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特集・コラム 2024年6月22日(土)19:00

【編集Gのサブカル本棚】第38回 「村上隆 もののけ 京都」展と伊藤若冲の模写

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京都市京セラ美術館で2月3日に開幕した「村上隆 もののけ 京都」展を見るため、2月8日に日帰りで京都に行ってきた。国内で行われる村上氏の個展は、2015~16年に東京・六本木ヒルズの森美術館で開催された「村上隆の五百羅漢図展」から約8年半ぶり。新作中心の展示で9月1日まで開催中だ。
 村上氏は個展の宣伝もかねて自身のYouTubeチャンネルを1月に開設し、投稿動画のなかで「もののけ 京都」展がどのような仕組みで成立しているのか、お金のこともふくめて率直に話している。今回の個展で新作が多いのは、アーティストとして脂がのっている村上氏が意識して作品を多く制作したというだけでなく、莫大な金額がついている村上氏の過去作品は、海外から日本にもってくるには専門業者による輸送費や保険代が多額になるから沢山は展示できないという予算的な事情もあったそうだ。

大企業や新聞社などによるメセナ活動の一環だった美術展も、最近は無尽蔵にお金がでるわけではなく、個展の成立にどうしても足りなかった資金をまかなうため、京都市へのふるさと納税も活用されている。返礼品として全12種類のトレーディングカードがランダムに封入されたカードパックが付けられ、プランの最高金額は10億円(!)。2月2日時点で3億円を超える寄付が集まった。
 そして、展覧会の来場者先着5万人には、ふるさと納税とは異なるバージョンの限定トレーディングカードが配布された。このカード目当てに徹夜で美術館に並ぶ来場者が続出し、開幕からわずか4日でカードの配布は終了。転売されたカードのなかには20万円を超える価格で取り引きされたものもあったという。

村上隆はオタクの敵?

ここまで読んで、転売ふくめてお金の話ばかりだとうんざりした方もいるかもしれない。実際、今回のことで村上氏は金儲けをしている、だから嫌いなんだとあらためて思った人も多いと思う。村上氏自身もYouTubeの動画で自分は日本では嫌われているからと話し、過去の取材などで自分はオタクの敵だと思われていると事あるごとに口にしている。
 筆者が知る範囲で村上氏がヒール的に描かれたのは、アートを題材にした漫画「ギャラリーフェイク」(作:細野不二彦)に、村上氏をモデルにしたような人物に対して主人公が、「日本のオタクが営々と積み重ね育ててきた文化のうわずみ(※「うわずみ」に傍点)を、かすめとったにすぎない!」「ありていに言えば、“パクリ屋”」と激しく非難するエピソード(単行本22巻に収録)があったのと、テレビアニメ「フラクタル」の7話で村上氏をモデルにしたキャラクターが登場したのが印象的だ。もっとも後者は、監督した山本寛氏の意図としては「悪意ではなく寧ろ村上さんへの敬意、オマージュのつもり」だったそうで、該当話数の放送前に山本氏から村上氏にDMで報告もされている。
 村上氏が本当に国内で嫌われていたら今回のような個展は開かれないはずだし、嫌ったり敵だと思ったりするのは、アンチ巨人のように関心の裏返しでもあると思うので、村上氏が感じられているよりは好かれているのではないか。むしろアート分野に興味のないオタクは村上氏に無関心(こちらのほうが村上氏にとって厳しいはず)にも思えるので、「自分は日本では嫌われている。オタクの敵だと思われている」と村上氏自身が思いこむことで何かを奮い立たせているのではないか……と穿った見方もしてしまう。そんな、ちょっとめんどくさくみえるところも筆者は好感をもって見ていて、平日に有休をとって東京から京都まで個展に行くぐらいにはファンでもある。

芸術を実業と捉える

今回の個展では作品とあわせて、読めないぐらい小さな文字で書かれたパネルも展示され、自作の解説や作品が未完成であることの“言い訳”などが書かれている。初期の頃から自分の作品を購入してくれているコレクターが、こんな絵がほしいと過去の村上作品を雑多にコラージュした発注図案をフォトショップで作ってきて、作家としては意味不明になっていると思いながらも、これも面白いのではないかと作品にしあげたなんて制作裏話も書かれている。
 個人的にうれしかったのは、村上氏が自身のアニメスタジオで制作中のテレビアニメ「6HP(シックスハートプリンセス)」のキャラクターを描いた新作絵画(「メガミマガジン」に載っていてもおかしくない、ちょっとHな版権イラスト風)があったことで、19年放送の第7話を最後に音沙汰がない同作の続きが、いずれ見られるかもしれないと楽しみになった。
 村上氏が最近手がけたNFTアートのイラストや、03年にコンビニなどで販売された食玩のミニフィギアも展示されていた。「芸術起業論」という著書もある村上氏は芸術を実業と捉え、物作りとビジネスの両輪を手がけることで自身の芸術活動が世代を越えて生き残っていくことを目指していると折にふれて述べている。また、前述のYouTubeチャンネルでは、自分が死んだあとに作品を研究する人の参考になればと遺言的なことも口にしていて、自身の活動の意図などを言葉で残しておきたいという意志を強くもっているようだ。
 また、YouTubeチャンネルでテスト的に行ったライブ配信のなかでは、視聴者が配信者に多額の課金をすることが社会話題として取り沙汰されることもあるスパチャ(スーパーチャット)がどんなものか体験してみたいとも話し、「大金が動く=人の心が動く」ことを貪欲に吸収したいという姿勢もうかがえた。ふるさと納税やトレーディングカードの活用もそうした興味の発露の結果で、露悪的に世間をざわつかせつつ実(じつ)も採り、それらをひっくるめて自身の芸術活動にしているところが面白いなと思っている。

伊藤若冲の模写に感銘

会場の京都市京セラ美術館の2階では、地元の美大・短大の卒業制作展も行われていて、折角なのでこちらも見てきた(すでに終了)。今の学生がアート作品をつくると世代的にオタク的な要素が入るのは自然なことで、両者に失礼な感想かもしれないが、オタク的な文脈を作品に昇華する手腕は村上氏の作品と比べると全然違うなというのが正直な感想だった。
 そのなかで、村上氏の作品と同じぐらい感銘をうけたのが伊藤若冲の動植綵絵を模写した作品2点(描き手はそれぞれ別)だった。若冲が生きた江戸時代当時の技法を研究・再現して描かれた精緻な模写には静かな情熱が感じられ、ガラスごしにしか見ることが叶わない国宝の動植綵絵を模写とはいえ間近に見られる感動があった。ものまね芸人による絶品の芸に心打たれるような感覚があって、アートで大切だと考えられがちなオリジナリティなどなくても、ここまで人の心を動かすことができるのだなという個人的な発見があったことも記しておきたい。(「大阪保険医雑誌」24年3月号掲載/一部改稿)

五所 光太郎

編集Gのサブカル本棚

[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ)
映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。

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