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特集・コラム 2023年8月24日(木)19:00

【神風動画20周年コラム―肺魚―】#01 ひとりから3人へ

アニメ「ジョジョの奇妙な冒険」のオープニング、「ポプテピピック」「ニンジャバットマン」などで知られる神風動画は今年で創立20周年。20周年企画の一環として、同社代表の水﨑淳平氏によるコラムがスタートします(隔月連載・全6回予定)。
 第1回は、水﨑氏が京都市で個人事業として活動をスタートさせた頃を振り返りながら、神風動画の創設メンバーである桟敷大祐氏、森田修平氏(現・YAMATOWORKS代表)との出会いが私小説風につづられています。掲載イラストは、桟敷氏による描きおろしです。(アニメハック編集部)


1998年秋。
 碁盤の目と呼ばれる京都の道路。横に走る四条通沿い、縦に走るは烏丸通と堀川通の中間あたりに“京染会館”があった。
 水﨑はその4階の1室を間借りしていた。正確に言うとこの部屋を借りている知人の小さな事務所の一角を使わせてもらっている状況だった。

この日は、WEBサイトで募集をかけてみた「パソコンで絵を描く仕事のアルバイト」の面接予定で、14時になれば2人の学生が訪れる予定である。
 ちょうどこの時期、大阪のゲーム制作会社で開発中のタイトルでの背景ステージのCGグラフィックスの制作を依頼されており、一人で出来る量では無かったためチーム編成が必要だなとなり、初めてのアルバイト募集をかけていた。
 まだWEBエントリーというものが試験的な時代だったが、一角を間借りさせてもらっている知人のTさんはIT系ベンチャーに繋がりが強く、とあるWEB求人を使ってみないか? と勧められて登録してみたのだった。
 この知人のTさんは、水﨑が学生の頃にアルバイトをしていた、京都で最初のインターネットカフェでシステムを管理していた方だった。繋がりはしばらく続き、間借りに関して誘ってくださったのもこのTさんである。
 WEB求人はまだ試験的なもののため無料、求人数を上げたいというのもあったのだろう。そして登録して1週間もしないうちに2名から応募があった。当時としては珍しかったWEB求人に反応する人というのはアンテナの張り方が新しいタイプなのだろうと見込んでいる部分もあり、書類審査もそこそこに実際に面接をしてみることになった。
 応募してきたのはまだ大学在籍中の2名、一人は2回生、もう一人は1回生だった。学生の名前は桟敷くんと森田くん。のちに25年を超える付き合いになることはこの段階では想像できていなかった。

募集内容の「パソコンで絵を描く仕事」からイメージしている仕事場とは程遠いイメージのこの場所で、面接に来る2人の学生はどんな反応をするのだろう。
 ここ京染会館は友禅の工人の組合が発祥となった京染組合により昭和12年(1937年)に建造した建物で、まもなく2000年を迎えようとしているこの時点では築60年のち染みついた匂いが強く残っている。執筆している今でも京染会館の匂いは鮮明に記憶している。
 間借りをしていた部屋は京染会館の南東に位置した扇型の間取りで、カーブを描いた窓側の場所を水﨑は使わせてもらっている。
 カーブに合わせた扇型の大きなテーブルをオーダーメイドして使っていたが、のちにこのテーブルの処分に非常に困ることになる。このようにその場の雰囲気を最優先してしまうのは若さのためか、元々そのような性格だったのか、今となっては後者だったことは嫌というほど思い知った。

仕事場のデスクに置かれていたのは1台のWindowsマシンとSONYのDSR-20、いわゆるDVCAMのデッキである。
 80年代後半~90年代前半の3DCGのマシンといえばSilicon Graphicsだったがエントリーレベルの“O2”というクラスでも250〜400万はしていた。しかし90年代後半になってWindowsが高機能のグラフィックボードを搭載し、導入価格の差などもありこの頃から勢力図が変わりつつあった。
 実際、水﨑もフリーランスを始めるにあたり“国民金融公庫”で個人事業の運転資金を調達する際に記載した見積もりは、Silicon Graphicsマシンと3DCGソフト“Alias Power Animator”を導入するための400万円という内容だった。ちなみにこの3DCGソフトはその後“MAYA”という名前に変わる。
 しかし審査は満額には至らず、その8分の1の50万という融資額だった。実績がゼロのフリーランスへの審査結果としては当然だろう。国民金融公庫はいい仕事をしたと今となっては思う。
 もちろん50万と手元の20万を合わせてもSilicon Graphicsマシンや3DCGソフトは買えない。しかしそこでまた間借り先の知人Tさんからアドバイスをいただく。これからは3DCGはWindowsに移行していくだろうということだった。Silicon Graphicsの時代は終わると。

さっそく紹介してもらった知人のさらに知人に会い、自分が3DCGで何がしたいのかなどを伝え、Windowsマシンを組んでもらった。3DCGソフトは“LightWave3D”をお勧めされた。このソフトとも25年を超える運命を共にすることとなる。
 LightWave3Dはコモドール社の個性的なPC、Amiga上のVideoToasterというボードにバンドルされていた3DCGソフトだ。関西のショップで動いているのを触ったことがあり馴染みはあった。このVideoToasterもAmigaからWindowsベースへと形を変え、今はトライキャスターという名前で今も神風動画の配信などで稼働している。
 WindowsとLightWave3Dを購入した時点でも融資の50万で十分であり、手元で用意した20万でDVCAMを購入した。Windowsに取り付けてもらったDV出力・キャプチャーボードに繋げば、作った映像をDVminiのテープに残せるのだ。

まだMP4のような圧縮のなかった当時の映像データは非常に容量が大きく、内部のHDDはすぐにいっぱいになってしまうので、デジタル形式のDVテープで出力することで劣化なく残せるのは大きかった。
 それ以上に、好きな映画などをDVCAMのテープに取り込んでおけば、ジョグダイヤルで1コマ1コマじっくり観ることができ、これで「AKIRA」や「EXTRA」、「ロボットカーニバル」、「MEMORIES」を何度も何度もコマ送りで観た。
 特に「AKIRA」は最初から最後までジョグダイヤルをゆっくり回して1コマ1コマ研究し、セルのパカだったりブックのずれ、序盤のジョーカー部下がバイクで細い路地ゴミの中に突っ込むシーンで隠してあった人の生首などのイースターエッグも見つけた。
 とにかくお気に入りのアニメを1コマずつ細かく観ていく作業が楽しかった。

イラスト:桟敷大祐

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アルバイト面接の2人がくる14時になった。まだ法人化前の個人事業であり、堅苦しくならないよう応募してきた2人には同時に声をかけてあった。
 まず先に着慣れていなさそうなブカブカのスーツ姿で現れたのは現在大学2回生の桟敷くんだった。緊張しているのでずっと黙っている。きっと真面目なのだろう。
 もう一人の森田くんが時間になっても来ないので、先に桟敷くんの作品を見せてもらうことにする。高校生の頃に受験勉強の練習で描いたらしい鉛筆デッサンだった。桟敷くんは美術・芸術系大学へは進学せず、作品らしきものは受験用デッサンだけだった。そしてめちゃくちゃ上手かった。
 自分も高校生の頃に画塾に通ってデッサンで大学受験をしたが、桟敷くんのデッサンは繊細で柔らかさもあり、そしてちょっと個性的だった。
 印象に残っていたのは大根のデッサンで、受験対策では「手前のもののタッチは強く、奥は弱く、遠近感を出しましょう」に倣って描くものだが、桟敷くんの大根デッサンは手前の根っこの部分の描き込みはやたらあっさりしていて、奥の葉っぱが水々しく描き込まれ、とても新鮮さが表現されていた。
 「なぜ奥の葉っぱの方が強いタッチなの?」と桟敷くんに聞くと、「葉っぱが描きたかったからです」との返事。なんて面白い人なんだろう。受験のデッサンのセオリーを超えて、葉っぱが描きたかったというこういう多様性が水﨑は大好きだった。自分と重なる部分があるのだろう。
 すぐにでも採用したかったが、「こんな場所で、実績もないチームに加わることのリスクは感じないか?」とちゃんと聞いておきたかったので、桟敷くんからの返答は持ち帰ってもらうことにした。

イラスト:桟敷大祐

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緊張も解け雑談なども話し尽くし、時計は15時を示していた。
 「本当はもう一人も来るはずだったんだけどね」と話しているとちょうど、もう一人の面接者が入ってきた。森田くんだ。
 「よろしくお願いしまーす!」いかにも陽キャだ。真面目で物静かな桟敷くんと1時間ほど接していたギャップもあったのか、森田くんからは元気さが伝わってくるが、1時間の遅刻を気にかけていない様子が少し気になった。
 水﨑「面接は14時なのですが、こちらで伝え間違ったりしてました?」と確認する。こういう時は“自分が何か間違ったのかもしれない、何かわけがあるのかもしれない”と考えるタイプなのでそのように聞く習慣がある。しかし森田伝説はここから始まる。
 「あ! 14時って2時の事か…」つぶやいたその言葉を水﨑は聞き逃さなかった。森田くんの中では14時は午後3時だったのか? この子は面白いぞ、今日はなんて面白い2人が来たんだ!
 この後の森田くんの面接では、好きな作品がジブリ初期だったり、「AKIRA」だったりと水﨑と波長が合う上に、映像全般への関心と吸収力の高さ、コミュニケーション能力の高さに驚かされる。後に2人から聞いた話だが、それぞれ「あ、自分は面接落ちたな」と思ったらしい。
 桟敷くんは、森田くんの映像への知識とコミュニケーション力。森田くんは、自分が面接に1時間遅刻したことと、桟敷くんの画力にそれぞれ打ちのめされたそうだ。

真面目さで固められたこの世紀末社会で、本来であれば“非常識”として除外されてしまうであろうこの2人のような人物からも、また普通ではない面白さが生まれる可能性があるのではないか? そう感じた水﨑は、桟敷くんと森田くんを最初の仲間として、まずはアルバイト採用した。
 あえて誰も生息しない濁った水際に住み、足りない酸素は陸上から直接吸うことで肺を発達させた“肺魚”のように。いずれ陸上に上がる最初の生物の祖先のように、前例のないチームが生まれることに期待を込めて。

水﨑 淳平

神風動画20周年コラム―肺魚―

[筆者紹介]
水﨑 淳平(ミズサキ ジュンペイ)
クリエイティブプロデューサー。グラフィックデザイン・ゲーム・アニメーションなど多岐に渡る業界経験を元に、2003年有限会社神風動画を設立。スタイリッシュな映像センスと遊び心に溢れた作家性を武器に革新的な映像を生み出している。「ドラゴンクエスト IX 星空の守り人」やテレビアニメ「ジョジョの奇妙な冒険」OP、安室奈美恵やEXILEのMVなどの短編作品を経て、長編作品「ニンジャバットマン」が世界的に話題となる。

作品情報

ニンジャバットマン

ニンジャバットマン 4

現代の犯罪都市ゴッサムシティの悪党たちがタイムスリップし、群雄割拠する戦国時代の日本。戦国大名となった悪党たちがこのまま自由に暴れ続ければ、日本だけでなく世界の歴史すらも変わってしまう! 絶望的...

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