2022年3月24日(木)19:30
【前Qの「いいアニメを見にいこう」】第41回 「平家物語」の徳子について
(C)「平家物語」製作委員会
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物語の主人公は徳子だった。
今作の主人公は、琵琶法師のびわだ。避けられぬ未来と、死者の霊という過去の両方をその瞳に映すことのできる、ある年齢から肉体の成長を知らない永遠の少女。たしかに彼女は今作の語り手であり、作品の始まりから終わりまで、すべてのできごとを目撃する存在だ。しかし、であるがゆえに、彼女は物語を生きることはない。目撃し、語るだけだ。
物語を生きる、すなわち、その身で平家の栄枯盛衰を味わうのは、徳子である。権力の絶頂にあった時期に平家の娘として生まれ、何不自由なく育つものの、代わりに政略結婚の道具として扱われる。望まぬ結婚ではあったものの、やがてはその相手を愛し、子をもうける。しかし愛した男は、徳子が疎ましい平家の生まれであるという、どうにもできない理由で、別の女に安らぎを求める。徳子はその不貞に対して、怒り、哀しみ、嫉妬を覚えながらも、静かに受け入れ、許し、そして愛した男が病で先に逝くのを看取る。その死を待たずして、親からはさらなる政略結婚の計画を立てられ、自身だけではなく、遺された子供すらも政治の道具として扱われる。平家が没落のときを迎えれば、困窮した生活へと追いやられ、過酷な日々の中で、せめてこれだけは守ろうと強く決意したものすら、その手をすり抜け、海の藻屑と消えてしまう。
まさに「諸行無常」というほかない。
彼女は数限りない不幸を経験した。だが、生まれたときから飢えを知らず、蝶よ花よと育てられたのは、間違いない。第1話の冒頭、あっさりと平家に生命を踏みにじられる貧しい女とその家族がいる。その女の人生に、わずかでも徳子の絶頂期ほどの幸福を味わえた瞬間はあっただろうか。それどころか、物心ついてから、心の平穏を感じたときはあったろうか。似たような人々は、はっきりと名前をつけて描かれていないだけで、あの時代に無数にいる。また、徳子の父、平清盛にもてあそばれた白拍子の女たちはどうか。苦しんではいなかったか。そんなことをひとつひとつ考えていくと、徳子はただひたすらに同情を寄せられるだけの存在ではありえない。本人とて、そう考えはしないだろうことは、最終話の後白河法皇とのやりとりを見れば明らかだ。
かといって、私たちが身勝手に、一面的な基準で、徳子を恵まれたものとして裁くのも違うだろう。ただその有り様を虚心坦懐に見つめ、語ることしかできない。びわのように。この意味で、物語から疎外されている彼女こそが、この作品の主人公なのだ。
理不尽な世の流れに翻弄される女の哀しみ。はたまた、男らしさを強いられる時代に生きた、本当は弱く、たおやかにありたかった男たちの哀しみ。そうした視点を、今作に読み込むことはいくらでも可能だ。私もそうした誘惑に駆られる。いや、実際、私が徳子の人生を見つめる目には、これまで見つめてきた女たちの苦しみ、哀しみが投影されているだろう。家父長制的なものへ反発しつつも、抗いきれない男たちに自身を重ねたくもなっている。だが、そうした語りは単純に過ぎやしないかと、ためらう気持ちがどこかから湧く。書いても別にいいのだろう。そうした読みのすべてを受け入れながらも、一面的な解釈には染められないほどの強靭さで、この作品は織り上げられている。「こうだ」と断言しようとしても、すぐさま違う一面が見えてくる。どの作品もそうしたところはあるが、今作には一際、多様な読みに開かれたものを感じる。
本稿では物語に絞って論じたが、いうまでもないことながら、演出、作画など、映像的な側面からも語るべきことは多々ある。たとえば、今作にはしばしば「クレヨンしんちゃん」を思わせる後頭部の表現が登場するが、その意味は、効果は、なんだろうか。少年・少女から大人へと一作のなかで成長する登場人物が多々登場するが、その変化からアニメのキャラクターの加齢という問題を考察することはできまいか(それは作画においても、はたまた、声の芝居という観点からも可能なように思う)。くしくも同時期に放送されている、同時代を舞台にした大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と比較をしてみるのも、きっと興味深いだろう。近日公開される劇場作品「犬王」と並べての検討は、本作と同じサイエンスSARUの手掛けた関連作品であるという点を抜きにしても、行われるべきだろう。実は筆者は試写で拝見しているのだが、こちらも背筋が震えるような、見事な作品だった。5月の公開後に、なんらかのかたちで言及してみたいと考えている。ほかにも、連想した人が少なくないと思うが、女性の受苦の歩みを描いた時代ものの作品として、はたまた、繊細かつ先鋭的な表現を追求した一作として、高畑勲監督の「かぐや姫の物語」と本作を並べての論考も、ぜひ読んでみたいものだ。
折りに触れ、今作に描かれた世界を見つめ直し、さまざまな語り口で伝えたい。また、誰かの今作を繋ぐ語りに触れ続けたい。そんなことを願わずにはいられない作品だった。
前Qの「いいアニメを見に行こう」
[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ) 1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。
作品情報
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