2021年5月20日(木)19:00
【前Qの「いいアニメを見にいこう」】第36回 「スーパーカブ」で日常系アニメの歴史に思いを馳せる
(C) Tone Koken,hiro/ベアモータース
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ひところ「日常系」なんて言葉がアニメファンの会話を賑わせたことがありましたが、最近はそんなでもないですよね。もちろん、今でもそうカテゴリー分けされるようなアニメは作られ続けていますが。
この言葉が強いインパクトを持ったのは、ごく大雑把にまとめるとこんな感じかと。戦争などの大状況を背景に、「愛とは、平和とは、人が生きるとは、一体どういうことなのだろうか?」と壮大なテーマを語る作品の方が高尚であり、優れているのだ……そんなものの見方は、今も昔も根強くあります。限界状況にこそ人間の本質があらわれるといった思想が、その根底にはあるんでしょう。それに対して、等身大の世界で描かれる穏やかなコミュニケーションにこそ人生の真実があると考える人がいます。日々の営みの中にある何気ない感情の動きを拾い上げることこそが、人間の本質をより深く描き出すということなのだ……と。どちらも一面の真実があると思いますけど、ともあれ、ある種の限界状況を本質とみなすような考えが、「新世紀エヴァンゲリオン」の大ヒットなんかもあって90年代後半から00年代の前半にかけて強まっていたところに、カウンターのようなかたちで、「日常系」という言葉が出てきたのだと私は理解しております、はい。
ちなみに濃いアニメファンの集まる飲み会で、「日常系アニメってのは00年代以降の新しい潮流ですよね〜どはははは」などとうっかりクチにしようものなら、「キミは『魔法のスター マジカルエミ 蝉時雨』のことをどう考えているのかな?」などとお叱りを受けるのは必至。日本のアニメにおける「日常」の描かれ方、そこに宿る思想、テーマ性みたいな話をちゃんとしようと思ったら、もう少し歴史を俯瞰して、他にも「アルプスの少女ハイジ」や「赤毛のアン」といった高畑勲監督の仕事や、「蝉時雨」もそのひとつとして繋がる、「タッチ」を筆頭とする80年代の重要な作品群、そこから京アニ作品や「のんのんびより」や「この世界の片隅に」などなど、あれやこれやの作品を参照してテーマを掘り下げねばならないのは間違いないことです。
今期放送中の「スーパーカブ」も、おそらく今後、アニメにおける「日常」というテーマを考えるうえで、そうした重要タイトルのひとつになると私は感じています。
主人公は、父を早くに亡くし、母親にも失踪され、天涯孤独の身の上になってしまった女子高校生の小熊。といっても、彼女自身に悲壮感はなく、奨学金で高校に通いながら、慎ましい一人暮らしを淡々と営んでいる。しかし、そんな彼女があるとき、ふと気づくのです。自分が「ないない尽くし」……お金はもちろんのこと、趣味も、やりたいことも、何も持っていないことに。そんなときに出会ったのが、タイトルにもなっているスーパーカブ。自転車通学で坂道を登る苦労を感じていた小熊は、ふと、校則で認められている原付での通学を思い立ちます。そして乗り手を3人殺している(!)という、いわくつきのスーパーカブを格安で購入するのですが、そこから波乱万丈のストーリーが始まったりはしません。まったくの初心者である小熊が、スーパーカブを少しずつ乗りこなすようになり、給油やオイル交換などの知識も少しずつ増やし、徒歩や自転車ではできなかったような遠出をしたり、運転できることを活かしたバイトをしたり、同じ女子高生のスーパーカブ仲間を作ったりする姿を、丁寧に描いていきます。ストーリーの展開もゆったりしていますし、映像的にも、抑えた色調で画面を統一し、スーパーカブの整備を始め、難しい日常芝居を丁寧に描き、ほんのちょっとした、何気ない日常の喜びの中でほころぶ小熊の表情をじっくりと捉える。劇伴もピアノを軸にしたオリジナルの劇伴と、クラシックの名曲で上品にまとまっています。
直接の影響関係という点では、「のんのんびより」や「ゆるキャン△」といった作品の系譜に位置づけられるのでしょうが、その一方で、さきほど「80年代の重要な作品群」と呼んだもの――「アニメスタイル」の小黒祐一郎さんが87年に「タッチ・シンドローム」と評した()ものの、隔世遺伝的な存在のようにも感じられる内容です。じんわりと心温まる思いで画面を眺めながら、ふと、そんなアニメ作品の織りなす歴史の織物に思いを馳せてしまうのでした。
前Qの「いいアニメを見に行こう」
[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ) 1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。
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