2022年2月11日(金)19:00
磯光雄と吉田健一の宇宙の旅(後編) 井上俊之の戦車のような仕事ぶり、見た人の景色を変える磯監督
(C) MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会
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劇場上映版後編が2月11日から上映中、劇場公開限定版ブルーレイ&DVDが発売中で、Netflixにて全6話が配信中のオリジナルアニメ「地球外少年少女」。磯光雄(原作・監督・脚本)と吉田健一(キャラクターデザイン)のインタビュー後編では、磯監督が師とあおぐ井上俊之(メインアニメーター)の驚異的な仕事ぶり、早い時期から撮影こみで作画の仕事をしてきた磯監督が考える「blender作画」、作品をとおして吉田氏が感じた監督・アニメーターとしての磯光雄像を聞いた。
物語の核心にふれる本作の“謎”についても、今話せる範囲のことを答えてもらった。最後のパートは、作品を最後まで鑑賞したうえで読んでいただきたい。(取材・構成:五所光太郎/アニメハック編集部)
――本作は全6話・約3時間という尺で壮大な話がおさまっていて、各話の最後にはしっかり引きもあるつくりにも驚かされました。全体の構成について、どんなふうに考えられたのでしょうか。
磯:劇場上映される前編(1~3話)は宇宙寄りの話にしていています。見ている人に宇宙気分を味わってもらいつつ、そこでおこるスペクタクルを楽しんでもらえたらなと。続く後編(4~6話)では、その先に続くサスペンスとともに、さらに超越していくような展開をつくっています。
――たしかに後半はSFジュブナイルのさらに先をいく、高次元の話が展開されていますね。
磯:(SFという言葉に反応して)「地球外少年少女」は、SFとは自称していないんですよ。
吉田:制作中も、そのことをよく話してましたよね。
磯:SFと銘打つとSF論争のようなものに巻きこまれて、一般のお客さんが傷つくケースをこれまで多く見てきたんです。さっきもお話したとおり「地球外少年少女」はエンターテインメントとしてつくっていますから、そもそもSFかどうかは重要ではなくて――これはぜひお伝えしておきたいことのひとつでして。
――私もSFは好きなほうですが、言われることなんとなく分かります。かつては「ガンダム」も一部でそういう言われ方をされたことがあるという話を読んだことがあります。
磯:一見さんを追いはらい続けた結果が、宇宙ものが廃れた今の状態につながっていると思うので、そこは断ち切らないと駄目だと私は考えています。なんとなく面白そうと作品を見にきてくれた新規のお客さんに、なるべくフラットな気持ちで見ていただきたいんです。
――磯監督が本作をエンタメ作品として広く見てもらいたいお気持ち、よく分かりました。宇宙ものという呼び方ならいいのでしょうか。
磯:今のところ宇宙を舞台にした冒険ものですと説明していて、実はSFとは一言も言ってないんです。定義が難しいので、SFかどうかはわからないという言い方をしています。自分を育ててくれたSFというジャンルは大好きだし、SFや宇宙にくわしい人に見てもらうのはうれしいのですが、そういう人たちにこそ「地球外少年少女」を見にきた一般のお客さんが、エンターテインメントとして楽しめるようにそっと見守ってあげてほしいですね。
■量産しながらクオリティを維持する、メインアニメーターの井上俊之氏
――吉田さんは作画監督としても参加されています。キャラクターデザインをつくるさい、他の人に描いてもらうことをこみで考えていかれたのでしょうか。
吉田:そういうところは、今回ちょっとぶっとばしちゃいましたね。
磯:吉田君は、ここは作画のときに変えようと思ってデザインを描くこともあるんです。
吉田:いやあ……まあ、そうですね。井上(俊之)さんと一緒になるとよくその話になるんですけど、本来デザインというのはアニメーションの作業としての整合性を保ちつつ、作業のしやすさや効率性などもふくめてあるべきだと思うんです。それが僕の場合、意識的にやっているところもあるのですが、そうした整合性や効率性を犠牲にしてでも“いい絵”にするほうに触れすぎる傾向がありまして(苦笑)。そういう意味で、本作だけにかぎらずみんなに迷惑をかけてきて、もう少しなんとかしなければいけないと自覚しているんですけれど。
磯:吉田君が天才ロボット開発者だとして、すごいロボットをつくったとしますよね。これはぜひ工場で量産しましょうとなって、設計図を全部書き終わり、生産をはじめました――となったあとに設計を変えてくるんです。そうなると現場は阿鼻叫喚になりますよね(笑)。
――変えて良くなっているから、それを押してでもいこうとなるのではないですか。
吉田:変えてよくなるときもありますし、「だいぶ遠くにいったね」と言われるときもあります(苦笑)。「俺もそんな気がしてました」っていう。
磯:まあ、これが吉田健一ですよ。これがデザイナーなんだろうなって思いましたね。これはもうしょうがないことです。
――今お名前がでた井上さんは本作にメインアニメーターとして参加されています。
磯:井上俊之さんは、私が最初に名前を覚えたアニメーターのひとりで、アニメ業界に入る前から研究して勝手に師とあおぎ、井上さんの作画パートをコマ送りして模写していました。じつはそのときに井上さんの動きの秘密をひとつ解き明かしているのですが、それはいずれ別のところで発表されますので楽しみにしてください。
(C) MITSUO ISO/avex pictures・地球外少年少女製作委員会
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――磯監督は、井上さんに大量のカット数を担当してもらったとTwitterでコメントされていました。実際どのようなお仕事ぶりだったのでしょうか。
磯:量でいうと、核分裂がはじまって臨界をこえる直前ぐらいですかね。本当に36.79パーセントぐらいやってもらっているかもしれません(編注:36.79パーセントは、「地球外少年少女」で鍵となる数字のひとつ)。
吉田:本当にそうですよね。
磯:我々普通のアニメーターが一般兵士だとすると、井上さんは戦車、もしくは爆撃機なんですよね。これまで我々が銃をパンパンと打ちながら膠着状態になっていた戦場にキュルキュルキュルキュルとやってきて、ドガーン! あっという間に解決という(笑)。
――なるほど(笑)。
磯:(語気を強めて)いや、マジでほんとにそういう感じでしたね。もうキャタピラの音がずっと続いて、手つかずだった作監待ちの原画の山が次々と消えていくんです。
吉田:正直な話、僕も想像をはるかに超えているなと驚きました。井上さんは手が速く、質のいいものをあげられる方だと知っているつもりでしたが……いやあ、すごかったです。こんな言い方をしていいかどうか分からないですけど、あまりにすごすぎて、こんな人はいちゃいけない、いてもらっては困るとさえ思ったぐらいです(笑)。
磯:アハハ(笑)。だけど、井上さんがいなかったら日本の手描きアニメ業界はもう崩壊しているよ。
吉田:そうですね。崩壊してます。
磯:(キッパリと)これはマジですね、本当に。量産しながらこれだけのクオリティを維持するアニメーターは、他に例がないと思います。どうしてこんなことができるのか分からないです。普通いい絵を描くには、ちょっと悩んだり手がとまったりするんですけど、井上さんは描きながら考えているのかな……それとも考えるまでもなく、すでにアニメーターとして完成しているのか。これにはいろいろ議論があって、私は完成していない派なんですけど。
吉田:僕もそう思います。
磯:なんらかの計算を続けながらやっていると思っているのですが、本人に聞くと「いや、そんなのは気のせいだ」なんて言われて(笑)。
さっきもお話したとおり、私はアマチュア時代からの井上俊之研究家で、最初に井上さんの作画に注目したのは「Gu-Guガンモ」(1984~85)なんです(編注)。その後「AKIRA」(88)などでメジャーになって、みんなが知っているのはその後のリミテッドではない井上俊之なんですけど、私はリミテッドの頃の井上俊之にこそ本質があると思っていて、その話を本人にするとニヤニヤして何も言わないんです。これは間違いなく当たっているはずだと思っているんですけどね。
リミテッドの頃の「Gu-Guガンモ」とか、めちゃくちゃコマ送りしたんですけど、やっぱりちょっと普段では使わない何かをやっているんですよね。それは動きの幅の距離や3コマと2コマの切り替えなどで、絶妙な黄金比のようなものを導き出していて、しかもそれを井上さんが20代前半の頃からすでにやっている。そして、今もそれを続けているんですよ。これはちょっと自分には真似できないことで、やっぱり派手なほうにいっちゃったりして全然コントロールできないんですけど、井上さんはそれをずっと保っている。そこにはきっと謎の黄金比があるに違いないと思っています。
編注:井上氏による「Gu-Guガンモ」の仕事は、WEBアニメスタイル「アニメの作画を語ろう」井上俊之インタビューでくわしく語られている。井上氏は、磯監督のアニメーターとしての仕事を早い時期から評価していたひとりでもある。
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――「地球外少年少女」のクレジットには「blender作画」という役職があり、磯監督のお名前もありました。blenderはオープンソースの複合型3DCGソフトで、最近特別なカットをつくるときに使われることがあるぐらいの知識しかないのですが、今回の作品ではどんなところで使われているのでしょう。
磯:たしかに使っていますが、企業秘密ですのでくわしくはお話できません。
――どういうところで使われているかだけでも教えていただけないでしょうか。
磯:はっきりとここですという感じのところよりは、わりと下支えになるような使い方が今回は多かったですね。私がblenderを使いはじめた頃は、実用一歩手前みたいな感じで、ある時点で大幅な更新があってからだいぶいろいろなことができるようになったんですけど、人的なこともふくめてアニメで使うにはまだまだかもしれないなと個人的には感じています。私としては、やっぱりソフトはアニメをつくるために使いたいのですが、3D業界はアニメをつくることが目的ではなく“つくるためのシステム”をつくることが目的になっているような気がして。
吉田:たしかに、システムづくりのほうが大きいなと思いますね。
磯:巨大な機械装置のようなものをつくることが目的になっていて、そうなると映像をつくる前段階の体制を整える作業のほうが、映像をつくること自体のカロリーよりもはるかに上回ってしまうんですよね。そんなこともあり、映像をつくる目的で使うにはまだおぼつかないところはあります。ただ、実際に使ってみていろいろな収穫はありました。
例えば、3D業界的なバイアスを受けていない若い人ほど柔軟に使いこなした実績があって、ごく少数の若者が実用に近いところまで行きました。blenderを使える人はすでに使える。だけど、使えない人にはまったく使えない。それぐらい個人技能の差が大きくて、まだ誰もが使えるものにはなっていないと思います。ただまあ、アニメ業界の手描きの作画の技術も本来そういうものではあるので、その範囲で使える程度の目算はついたかなっていうところではありますね。ただ現状は何かにとって代わるものとは言えないと思いますし、とって代わるところまでいくには、欧米のように日本の数倍の制作予算がないと実現できないでしょう。それは今の日本のアニメ業界ではちょっと現実的ではないと思います。
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