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特集・コラム 2018年6月13日(水)19:00

【明田川進の「音物語」】第6回 OVA「銀河英雄伝説」のBGMにクラシック音楽を使った意外なきっかけ

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OVA版の「銀河英雄伝説」をやるとき、音楽はクラシックでやりたいという話が最初にでました。というのも、たまたま徳間さん(※編注:OVA版の製作元の1社である、徳間書店の音楽部門・徳間ジャパンのこと。同社は現在、徳間グループをはなれている)が、その時期に東ドイツから「シャルプラッテン」というクラシックのレーベルを買ったんですよ。もともと徳間さんは、クラシックのレーベルをもっていないレコード会社だったのですが、相当安く買えたようで、「こういうレコードがあるので、これをBGMとして使えないか」という話があって、まずはその音源のリストを見せてもらいました。そのなかからピックアップした音源を聴いてみると、教会で録音されているため、いろいろなかたちでノイズが入っているものがけっこうあったのを覚えています。選曲のさいには、200~300枚あったなかから聴いて、途中からは作曲家ごとにどんな音源があるのか選んでいきました。最初の選曲は5日ぐらいかけたと思います。

音楽をクラシックの楽曲にするにあたり、総監督の石黒(昇)監督と話したのは、音楽を編集するのはやめようということでした。普通の楽曲を使って選曲をする場合、映像にあわせて音楽を切ったり繋いだりするわけですが、クラシックの場合、曲の流れをみんなが知っていますし、作曲家に対する配慮もふくめ、そうした編集は基本せずに、まるまる使うようにしています。

石黒監督はクラシックに強い方でしたが、選曲についてはほとんどお任せいただいていました。プロデューサーの田原(正聖。現・正利)氏はこだわりがありましたので、最初の頃はA、B、Cと3案ぐらい選曲プランをつくって、そのなかから田原氏が決め込んで石黒監督に「どうですかね」と聞き、石黒監督がOKをだすというケースが多かったです。後半は、どんな風にやっていくのか、ある程度確立できたので、わりと任せてもらえました。選曲していくなかで、キャラクターごとに作曲家をわりあてるスタイルができていったんですよ。「この曲は、このキャラクターのテーマソングにできるな」というのができてくるんですよね。そうして話数をかさねていくと、作品を見ていた若い人のなかには、「この曲は、ヤン・ウェンリーのテーマ曲ですよね」と、クラシックの曲だと思わずオリジナルの楽曲だと思う人もでてきました。その後、徳間さんが「銀河英雄伝説」の名前を冠して、シリーズで使ったクラシック曲のCDを新たにだしたら、それが売れたのもうれしかったです。それまでクラシックを聴く層ではなかった人たちに手にとってもらえて、「銀英伝」をきっかけにクラシックに興味をもって聴きはじめた方もいるんじゃないでしょうか。クラシック部門に、「銀河英雄伝説」のCDがどんどん出てきたと当時、話題にもなりました。今は、キングレコードさんからCD-BOXがでています(※「銀河英雄伝説CD-BOX」)。

クラシック音楽を映像にあわせるのには苦労しました。今の「Pro Tools」(※音響業界標準のソフトウェア)があれば簡単にできたと思いますが、当時は実際の原音を聴きながら、何分何秒のところで転調しているといったことを全部計算して、その転調するところがこの絵のところにくるようにしようとか、そうした指定をしていくだけでも相当な時間がかかりました。でも、楽しかったですよ。クラシックの楽曲は、長いものになると1楽章だけで10分近いものもあるのですが、シリーズのなかで2回ぐらい、1曲だけを全編とおして使った話数もありました。それでもお話がちゃんと通じる音楽付けができて、「ああ、こういう描き方も面白いな」と思いました。最初の映画(※「銀河英雄伝説 わが征くは星の大海」)で使った「ボレロ」は、最初からここで使いたいと田原氏から指定されていて、最後のヤンとラインハルトの戦いで延々と長く使いました。あの「ボレロ」は、新たに演奏し直しています。

作曲家がたくさんいるから、今回はマーラーの曲だけでお話をまとめて「マーラー編」にしようとか、モーツァルトやブラームスでいこうという風な遊び心で選曲をしたこともあって、石黒監督のほうから「この作曲家は使えない?」と言われたこともありました。クラシックが好きな方には、「やっているな」と分かってもらえたかもしれません。

クラシックは、音楽としての幅が非常に広いこともあらためて感じました。今のシンセは、アナログのアコースティックな部分を取り入れることができますが、当時はシンセで音楽をつくると、どうしても電子音になってしまい、そうすると効果音に負けてしまうところがあったんですよね。それがクラシックだと、効果音やセリフと、とてもいい感じに喧嘩しながら組み合わさって、効果的にテンションをあげることができました。実際に作業をするミキサーの人は大変だったと思いますが、やりがいもあったんじゃないでしょうか。「銀英伝」の音響作業は、とても面白かったです。

世界の著名な作曲家に一堂に会してもらい、彼らの音楽を銀河の戦いに使うなんて贅沢なことは、他でやろうと思ってもなかなかできないことだったと思います。そして、つくづく思うのは、田中芳樹さんの原作が本当に面白くて、しっかりしていることです。だからこそ、あれだけの長いシリーズを皆さんじっくり見てくれたのだと思います。

明田川 進

明田川進の「音物語」

[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム)
マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。

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