最後に庵野秀明の作家性を支える「アニメ・特撮、造詣の深さ」についても、解説しておこう。庵野秀明は1960年生まれ。最初の30分TVアニメ『鉄腕アトム』が放送された1963年1月1日には2歳だったはずだ。つまり「物心ついたころからTVアニメがあった第一世代」の中心に該当する。筆者(1958年生まれ)含めたこの世代は、「アニメ・特撮」の区別なく「TVまんが」として新興メディアとその開拓精神を享受し、TV文化の成長と自らの成長をシンクロさせながら成人に至るという共通体験を有している。
その中に後に「オタク」と呼ばれる、単に「面白いかどうか」以上のマニアックな興味、すなわちディテールに対する関心を抱き、研究し、分析する人種も大量発生する。庵野秀明にも当然そういう素養はあったわけだ。しかし、やはりクリエイターとして一時代を築く才能は違うと思い至るのが「着眼点」と「応用のワザ」のセットとなった生きざまである。
アマチュア時代から庵野秀明は『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』(83)など、秀逸な特撮作品も8ミリフィルムで多く手がけていた。決して高くない解像度を逆用し、照明や構図に凝ったフレーム内では紙でできたミニチュアがリアルな戦闘機に見え始める。さらに庵野自身が文字通りの「顔出し」で演じるウルトラマンも、笑いに見舞われそうな最初の衝撃を乗りこえると、まさに輝く巨人ヒーローに見え始める。
やはり何でもないものが、驚くべきものに変わる「飛躍」こそ重要なのだ。
エヴァンゲリオンシリーズも、本質的には同じことを積みかさねている。アニメも特撮も、素に還って見てしまえば、心底「安い・薄い・軽い・非現実」としか思えない素材でできている。それにどう魔法をかけ、観客を陶酔させるのか。
筆者の取材経験でも、ギリギリまで素材を組み合わせ直し、場合によっては思いきって素材を塗り潰すなど視線の誘導を変え、色味を調整し、明暗のコントラストを最適化し、リテイクを重ね、ありとあらゆる試行を加えて最良のものに近づく努力の数々を多く聞いている。ベルトコンベア式に作業を分解し、最初に設計した目標に近づくことがプロの仕事とされているが、その点ではアマチュア時代と変わらない不屈前進の姿勢が貫かれている。そのためにこそ、自身で会社を興したというのが筆者の理解だ。
何でもない素材を驚くべきものに飛躍させるためには、人の価値観を介在させた「見立て」が肝心である。庵野秀明は、そのためにも「ミニチュア特撮」にこだわっている。エヴァの特撮感覚は有名だが、それ以外にも『トップをねらえ!』や『ふしぎの海のナディア』では、場面によって「架空のミニチュアステージ」を構築し、そこにカメラを構える工夫で映像を組み立てている。
つまり「実在しているものを見立てる」という感覚がないと、映像のエネルギーが伝わらないという発想だ。100%が空想、バーチャルでは観客の想像力に飛躍が起きないという点は、今後どうしてもCGが増えていく映像の進化を考える上でも、重要である。
この発想法は、2007年以後の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ』において、現在進行形で発展中だ。特に自社内にデジタル部というCG部隊を設立し、これを「アニメにおける特撮班」と位置づけた用法で、顕著に見ることができる。
この動きと並行して手がけた美術展示博覧会『館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技』(12~)関連の映像も、ここで述べている一貫性を知るうえで手がかりとなるはずだ。特に展示会場で流れていた「庵野秀明監修:円谷プロ作品 特撮映像集」をつぶさに観れば、庵野秀明が特撮からどのような「見立ての心」を受け継いだか、どんな栄養を吸収してきたか、大きく浮かびあがってくるのではないだろうか。
参考までに、筆者としての最大収穫にも触れておこう。それは『空想の機械達の中の破壊の発明』である。2002年に三鷹の森ジブリ美術館展示用に制作された3分弱の短編で、庵野秀明の経歴に題名だけは出てくる(原作・脚本・監督)。だが性質上、視聴することがきわめて困難な1本であった。
自然界にもともと存在する科学的メカニズムの解明、力の獲得、機械化技術による力の拡大、それを触媒とする空想、想像力の飛躍が触発する破壊への誘惑、他者を圧倒的な武器で破壊・制圧したいという欲望……。エッチング版画を連想させるレトロフューチャーな画風でシニカルに展開する「前世紀は大量殺戮の時代」というブラックユーモア、しかしそこから反語的に垣間見える「願い」の凝縮、「そこに集結する人の想い」に、いたく感じ入ってしまったのだ。今回の上映会用には、庵野秀明による特別版も上映されるので、当選された方はぜひその映像を心に焼きつけ、語り継いでいってほしい。
ひとつひとつ細かく「必見作品」も紹介したかったが、以上、自分なりの「必見ポイント」として示してみた。もっとも重要なのは、庵野秀明監督作品に惹かれる理由である。それは庵野監督だけのもつ「視点」や「価値観」に共鳴を感じたということなのだ。
映画の見方は千差万別。ぜひご自身だけの見方や知見から、どこにどんな共鳴を感じているのか、凝縮された映像体験の中からつかんでいただきたい。そして機会をみつけて大いに語り合おう。そうすることで、また次の発展が到来するに違いないのだから(文中敬称略)。
氷川竜介
アニメ・特撮研究家。1958年、兵庫県生まれ。1977年に黎明期のアニメ・特撮マスコミに参加し、音楽アルバム、ムックの編集を担当。2001年から著述専業に。文化庁メディア芸術祭審査委員、毎日映画コンクール審査委員などを歴任。2014年4月より明治大学 大学院客員教授。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズ』ではパンフレット、ビデオソフト、全記録全集などに寄稿。文化庁向けに調査報告書「日本アニメーションガイド ロボットアニメ編」「日本特撮に関する調査報告書」(全体監修:庵野秀明、樋口真嗣)を執筆。