個性が際立って感じられる。
アニメにおける脚本家の仕事を正確に把握するには、脚本、絵コンテ、アフレコ台本、完成した映像を見比べなければならない。これは、あるアニメ脚本家の方の発言をまた聞きしたものだが、例えば本編中のあるセリフが素晴らしかったとして、そのセリフは実は絵コンテで監督が追加したものだったり、アフレコ時にアドリブで足されたものだったりするかもしれない。だから、それぞれの過程を確認しなければいけないというもので、その基準でいうと岡田氏の脚本は書籍としては刊行されていないため、厳密には脚本を担当した作品のどこまでが岡田氏の仕事によるものかを語ることはできない。けれど、一連の作品を見るかぎり状況証拠として、岡田氏の脚本による個性が作品を大きくかたちづくっていると言っていいだろう。
脚本家を目当てに作品を見るファンは、アニメよりも実写ドラマのほうが多いように思う。「絵」で描くアニメの場合、キャラクターや世界観の設定、絵コンテを描く監督や演出家の仕事が大事になってくるという事情もあって一概に言いきることはできないが、「いちばんすきな花」のような作品に触れると、脚本家の個性が大きく発揮された作品が見られることが実写ドラマの醍醐味のひとつなのかなと思う。(「大阪保険医雑誌」24年2月号掲載/一部改稿)
編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
作品情報
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縦糸は流れ行く月日。横糸は人のなりわい。人里離れた土地に住み、ヒビオルと呼ばれる布に日々の出来事を織り込みながら静かに暮らすイオルフの民。10 代半ばで外見の成長が止まり数百年の寿命を持つ彼らは...
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