第27回東京国際映画祭 アニメ特集 コラム

今なぜ庵野秀明なのか

ディテールを表現に変換する能力

じょうぶなタイヤ! SHADOタイヤ さて、もう少し掘りさげてみよう。「視点」とは、そもそもはインプットの問題と言える。仕入れた情報、それを保存する記憶、これをどういう手段で「映像」に加工し、アウトプット化するのか。眼がインプットならアウトプットは腕である。インとアウトのコンバートが「ディテールをひとつに編みあげ、表現に変換する能力」と位置づけられる。

 画面のレイアウト(被写体の配置)もそのひとつであり、庵野作品を語るうえで大きな注目ポイントである。先の例で言えば、「電柱のディテール」があったとして、それが画面上のどこに配置されているかで、意味性が変わるということである。その「配置の意図」もまた、作家性である。

 そして今回の上映会「庵野秀明の世界」で、もうひとつひときわ注目すべき大きな要素は、「アニメーターとしての資質」だ。

 大阪芸術大学在学中に庵野秀明が描いたペーパーアニメは、島本和彦の青春グラフィティマンガ『アオイホノオ』で、若いころの異才を示すツカミに使われるほど卓越したものであった。今回上映される8ミリ短編『じょうぶなタイヤ! SHADOタイヤ』(80)が該当作品だが、それは当時の筆者にも「必見!」と添えたVHSテープが回ってきたほど、全国的に有名なアマチュア作品であった。

 タイヤの強固さを強調するため、小型車がパトカーに飛び乗る。アニメーションは記号的表現の集積だから、「パトカーが壊れた!」と示す必要最小限の描き方は何種類もある。極端な話、マンガに使われる火花や効果線を動かし、破壊後だけ緻密に描いても成立する。庵野秀明はそうではなく、ディテールと理屈を積み重ねている。フロントガラスや窓ガラスの破片が砕け散り、屋根の構造材が折れ曲がると同時に、前部ドアと後部ドアにボンネットがボディの歪みに耐えきれず、それぞれ別の方向へ飛び出し……と、その場にいるかのような臨場感を描出せしめた。



 そもそも1980年前後、マンガやアニメのリアリティレベルは大友克洋や『機動戦士ガンダム』など新時代の作家・作品の登場により、同時多発的に高まっていた。中でも物語や映像の「構造的把握」は大きな潮流である。ことアニメーションにおいては、破壊や爆発シーンの描き方ひとつですぐ技量が露呈するということが、ファンの間でコンセンサスとなり始めていた。そしてSFアニメ、ロボットアニメというジャンルの流行を背景に、「エフェクトアニメーション」という分野に注目が集まる。実写では「特撮」に相当するものだから、庵野秀明の眼もそのリアリティに向いていたはずだ。

 アニメーションでは科学的な発想が要求される。エフェクトとは、それを研ぎ澄ましたものでもある。つまり爆発や炎や噴煙などを描くためには「分解・理解・再構築」(出典:荒川弘のマンガ『鋼の錬金術師』)という、まさしく錬金術的プロセスが必要となる。アニメは線と面の連なりで描くのが基本だから、実写のようなリッチな情報量を描く方向性ではない。何を描いて何を描かないか、引き算の中で残ったものでどう「らしさ」を表現するかがエフェクトの要諦だ。そこにはやはり「選択と集中」が要求される。

 そんな具合にイン(分解)をアウト(再構築)に変えるセンス(理解)にも庵野秀明の作家性を見ることができる。エフェクトの才はアマチュア時代から周囲を驚嘆させるレベルであり、膨大な作品歴の中で監督作品でもそこに一貫した価値観が流れ続けていることが、今回明確化するであろう。



 このセンスがプロフェッショナルの世界に転じ、スキルの裏打ちを得るきっかけとなった作品は、1982年の『超時空要塞マクロス』である。

 同作の制作会社アートランド代表の石黒昇監督は、庵野秀明がアニメを志す発端の『宇宙戦艦ヤマト』(74)のチーフ・ディレクターであり、まさにエフェクトアニメの贅を尽くして作品をもり立て、庵野秀明を開眼させた張本人だ。そして『マクロス』でメカ作画監督(事実上のエフェクト作画監督)を担当した板野一郎は、同作で庵野が師匠とあおぐことになる凄腕アニメーターである。

 2人ともエフェクトアニメーターから出発して監督となり、やがて自身の会社を立ち上げる流れとなるが、庵野秀明はその三代目を自認している。

 爆発や燃焼、核分裂などが引き起こす化学反応・物理反応、その作用による破壊のプロセスは、二度と同じものが起きない不定形で一期一会の現象である。だからこそエフェクトには「刹那の美学」が宿る。

 当時の板野も、庵野秀明が「アメリカの核実験フィルム」をもとに描いた爆発エフェクトのディテール、そして集中して1枚ずつ破片を描きぬく根気に驚嘆したという。何段階かを経て、急激に進む核分裂反応。原子エネルギーによる火球の生成、大気層や雲と爆発光・爆煙との多重干渉、電離現象等々……いくつもの変化が、一瞬で展開する。そして高温の爆風が押し寄せ建造物を破壊するが、揺り戻した熱波が破片を逆方向に舞い散らせるという驚きの展開も、そこに現れる。

江口寿史のなんとかなるでショ! c1990寿スタジオ/角川書店・バンダイ こうしたディテールの集積が「表現」に昇華し、作品にパワーをあたえる。それは庵野秀明の作品に通底したことなのだ。

 今回、庵野秀明がアニメートしたエフェクトカットが、自選によりまとめて見られるのも、すばらしい趣向である。抽選上映なので、当選者は運が良い。核爆発系は『超時空要塞マクロス』(TV・劇場)の他、有名な『風の谷のナウシカ』(84)、未DVD化の『江口寿史のなんとかなるでショ!』(90)などが抜粋で見られる。特に『マクロス』ではこれまで個別クレジットがされてこなかった「原画担当カットの抜粋」が、第2話の商業デビューカット含みで、当人の編集により明確に判別できる。

 アニメーター時代の頂点は「スペシャルエフェクトアーチスト」とクレジットされる『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(87)である。100%架空の惑星、架空の国家、架空の戦闘機、戦車、ロケットでありながら、なぜここまでリアリティを感じさせ得るのか。まさしくエフェクトアニメーションだけが可能とする魔法の力が、そこにみなぎっている。未見の方はぜひ楽しんでいただきたい。


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