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特集・コラム 2025年3月20日(木)19:00

【前Qの「いいアニメを見にいこう」】第59回 「沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる」とテレビアニメの美学

(C)空えぐみ・新潮社/「沖ツラ」製作委員会

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現代のテレビアニメについて考えるうえで、ミルパンセというアニメスタジオの存在はずっと意識の片隅にあった。まとまった原稿を書いたことはなかったけれども。「てーきゅう」にたまに触れていたくらいかな、たぶん。夜叉の構え!(いきなり椅子から立ち上がる)

という前フリからの「沖縄で好きになった子が方言すぎてツラすぎる」(以下、「沖ツラ」)の話。どう考えても比嘉さん一択だろ、この鈍感主人公! 早く気づけ!! うらやまけしからんぞ、ムキーッ!! ……みたいなキャラクターやお話の魅力を語るような真似はしません(今してるが)。だってそれはもう、一目見れば大半の人にはわかるもの。沖縄の文化や暮らしの陽の部分のみを取りあげながら展開されるキュートな三角関係ラブコメ。この説明とビジュアルを見て、ちょっとでも心惹かれる人なら見て損はないはず。

沖縄県外の視聴者には、「地元を生きる―沖縄的共同性の社会学」(ナカニシヤ出版)とかにもセットで触れてほしいものだけど……みたいな話も、これ以上は深堀りしません。では、何を話すのかといえば、制作のカロリーコントロールのこと。このアニメを見ていると毎話数、その点に惚れ惚れとしてしまうのですよ。

基本的にキャラクターは腰から上〜顔のアップ。動きのあるカットには全身を入れない。動きを止めても成立するカットでは、大胆に止める(このあたりはくしくも今期、ほぼ常に画面のどこかしらが動き続けるアニメスタジオ・GoHandsの「もめんたりー・リリィ」が放送されているので、見比べてみるといい)。静止画で構成したカットには撮影でカメラワークや光の効果を入れ、「画面が止まっている」という印象にならないよう、きちんと演出的な配慮がされている。踊りなどの複雑な動きが要求されるカットではリピートや省略表現の使い方も巧みだ。こうしたかたちで総カロリーをコントロールしつつ、見せ場となるようなシーンでは枚数を使う。バランスの配分がとにかく上手い。制作現場の練度の高さはもちろんなのだが、そうしたスタジオを育て、見事に指揮する板垣伸というクリエイター(今作では総監督のほか、「作画プロデューサー」という特殊な肩書でもクレジットされている。内実は本人の連載コラムにくわしい(https://animestyle.jp/2025/01/23/28512/))の手腕のたしかさも意識せずにはいられない。

以前とある場で、ベテランのアニメプロデューサーから、「最近のアニメの監督や演出家はもったいない枚数の使い方をする」という話をされたことがある。大事なシーンにものすごい労力をかけるのは正しい。けして作品の強いヒキにはならないような何気ないシーンにコストをかけることで、作品の質を高めるのも、それが狙いとしてあるならいい。でも、作品のおもしろさのコアな部分にはあまり関係がないカットに、漫然とコストがかかるような絵コンテを切ってしまいがちである、と。

また、業界歴の長いアニメーターや演出家の方から取材のこぼれ話で、「作画枚数が厳しく制限される制作状況のなかで生み出されてきた効果的な演出技法が、最初からハイカロリーな作りが前提の現場で育っている今の若手にはほとんど受け継がれていない。それはちょっともったいない」というような話を聞くことも、少なからずある。

私としても、やはり昭和後期〜平成中盤あたりのそうした作りのアニメが、アニメ視聴者としての原体験としてあるので、今、そうしたスタイルがほとんど失われていることには複雑な気持ちがある。二昔前ならOVA、劇場作品でもおかしくないようなカロリーをかけて作られたアニメが普通に地上波のテレビで無料放送され、配信でも気軽に見られる状況は素晴らしいこと。でも、テレビアニメらしい作りのテレビアニメには、それはそれで魅力が、美学がある。そのことは何度繰り返し書いても、言い足りない。

今作はそのお手本のような作りだと感じている。しかも、「古い」とか「安い作りで見てられない」といったことがない。きちんと現代のテレビアニメとして、普通に見て違和感を覚えない水準の作品に仕上がっている。

ミルパンセは(もしくは、そこを主な活躍の場とする板垣伸というアニメの作り手は)、私の目にはそうした、テレビアニメの美学のアップデートをずっと考えている存在だと映ってきた。その長い試行錯誤が、今作においてついにひとつの達成を見たような気がしている。すごいことだし、テレビアニメの多様性の確保という意味で、とても意義のあることだと感じています……といったところで、また次回。

前田 久

前Qの「いいアニメを見に行こう」

[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ)
1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。

作品情報

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