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特集・コラム 2025年11月27日(木)19:00

【前Qの「いいアニメを見に行こう」】第63回 ラブコメをなぜ見るのか? それはさておき「矢野くんの普通の日々」が好き

(C)田村結衣・講談社/「矢野くんの普通の日々」製作委員会

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学園ラブコメをなぜ見るのか。40代ともなると、そんな哲学的命題に向き合いたくもなる。10代や20代の頃ならわかりやすい。「こんな恋がしてみたいな〜」とウットリ。「こんなふうにモテてみて〜。うらやまし〜」とジタバタ。30代はまだその余勢でいける。恋は遠い日の花火ではない(古いよ)。でも、40代ともなると「『こんな恋がしてみたい』とか言ってないで、本気でどうにかしたいなら結婚相談所にでも行くべきですよね」とか、「モテたらモテたで、それはそれで大変だよなぁ……」とかなんとか、しょうもない思考が頭をもたげる。私は違いますけど、より明確にパートナーとの生活を営んでいる人だったなら、なおのこと恋愛の夢に酔うのは大変なのでは。現実が足を引っ張ってくる。それまでよりも強く。ドラマティックな代理体験や、願望充足としての学園ラブコメ消費の終わりの始まり。そうなったあとでも、なぜ学園ラブコメを見るのか。現実に近い舞台設定で、誇張されてはいるとしても現実に根ざした青春の機微を描く作品を、なぜ見続けるのか。

……と、まあ、無駄に大仰にぶち上げてみましたが、別に大した結論はなく、単にそうなってくると、遠い世界で起こっている悲喜こもごもを距離をとって楽しむ感覚になりますわね。ノスタルジーやファンタジーの対象として愛でる。ある意味、正しいフィクションの消費スタイル。そういう見方になると、主に作画だとか演出だとか、セリフや声の芝居の妙などを味わう感じになりますね、といったところ。そういう視点でいくつかのタイトルに今回は触れます。

2025年10月クールのアニメ新番組談義を近い職種の知人たちとするとき、「『千歳くんはラムネ瓶のなか』って、わかります?」という会話をなぜかよくしていた。人気ライトノベルが原作の変化球というか、かなりクセ球的な学園ラブコメですが、先に述べたような視点で味わうと、今の私としてはまあ、なかなかに楽しい。とにもかくにも映像美に気圧(けお)される。でも10代の頃だったらどうだったかな〜。学校のクラスでイケてるグループ側の中心人物が主人公。まわりのヒロインも基本的には陽キャ集団。現代ラブコメ視聴者にとってのリトマス試験紙のようなタイトルだと思います、「チラムネ」。

同じくライトノベル原作だけれども、「友達の妹が俺にだけウザい」は、私の感覚では「チラムネ」の対極。同クールに放送されてなかったら別に並べることもないのだが、ともあれ、こっちも主人公は結構なリア充(死語)ぶり。しかし、そうした状況を生み出すために初期のセッティングの時点で、かなりぶっ飛んだ設定を盛りすぎなくらいに注ぎこんでいる。その手つきが変化球というよりは豪速球。別のたとえをするなら、学園ラブコメ界の二郎系ラーメン的なノリ。からかい上手でやんちゃギャルなヒロインがやたらと主人公に絡んでくるだけでも作品の柱ができているのに、学校の先生が神絵師だったり、その他の登場人物も軒並みピーキーな才能持ちで、おまけにそんな人たちが1カ所に集中して生活している。このおもしろさを咀嚼できている自分は、根っからのオタクやのう……としみじみしてしまう。なんとも愛おしい。OP映像に端的にその感覚が詰めこまれているので、興味をもったらまずはそこから触れてみては。

最後に名前を挙げるのが、「矢野くんの普通の日々」。今回取り上げる3作品の中では、実のところ、いちばん素直に楽しめているのはこれです。あとの2作品はオタクらしい、斜めからモノを見るスタイルで楽しんでいるところがちょっとある。

やたらと怪我をしまくってしまう高校生の矢野くんと、そんな彼のことが気になって気になって仕方がないクラス委員長の吉田さん。そんなふたりがド直球で好意を交わし合うほほえましい様子を、周囲の憎めない、善人揃いのクラスメイトたちとの関係を交えながら描いている。原作はコミック。絵がとてもいい。繊細。それをアニメでも見事に表現している。まずはとにかく絵。作画の力がすさまじい。清潔感があって、それでいて華がある。1話が始まってすぐの吉田さんの横顔のカットだけで、「ただごとではないアニメが始まってしまった……!」と震えた。

奇をてらっていない。スムーズに内容が頭に入り、ストレスがない映像。構図もテンポも自然で、内容がスッと意識に流れこんでくる。でも、よく見るとすごい。教室名を吊るしたプレートが居並んだ廊下のカット。スカートを履いたキャラクターがしゃがみこむときの自然な所作。表情全般。あえて意識を寸断し、画面に集中すると、的確な技術にしびれる。作画だけでなく、美術、色彩設計、撮影など、トータルでの画面のまとまりも素晴らしい。全体で温かみのある世界観を作りあげている。

吉田さんの声もいい。情報量の多い、感情の詰め込まれた、起伏は激しい芝居なのだが、ノイジーではない。他の役者陣も、全体的にきちんとコメディとしての笑いどころはつくりながらも、妙にはしゃいだ感じがない。映像の独特な質感を生むうえで、重要な役割を果たしている。このあたりの声の妙というのは最近とみに意識するところで、「リコリス・リコイル」「負けヒロインが多すぎる!」「銀河特急 ミルキー☆サブウェイ」など、声の演出にここ数年でちょっとまた変わったムーブメントのようなものが同時多発的に起こっているような気がするのだけれども、このあたりは稿をあらためていつか書いてみたいところです、はい。

……といったところで、語ることは尽きないですが、このあたりで今日のところは終わっておきましょう。また次回。予定通りなら翌年の更新になりますかね。かなり気が早いですが、みなさま、よいお年を。

前田 久

前Qの「いいアニメを見に行こう」

[筆者紹介]
前田 久(マエダ ヒサシ)
1982年生。ライター。「電撃萌王」(KADOKAWA)でコラム「俺の萌えキャラ王国」連載中。NHK-FM「三森すずことアニソンパラダイス」レギュラー出演者。

作品情報

矢野くんの普通の日々

矢野くんの普通の日々 60

人よりちょっと心配性なクラス委員・吉田さんは、隣の席に座る矢野くんが心配で仕方がない。毎日ケガまみれで学校にやってくる「超・不運体質」の矢野くん。そんな矢野くんの手当てをしているうちに、吉田さん...

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