2025年3月29日(土)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第46回 「引く演出」と「きみの色」

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あるアニメ監督の方に取材をしているとき、最近の演出は押すことよりも引くことが求められているのではないかという話が余談的に出た。何かを押しつけるような見せ方ではなく、作品を見てどう感じるのかを視聴者自身が決められるような作品が今の時代には合っている。なるほど、そうかもしれないとハッとさせられ、「引く演出」という言葉から自分なりに色々考えることがあった。
対立や葛藤が希薄な「きみの色」
取材のときには「引く演出」の例として、NHKの「ドキュメント72時間」など具体的なドキュメンタリー作品が挙げられた。ドキュメンタリーやノンフィクション番組のなかには結論ありきで撮影・編集が行われたようなものが今も多く見受けられるなか、「引く演出」のドキュメンタリー作品では作り手の意図を全面に押しださず、状況を見せることで見る人が何を感じるかを委ねる部分が大きい。かと言ってなんの作為もないわけではなく、その状況の作り方を含めて作り手の意図はある程度こめられている。近年のバラエティ番組で華やかなドッキリ番組などもこれに近い発想で作られていて、制作側が意図した状況下で対象者がどうリアクションするかの偶発性を楽しむ。作りこんだものを見せて「これを笑ってください」と押しつけるのではなく、特定の状況で起きたハプニングを見せるのも「引く演出」なのかもしれないと思った。
取材をしたあるアニメ監督の方は、フィクションかつ、実写のように偶発的なことの起こることがほぼないアニメ作りで、映像には直接反映されない部分もあえて大量に準備し、それらを捨てることで「引く演出」を実現しようと試行錯誤していると話していた。その作り方とは違うかもしれないが、筆者が「引く演出」と聞いてまず思い浮かべたのは、昨年8月に公開された劇場アニメ「きみの色」だった。
「けいおん!」「映画 聲の形」などで知られる山田尚子監督の最新作である「きみの色」は、原作のないオリジナル。人のことを「色」として見える少女が、それぞれの悩みを抱える同年代の男女と出会い、3人で音楽を奏でることで心を通わせていく様子が描かれた。くわしくはぜひ本編を見ていただきたいが、筆者は同作を見たときに楽しみはしたものの、やや当惑したというか、なんだかよく分からなかったというのが正直な感想だった。バンドを組んで映画の最後では演奏を披露することになる主要キャラクターたちが、なぜこんなにも悩んでいるのかがよく理解できなかったのだ。
ハリウッドの脚本術などでよく語られる三幕構成では、最初にこの作品は誰がどんなことをするストーリーなのかが提示され、その後、主人公が目的を達成するための対立や葛藤が描かれ、最終的にその対立や葛藤が何かしらのかたちで解決されるとある。これは約2時間という限られた尺のなかで、誰が見ても物語を理解しやすくするためのひとつの作法だが、「きみの色」の全体の流れは三幕構成に則っているものの、それぞれの要素が非常に希薄だと筆者には感じられた。3人の少年少女が何かに悩んでいることは分かるものの、それを分かりやすく描くようなことはせず、3人の間に芽生える友情や恋愛感情めいた要素も、誰が見ても納得するようには描かれていないように見えた。
では、「きみの色」が面白くないかと言うとまったくそうではない。映像的な見ごたえは屈指のもので、「リズと青い鳥」まで山田監督の長編を手がけていた京都アニメーションからサイエンスSARUに制作会社が変わっても、キャラクターを繊細に描く演出は健在だった。料理に例えると、極上の出汁や食材で作られたものであることは分かるが、筆者には高級すぎて何の味か分からなかったということなのかもしれない。
あえて言葉にせず描く
公式サイトに掲載されている山田監督による同作の企画書や各メディアでのインタビューを読むと、「きみの色」は高校生を中心にした今の思春期の若者が直面している社会的な抑圧の強さを背景に作られていることが分かる。空気を読む・読まないから更に細分化された、社会的に配慮すべき沢山のことを無意識に処理しながら内面のバランスもとらなければいけない、表面張力ギリギリのところにいる今の若者に「『好きなものは好き』といえるつよさを描いていけたら」と企画書にはあり、他のインタビューでは見る人に極力ストレスを与えないように意識したということも語られていた。
また、山田監督はインタビューなどで、キャラクターを邪魔しないような描き方をしたいと折にふれて語っている。キャラクターが嫌がるであろう角度からは撮らず、彼女彼らが生きている様子を側からそっと見守るように物語を紡いでいく。登場人物の内面にずかずか入りこむような描き方はしないということで、「きみの色」ではそうした態度がこれまでの作品以上に強く押し出されている。そして、表にあらわれない部分は作品のテーマでもある「色」で表現することで、見る人自身に感じてもらう。本作が深く刺さっている人は、そうした表面にはあらわれていない部分が深く感じとれたのだと思う。
思い返せば、筆者が大学受験に失敗して浪人生活をおくっているときや大学卒業直後に無職だった頃は、世間から切り離されたような思いだった。今はその頃以上にレールから外れる怖さや、レールそのものが壊れてしまいそうな不安定さがあることは想像でき、そうした目で「きみの色」の登場人物たちを見ると、ちょっと見方が変わってくる。時間が経てばそのほとんどが杞憂となり、どんな年代でも生きていればなんとでもなると今は思うのだけれど、そう思えないのが思春期の特徴のひとつなのかもしれない。
年齢を重ねると聴こえなくなるモスキート音のような思春期の葛藤をあえて言葉にはせず、映像や音楽を駆使したムードとして描くことで見る人に感じてもらう。色々な要素を足していく「押す演出」とは対極にある作り方だが、これは大変な制作カロリーがかかることでもある。前述の料理の例えで言えば、安い食材や、まったく手のかかっていない献立を薄味にして食材の良さを引き出していますと言われても、ただ味がしないだけになってしまうわけで、実際他の作品でそんな風に感じてしまうこともある。ご飯にマヨネーズをかけるようなジャンク飯にしかない美味しさもあるはずで、特にテレビアニメの分野ではそうした作り方が本来は合っているようにも思う。(「大阪保険医雑誌」24年12月号掲載/一部改稿)

編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
作品情報
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わたしが惹かれるのは、あなたの「色」。高校生のトツ子は、人が「色」で見える。嬉しい色、楽しい色、穏やかな色。そして、自分の好きな色。そんなトツ子は、同じ学校に通っていた美しい色を放つ少女・きみと...

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