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特集・コラム 2023年3月31日(金)19:00

【数土直志の「月刊アニメビジネス」】「新潟国際アニメーション映画祭」のプログラムをどう選んだか

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今回はいつもと違い自身の経験について書いてみたい。3月17日から22日まで開催された「第1回新潟国際アニメーション映画祭」についてだ。僕はこの映画祭の上映作品の選定するプログラム・ディレクターを務めていたからだ。
 プログラム・ディレクターの仕事を引き受けた経緯は別にあるのだが、ここでは映画祭の約50本の作品をどう選んだのか、どう位置づけていたかについて触れたい。いつもの文章を書く仕事とは異なった発見が多く、アニメーション文化における映画祭の機能を深く考える機会にもなった。

企画初期からあった「長編特化」と「審査委員長・押井守」

新潟国際アニメーション映画祭は新潟を世界のアニメーションのハブにすることを掲げて、今回スタートした。すでに世界に何百ものアニメーション映画祭があるなかで、新潟が掲げたのが“長編アニメーションに特化”のコンセプトである。
 長編中心のアイデアは、映画祭開催が確定するかなり前の初期段階企画から盛りこまれていた。世界的な長編制作の増加や作品の多様化との背景もあるのだが、もうひとつ世界で勝ち残れる映画祭を考えたことが大きな理由だ。
 現在、国際アニメーション映画祭において長編作品を軸にしたものはほとんどなく、毎年秋に米ロサンゼルスで開催される「Animation is Film映画祭」ぐらいだ。新しい切り口、そして注目の分野であればあまたある映画祭から差別化し、世界から注目されるとの判断である。

同じく企画の早い段階から盛りこまれていたのが「審査委員長・押井守」である。これは映画祭実行委員会委員長の堀越謙三氏のアイデアだ。その慧眼(けいがん)には驚かされた。海外では押井守の名前が圧倒的な訴求力をもつことにすぐ気づかされた。
 今回コンペティション部門で傾奇(かぶく)賞を受賞した「カムサ – 忘却の井戸」のビノム監督も、「受賞作品は押井守監督『天使のたまご』に影響を受けた。審査委員長が押井守だからエントリーした」と言うほどだ。
 映画祭に関連しての数々の発言も、なるほどと思うことばかり。個人的にも押井監督の巨匠ぶりにあらためて感服した。
 ちなみに初期企画段階での話は、本人には伝わっていない。あとからジェネラルプロデューサーの真木太郎氏の尽力により就任が実現したのだ。

多様性とオーソドックスを狙った上映作品

ラインナップは映画祭の「アニメーションとアニメ」「商業とアート」「インディーズとスタジオワークス」を越境する、やや戦闘的な方向性と裏腹に、実際はオーソドックスを目指した。多様で幅広いジャンルを扱うのであれば、むしろ逆にそれぞれの分野からは多くの人が共通して素晴らしいと評価する作品にしたいと考えた。「大友克洋特集」は日本アニメの海外評価のエポックメイキングな存在として、カートゥーン・サルーンの「ケルト3部作」は近年世界を揺るがすスタジオの作品としてである。
 悩みどころは、コンペティション部門である。第1回であり、どのくらいエントリーがあるか分からない。作品があまりなければ映画祭の方向性は示しにくい。映画祭の側からぜひエントリーして欲しいと働きかけられたのは2作品のみである。それでも結果的にエントリー本数はけして多くないが、質の高さは審査委員長の押井監督が「想像以上だった」と話すほどだった。劇場版「ヴァンパイア・イン・ザ・ガーデン」のワールドプレミアのほか、ジャパンプレミアが多かったのも今後につながるはずだ。

映画祭ではこのほか「世界の潮流」、レトロスペクティブ、「大川=蕗谷賞」、オールナイト、イベント上映などのプログラムがあった。開志専門職大学が担当のフォーラム以外でも作品数はかなりになる。
 「世界の潮流」は、コンペティションをジャパンプレミアを基準にしたいと考えたことから、すでに公開された良作をカバーしたいと設けた。まさに世界でいま起きていることを示したいと思った。日本からは「劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ-」「地球外少年少女」を組み込んでいる。「劇場版 ソードアート・オンライン -プログレッシブ-」は日本アニメの特徴であるシリーズから展開する長編映画を代表するものとして、「地球外少年少女」は配信発であると同時に世界にもっと知ってほしい作品として選んでいる。河野亜矢子監督、磯光雄監督が新潟を訪れてくれたのは本当にうれしかった。

映画祭を盛り上げた豪華なゲスト陣の実現

当初の予想を超える話題を呼んだのが、レトロスペクティブの大友克洋特集であった。特集では当初より大友監督の全監督・脚本作品の上映を目指した。作品数が多くないのも幸いした。ゲストトークに参加された村井さだゆきさんは実は映画祭に縁がある開志専門職大学の教授職にあり、北久保弘之監督や氷川竜介さんにお願いするなかで、大友監督のサプライズゲストも実現できたのは映画祭ならではのハプニングであった。
 作品の権利元との交渉ではプロデューサーの桑島龍一さんに多大な協力をいただいた。作品権利を確認するなかで、話題となった「童夢」パイロット版が上映できるかたちであることがわかり、実写映像ではあるのだが上映する誘惑に勝てず特集に組みこんだ。
 オールナイトの「新海誠 初期作品特集」は、今回僕の思いいれがいちばんでた企画である。昨年暮れに「すずめの戸締まり」を鑑賞したときに、真っ先に考えた「いまこそインディーズ時代の新海誠を振り返るべき、『星を追う子ども』を見るべき」を実現させたものである。

イベント上映でのりんたろう監督、片渕須直監督、永野護監督の登壇は、真木太郎さん、フェスティバル・ディレクターの井上伸一郎さんのアイデアによるものである。映画祭を彩る華のあるものとして企画された。実際に集客力はもちろん、数々のメディアに取り上げられるなど大きな話題になった。
 さらにプログラムについていろいろな方と相談するなかで、国際共同制作の「太素(TAISU)」や「HIDARI」といった作品に巡り合い、渡辺信一郎監督、森田修平監督、川村真司監督らもゲスト参加されることになった。当初の予想を超えるゲスト陣となっていった。

実際は上映したいと思いながら叶わなかった作品もある。でもいろいろな方の協力と偶然も重なって約50本の映画が選ばれ、豪華なゲストとなった。
 ラインナップの評価は映画祭に来た参加者がするもので、自分自身ではすることができない。それでも期間中上映した作品で、2023年の現在、グローバルなアニメーションの世界で何が起きているのかの一端は示せたのでないかと思っている。

数土 直志

数土直志の「月刊アニメビジネス」

[筆者紹介]
数土 直志(スド タダシ)
ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。

イベント情報・チケット情報

第1回新潟国際アニメーション映画祭 1
開催日
2023年3月17日(金)
場所
新潟県

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