2025年9月29日(月)19:00
【前Qの「いいアニメを見に行こう」】第62回 「わたなれ」の明るさは深い……と思う。
「わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)」(略称「わたなれ」)は徹頭徹尾、ひたすらに楽しいアニメだった。表面的には。主人公は、中学までは陰キャ女子だったが一念発起して高校デビュー、人気者グループの一員に収まったものの、周囲とのギャップに日々悩みっぱなしの甘織れな子。そんな彼女がグループの陽キャな美少女たちにモテてモテてモテまくる様子をテンポよく、嫌味のないかたちで描いていく。ようするにハーレムラブコメを女子だけの世界でやっているわけですが、きちっと話の流れが構成されていて、映像の緩急がいい。華のあるデザインのキャラクターが、ポンとデフォルメされた絵に切り替わる。豊かな表情芝居。コミカルなシーン、シリアスなシーンで明確にスタイルが切り分けられるわけではなく、真面目なやりとりの途中でも、ごく自然にキャラクターが崩し絵になる。アニメの、とりわけテレビアニメのコメディって、このテンポ感だよなと。
それでいて、しっとりとしたところはしっとりと、丁寧に見せてくれる。たとえば12話で紫陽花さんが不意に涙をこぼすところとか、グッと来る情感の出し方。衝撃のラストもよかった。硬軟取り混ぜ、演出が巧み。奇をてらった感はないのに、見ていて飽きない。
引き込まれるのは声の力も大きい。れな子役の中村カンナさんを筆頭に、それぞれキャラの立った芝居で作品を牽引していた(ラジオもいい……)。個人的には、紫陽花さんのウィスパーボイスが強烈でしたね。ヘッドホンで見ていると、かなり脳を揺さぶられる感じ。まるで菩薩掌。
さて、そんな楽しいアニメですが、取りあげるかどうか実はちょっと迷ったんですよ。というのも、私は同性婚ひとつ未だに実現できてないような、同性愛に対してなかなかに差別的な社会の一員だと、自分のことを常々恥じておるわけです。申し訳なさがある。それを思うと、底抜けに明るく楽しく女子同士の恋愛模様を描いたアニメを、個人的に見て楽しむのはまあ、別にそれ自体は好きにしていいとしても、「うひょー、尊いわ〜!」といつものようなノリで原稿に書くことには抵抗がある(……オタクのイメージが若干古い点は、あまりつっこまんといてくれ)。ほんのり仲良しくらいならいいんですけどね。明るくてもガチ恋愛ですからね。こうなると、異性愛者による無責任な同性愛表象の消費っぷりがむき出しになってしまう。構図として。繰り返すけど、楽しんでいる人を責めたいわけじゃないですよ。ましてや、作品のことも。でも、社会的な責任を背負って意見を世に問うている物書きの端くれである自分がそうなのは、なんかイヤだなって話。自分の生き方の美学の問題ですね(エラソー)。
なのにも関わらずとりあげることにしたのは、今作が「ガールズラブコメ」というカテゴリー分けを意識的に打ち出していると知ったから(参照:https://ln-news.com/articles/106576/1)。原作の1巻刊行時(2020年)から提唱されているものを、5年経った今頃、新たな何かとして語るのもなんですが、まあ、そのあたりはお許しあれ。アニメ化きっかけってことで。ともあれ、この「ガールズラブコメ」……男女のラブコメでは普通に描かれてきたような、明るく楽しくぶっ飛んだものを、同性間の話として素直に描くという姿勢は、原作者が深くコミットして制作されているアニメでも全体を貫くトーンとして維持されている。
ようするに「どうして異性愛の物語としては描けるものを、同性愛の物語として描いてはいけないの? それは、かえって現実の差別的な視線を温存していない?」という問題提起だと感じたわけです(この考えはこのブログに示唆を受けました。https://saitonaname.hatenablog.com/entry/2025/07/02/212032 )。つまり、ここには政治性を排することによって、逆に浮き彫りになる政治性がある。なにせ1話のド頭の時点で、屋上から飛び降りたのに無傷だったりするわけですからね。あれは「この作品のリアリティラインはここに置きますよ。現実離れしたことをあえてやりますよ。それによって訴えたいことがあります」という高らかな宣言としか、私には思えないのだった。本来の作り手の意図がどうあれ。
そうした作品が原作小説、コミカライズを経て、アニメというまた違うパブリックさを持った媒体にメディア展開されたことの意味を深く受け止めたいと思い、無知をさらす恥を忍んでこうして取り上げてみた次第であります。続きは映画館で上映されるともいうし。となるとまた、インパクトは変わりますからね。
いつもにもまして言い訳が多い原稿になってしまったけれども、ホント、ジャンルの実作と議論の蓄積も、現実に関する議論の蓄積も膨大で、かつ、現在進行形で目まぐるしく構図が変わるものであるし(昨日正しかったものが、今日には批判されるくらいのことが普通にありうる)、視点の置き方次第でどうとでも語りえてしまう。こんなに世に出すのが怖い原稿もそうそうないですわ。知識もだし、無神経な点も多いことでしょう。きっと。あえて書くことでもないですが、ビシビシ、至らぬ点に関してはご指摘を賜われれば幸い。作品を見ているあいだ、無邪気に楽しませていただいた分、学び、考えていきたい所存ですので。……でも、お、お、お手柔らかにお願いします。

前Qの「いいアニメを見に行こう」
[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ) 1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。
作品情報
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わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)
「勝ち取るんだ最高の学園生活を!」ぼっちな中学生時代から変わるため、高校デビューを果たした甘織れな子。しかし根が陰キャ気質のせいで、憧れの陽キャ生活に馴染めず窒息寸前に…。現役モデルの完璧美少女...
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