2025年6月14日(土)19:00
【編集Gのサブカル本棚】第49回 「クロノ・トリガー」テストプレイの思い出とゲーム体験の世代差

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スーパーファミコンのRPG「クロノ・トリガー」が今年3月に発売30周年をむかえた。「ドラゴンクエスト」(以下「DQ」)のエニックスと「ファイナルファンタジー」(以下「FF」)のスクウェアが大作RPGの雄としてしのぎを削るなか、良きライバル関係にあった「DQ」の堀井雄二氏と「FF」の坂口博信氏、そして「DQ」のキャラクターデザインを手がける漫画家の鳥山明氏の3氏がタッグを組んで贈るドリームプロジェクトと銘打たれて1995年3月にスクウェアから発売された。両社が2003年に合併して現在のスクウェア・エニックスになる8年前の話で、合併から20年以上経つ今となってはピンとこないかもしれないが、当時は文字通り夢の企画だった。
メイン作曲家に抜てきされた光田康典氏の素晴らしい楽曲とあわせ、30年経った今も多くのファンのあいだで名作RPGとして語り継がれ、個人的にも「クロノ・トリガー」をベストゲームのひとつとして挙げたい。
引き算の要素と遊び心
主人公は、「DQ」の堀井氏らしい自分からは言葉を発さないの少年クロノ。王妃の身分を隠したおてんば娘のマール、父がメカニックで機械に強いルッカ、未来世界に放置されていたロボットのロボ、ある理由で蛙の姿に変えられたカエル、原始時代に生きるパワフルな女性エイラなど、クロノの仲間たちも鳥山氏のデザインも相まって個性豊かで親しみやすいキャラクターばかりだ。クロノらが仲間たちと力をあわせ、原始、古代、中世、現代、未来と時空を越えながら世界を救う物語が紡がれる。
「クロノ・トリガー」が発売される前年の94年には次世代機としてセガサターンとプレイステーション(初代)が発売されており、本作はスーパーファミコン末期のタイトルでもある。「FF」のほか「ロマンシング・サガ」「聖剣伝説」シリーズなどのRPGを多く開発した当時のスクウェアにとって、スーパーファミコン時代の集大成のひとつが「クロノ・トリガー」と「FF6」(94年発売)だった。スーパーファミコン屈指のグラフィックで映画的な群像劇を描いた全部盛りの「FF6」に対し、「クロノ・トリガー」は「DQ」的な引き算の要素と遊び心があって、良い意味でスクウェアのRPGらしくないところが魅力でもあった。グラフィックも「ドラゴンボール」で知られる鳥山氏の世界観を再現することに注力され、映画的というより漫画的な表現に振られている。主人公の行動によって有罪か無罪かが決まる王国裁判のイベント、中盤からいつでもラスボスと戦うことができる自由度、一度クリアしたらクリア時のステータスのまま最初からプレイし直せる「強くてニューゲーム」の仕様など、当時としては画期的なアイデアが多数盛りこまれていた。ゲームの途中経過を保存するセーブ画面に、ストーリーの進行状況にあわせた章タイトルが表記されるのも素晴らしかった。
テストプレイの思い出
「クロノ・トリガー」に特に思い入れがあるのは、発売直前の94年12月に同作のテストプレイのアルバイトをしたからでもある。スクウェアが主催した「FF6」のイベントに参加したさいアンケートに答えたのがきっかけで、同年の秋頃に往復ハガキでアルバイトの案内がきた。大学受験の浪人中だった筆者にとってセンター試験(現・共通テスト)直前の大事な時期だったが、大好きなスクウェアのゲームをいち早くプレイできる魅力には抗えなかった。時給はたしか800~900円ぐらい。タイトルを伏せて2種類のゲームのどちらかのモニターを募集する内容で、もう片方がシミュレーションRPGの「フロントミッション」だった。
予備校の自習室で勉強したあと電車で1時間ぐらいかけて恵比寿の雑居ビルに向かうと、広い一室の長机にテレビとゲーム機、プレイの様子を録画するビデオがずらっと並んでいた。約2週間通って1日数時間、開発途中のゲームをプレイし、毎回フォーマットに則ったレポートを提出するのが主な仕事だった。レポートには、中ボスを倒したときのレベルと難易度がどうだったかの感想、分かりづらかったりバグと思われたりした箇所を指摘する項目などがあり、バイト期間中に自分が指摘したところが改善されているのを発見したときは嬉しかった記憶がある。筆者はただただ楽しくプレイしていただけだったが、「良いバグ」を発見した優秀な人が途中でピックアップされて別室に移動したこともあった。
テストプレイのときは、何度か最初からプレイすることを指示されながら、終盤の古代パートまで遊ぶことができた。製品版との違いとして、未来の工場で戦うボス・Rシリーズ6体の色が開発版では異なっていたのと、魔王との因縁が描かれるカエルの回想イベントで「サイラスパンチ」の場面があったと記憶している。後者は開発の途中まで存在した幻のシーンとして、たしか「Vジャンプ」編集のムックにこぼれ話として掲載されていたと思う。
バイト期間中は、これが失敗したらあとがないと思っていた二度目の大学受験をひかえた焦燥感と、そんな時期にゲームをしている罪悪感と背徳感、「クロノ・トリガー」の途方もない面白さに夢中になる高揚感がないまぜになっていた。今でも本作のタイトル画面の音楽を聴くと当時のことを思い出してしまう。
制約から生まれる面白さ
「クロノ・トリガー」は現在Steamやスマホで移植版をプレイすることができる。未プレイの方にはぜひ遊んでいただきたいが、不朽の名作だからぜひと強くは勧められない。スーパーファミコンをリアルタイムで経験していないゲームファンには古く感じるところが多々あるだろうし、筆者のプレイ経験はノスタルジーをふくめた“思い出補正”が多く乗っていることを自覚しているからだ。小説、漫画、音楽、映画などにも同様の世代差は存在するが、特にゲームは技術の大幅な進化によってグラフィックや音楽をふくめた体験そのものが大きく違ってくるため、他のメディアと比べてその差が激しい。
ただ、制約だらけだったスーパーファミコンの性能で新しいRPGを作ろうとしたパッションやチャレンジ精神の片鱗は、今プレイしても感じられるのではないかと思っている。「クロノ・トリガー」と同時期に発売された「FF6」にはオペラ劇場を舞台にしたイベントがあって、同時に8音までしか鳴らすことができないスーパーファミコンの音源でオペラの舞台劇が描かれた。今の最新ハードならば、実際にオペラを収録した音源で、演者の動きもモーションキャプチャーで再現することが可能だろうが、おそらくそれでは「FF6」のオペラシーンの衝撃や面白さは超えられない。制約があったからこそ生まれた名シーンなのだ。
学生時代ほどの情熱をもって今もゲームに向きあえているわけではないけれど、最新ハードのゲームでもそうした体験ができたらいいなと思いながら今も細々とゲームをプレイし続けている。(「大阪保険医雑誌」25年3月号掲載/一部改稿)

編集Gのサブカル本棚
[筆者紹介]
五所 光太郎(ゴショ コウタロウ) 映画.com「アニメハック」編集部員。1975年生まれ、埼玉県出身。1990年代に太田出版やデータハウスなどから出版されたサブカル本が大好き。個人的に、SF作家・式貴士の研究サイト「虹星人」を運営しています。
作品情報
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魔物も人間も、深刻な水不足にあえぐ砂漠の国・サンドランド。国民は国王が販売する高価な水だけを頼りに生活をしていた。正義感に溢れる人間の保安官・ラオは「幻の泉」を探す旅に出ることを決意し、魔物たち...

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