2023年7月27日(木)19:00
【数土直志の「月刊アニメビジネス」】勝ち残り目指すテレビ局とアニメの新しい関係
6月末に日本テレビが発表した2023年秋の新作アニメ「葬送のフリーレン」の放送情報がアニメ関係者に驚きを与えた。9月29日午後9時から「金曜ロードショー」で初回を放送するというものだ。2時間枠なので、冒頭数話分をまとめたかたちになりそうだ。
「金曜ロードショー」は日本テレビ系の看板番組で、前身の「水曜ロードショー」も含めると、1972年から50年以上の歴史を誇る。もともとは話題の洋画・邦画を放送する番組で、テレビアニメシリーズをこうしたかたちで放送するのは初だ。
近年「金曜ロードショー」は、スタジオジブリ作品などアニメ映画を多く放送する傾向にある。そうとはいえ、これからスタートするテレビシリーズの放送は大きな決断だ。
こうした放送には、日本テレビのビジネス的な思惑も当然あるだろう。ひとつは作品の盛り上げだ。「葬送のフリーレン」は「週刊少年サンデー」(小学館刊)連載で、すでに850万部を売る人気マンガが原作だ。流行の異世界もので、評価も高い。
アニメーション制作は日テレホールディングスの子会社マッドハウス。日本テレビにとっては、人気を盛り上げたいタイトルだ。そこで週末夜のゴールデンタイムでの放送で、作品の認知を高めようというわけだ。日本テレビは「金曜ロードショー」での初回放送以降も、時間帯は発表していないが新しく設けるアニメ枠で同作を放送するとしている。
日本テレビだけを見ると新しい仕組みにも見えるが、テレビシリーズのゴールデンタイム特番は「葬送のフリーレン」が初めてでない。フジテレビは「鬼滅の刃」の特別編集版をたびたび週末のゴールデンタイムに放送している。
これ以外にもテレビ局の放送枠拡大が静かに広がっている。TBSではこの秋より、日曜夕方の午後5時からのアニメ30分枠を午後4時半から30分増やし1時間枠に拡大する。テレビ東京は22年4月に、現在大ヒット中の「SPY×FAMILY」の放送にあたって、土曜日午後11時からの新たな枠を新設した。
ちょっと前までは、地上波キー局のアニメ放送は縮小トレンドと言われた。ゴールデンタイムなど視聴率をとれる時間帯での番組枠縮小が続いたからだ。子ども向けアニメは、子ども人口の減少により視聴人口そのものが減っており、視聴率がとれないとの理由があった。大人向けアニメについては、コアファン向けだからこれも視聴率はとれないとの判断だ。
ところが近年は「鬼滅の刃」や「呪術廻戦」が大ヒットするなど、コアファン向けとされてきた大人向けアニメがより幅広いファンを獲得するようになっている。同時に「ONE PIECE」や「名探偵コナン」のようなファミリー、キッズ向け作品が年齢の高いファンからも支持されるようになった。いずれにしてもアニメはよりメジャーになって、テレビ放送も視聴者の多い時間で放送できるとの判断も生まれた。
もうひとつの背景は、アニメがメジャーになったことで、これまでよりはるかに大きなビックビジネスに変わってきたことだ。アニメは海外に番組販売され、商品化やゲーム化、イベントなどから大きな売上げが生まれる。そうであれば番組権利保有者はテレビでの視聴率をそれほど気にしなくてもよい。テレビ局にとってもアニメに製作・出資できるのであれば、売上と利益は放送からでなく放送後の2次展開から期待できる。
長期にわたる視聴率と広告出稿の低減で、テレビ局は生き残り戦略として「放送外収入」の拡大に目を向ける。「海外進出」「デジタル」「自社IP」がその中心だ。アニメはこれらの分野にすべて強く結びついている。各局がアニメ強化を打ち出す理由だ。
しかし製作出資とライツビジネスが中心となると、それは必ずしもテレビ局である必然性はない。テレビ局がメーカーや配信会社と異なる優位性はあるのだろうか?
ひとつは海外向け番組販売である。テレビ局は、長年、番組の海外販売のビジネスを行ってきた。どの局にも規模の違いはあれど海外番組販売の部署があり、また国内外の国際番組見本市に参加する。海外ビジネスのノウハウをもっている。
さらに地上波局であれば、無料で一挙に多くの視聴者に到達できるリーチ力は今でも大きな強みだ。首都圏キー局ならネットワークを使って全国放送でリーチすることも可能だ。
メディアの多様化でテレビ放送の相対的な地位が落ちているとされる。しかし、それはあくまでもメディアの多様化であって、テレビ放送がなくなるわけでない。
配信の視聴者は有力プラットフォームでも数百万規模である。それだけに配信独占では番組の認知度に限界がある。最近、業界でしばしば指摘されることだ。
またテレビ放送は放送開始、最終回という視聴者が関心を持つフラグを立てやすい。毎週1回の新エピソードも、ファンの熱度をあげるリズムをつくりだす。現在、アニメシリーズをファンに拡散させ、認知度をあげる最適な方法は、テレビ放送と配信のコンビネーションだろう。テレビ放送で話題をつくり、配信で視聴者の母数を広げる。
だからこそテレビ局は近年、配信プラットフォームビジネスに力を入れる。日テレホールディングス傘下のHulu、フシテレビのFOD、テレビ朝日のTELASA、TBSは先日、U-NEXTへの出資を明らかにしたばかりだ。
また配信事業は基本どんな企業でもいつでもビジネス参入ができる一方で、地上波放送は放送免許に守られて新たな参入は難しい。このためテレビ局は配信に進出できるが、配信会社はテレビ放送に容易に進出できない。これがテレビ局の強みなのである。
テレビ局のアニメビジネスにおける優位性は、まだしばらく続くだろう。それをテレビ局も気づき、いまその資産をフルに活用しようとしている。それを象徴するのが、「金曜ロードショー」での「葬送のフリーレン」初回放送なのである。
数土直志の「月刊アニメビジネス」
[筆者紹介]
数土 直志(スド タダシ) ジャーナリスト。メキシコ生まれ、横浜育ち。国内外のアニメーションに関する取材・報道・執筆、またアニメーションビジネスの調査・研究をする。2004年に情報サイト「アニメ!アニメ!」を設立、16年7月に独立。代表的な仕事は「デジタルコンテンツ白書」アニメーションパート、「アニメ産業レポート」の執筆など。主著に「誰がこれからのアニメをつくるのか? 中国資本とネット配信が起こす静かな革命」(星海社新書)。
作品情報
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