2020年1月3日(金)12:00
【明田川進の「音物語」】第33回 岩田光央さんとの対談(後編)声優は“商品”で事務所は“問屋”
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前編 に続いて、後編では今だから話せる「ミルモでポン!」のアフレコ現場での出来事、岩田さんが著書「声優道」で声優志望者にもっとも伝えたかった“個人事業主としての声優のあり方”、岩田さんご自身の赤裸々なお話など、さまざまな話題がとびだしました。
――「AKIRA」のあとにご一緒された「ミルモでポン!」のことを覚えてらっしゃいますか。
岩田:はい。主役の小桜エっちゃん(小桜エツコ)がすごくがんばっていた作品で、僕は「インチョ」という非常にかわいらしい役をやらせていただいて。大人数の現場で、若い子たちがたくさんいるなかで参加した作品でした。
明田川:(ほほ笑みながら)僕はあのとき、非常に助かりましたよ。
岩田:たしか1期の最終話アフレコのときに、なんだか生意気なことを言ってしまいまして……。
明田川:いやいやいや、本当に助かりましたよ。僕が言うよりも効果があったと思います。
岩田:ありがとうございます。
――話が見えないのですが、アフレコのときに何があったのでしょうか。
岩田:あの作品には多くの若手たちも参加していたんですが、そのなかに、ものづくりの基本的なところをないがしろにしている人たちがいるなと感じていたんです。僕ら声優は、現場に入った瞬間から集中をきらさず、全力をだして一丸となって作品をつくっていくべきなんですけども、それ以前の挨拶や返事などが一部の若手の人たちのなかで欠如しているのではないかと、ずっとモヤモヤしていて……。しかも、最終話のアフレコが終わってスタッフの皆さんが挨拶をされているなか、当の若手の人たちがそれをニコニコしながら聞いているのが許せなかったんです。僕が感じたことがまるでなかったかのように、そのまま“丸く収まる感”になるのがすごく嫌で――ごめんなさい、今でもそのことを思い返すと、ちょっと感情的になってしまうのですけれど。
音響監督さんがみんなに投げかけているのに、どうして返事をきちんとしないのだろうとか、それに対して明田川さんご本人が鷹揚にかまえられていただけに義憤のようなものが湧きあがったんでしょうね。当時はまだ、ちょっと血気盛んなところもありましたので(笑)。「ちょっと待ってください」と言って、今話したようなことを生意気にも言わせてもらったんです。
――明田川さんがコラムで、「岩田さんがいるだけでスタジオの雰囲気が締まる」と言われていたのは、このことだったのですね(https://anime.eiga.com/news/column/aketagawa_oto/108998/ )。
明田川:「岩田さんはそういうふうに成長してくれたんだな」と思って、ありがたかったですよ。
岩田:当時いちばん気になっていたのは、僕が大それたことを言ってしまったことによって、現場の和を乱してしまったのではないかということでした。ただ、僕が言ったあとチラッと明田川さんのほうを見たら、いつも以上の笑みで、しかも普段は笑うと目がなくなる人なのにグッと目を見開いてめくばせしてくださったので、「あ、大丈夫だったのかな」とは思ったんですけれど。
明田川:僕は、ただただ「ありがとうございました」と思っていました。
岩田:若手の人が僕の言葉をうけとめてくれたのだろうかとも、ずっと気にかかっていました。
明田川:実際、その後は雰囲気が変わりましたよ。岩田さんが言わんとしたことがみんなに通じたんじゃないかな。
――明田川さんは、現場でそういう注意をするのはやめておこうと思われていたのですか。
明田川:僕が言うこともできたと思うのですが、そうすると受け取り方が全然違ってきてしまうんですよね。やっぱり同じ役者仲間で、いろいろ分かっている人がビシッと言う重さがあるというか、そのほうが絶対よかったと思います。
岩田:「ミルモ」は頑張っている若い子もいっぱいいて、すごく刺激的な現場だったんですよ。だから言えばよくなると思って、つい思いをぶつけてしまいました。僕自身、若い頃に先輩方からそういう指摘をしていただきましたから。僕らの上の世代の先輩方は上下関係に厳しいところがあって、良し悪しはともかく、例えばスタジオに入ってきたら大きな声で挨拶をする。先輩方にはお茶をお出しして、ドアの開け閉めも僕らがしてっていうようなことを叩き込まれた、最後の世代なんです。そうしたことが時代とともに合わなくなってきていることも自覚していましたが、それでも基本として守らなくてはならないことは絶対あると思っていまして。
明田川:基本的な礼儀ですよね。
岩田:そう思います。そこがないがしろになると、現場がおかしくなってくる気がして。今でもベテランの人にたいして「え、それでいいの?」と思ってしまうぐらいの気遣いのなさを見かけることもあって心配になります。……でも、明田川さん。僕は最近そういうことを言えなくなってきちゃったんですよ。
明田川:(笑みをうかべながら)どうして? 岩田さんは、ちょっとトゲがあるぐらいのシャープさがあったほうがいい気がするなあ。
岩田:(苦笑)。ちょっと前にも同じようなことがあって、僕自身まだ若い気でいましたから、良かれと思って若い後輩に言ったら、ちょっと怖がられてしまいまして……。
明田川:ああー。
岩田:気がついたら僕52歳になっていまして、たしかに52のおっさんが20代の子にそういうことを言ったら、言われたほうはおそらく相当なショックを受けるのだろうなと。今でいうパワハラじゃないですけど。
明田川:まあ、昔の人がやっていたことが今だとパワハラになるようなこと、いっぱいあったと思いますよ。
岩田:そうですよね。昔はパワハラという言葉自体がなかったですから、僕もとにかく「ハイ!」と聞いていた時代でした。
明田川:今はそのままにというわけにはいかないですけど、そうした先輩の言葉があったから礼儀なんかを勉強できた部分もありますよね。今は現場で学ぶ姿勢の強い、熱心な若い人が本当に多くなったと思いますが、礼儀の面では「このままで大丈夫だろうか」と心配になることが多くなってきた気もしますね。
岩田:同感です。自分のいる業界の批判は心苦しいのですけれど……。でもまあ、僕らの世代のときから、同じようなことを言われてきたんですよね。「(芝居に)個性がない」みたいなことも、ずっと言われ続けていて。今はもっと如実にみんな同じようなしゃべり方をしていて、ある意味、芝居の本質を分からないままやれてしまうところがある気がしています。
明田川:大塚明夫さんは、今でもときたま「ここは、こうやったほうがいいじゃない」と現場で言ってくれてありがたいんですよね。そんなふうに言ってもらえると、若い人もうれしいんじゃないかと思います。
岩田:収録現場での、ベテランと若手のバランスにもよりますよね。若手ばかりだと、どうしてもサークルのようなノリになってしまうといいますか、それだと演じるうえでの刺激も少ないんじゃないかと思うんですよ。例えば、「ONE PIECE」の収録現場だと、大ベテランから若手まで老若男女が勢ぞろいで、もう熾烈なんですよね。「ドラゴンボール」の現場も同じです。もうしびれますし、なんて幸せな現場なんだろうと思います。
明田川:そうだろうなあ。そういうところでもまれて、徹底的に“芝居”をやることで、いい人がどんどんでてくるとうれしいですよね。
岩田:「よーし、あの先輩の鼻をあかしてやろう」と、ああいう現場にいくといまだに燃えてしまいます。「見てろーっ、思いっきり笑かしてやるかんな!」という気持ちになって。そうした楽しさを知ることができる現場が、もっと増えていくといいなと思います。今の現場ですと、仕方がない部分もあるのですけれど、ある意味、芝居の本質を分からないままやれてしまうところがあって、しかもそれで声優として食べられてしまうんですよね。
明田川:僕はコラムのなかで「会話の大事さ」をよく話しています。今多くなってきているゲームやアプリの仕事は、ひとりでセリフを録ることがほとんどですよね。ゲームの仕事だけをやっていると、会話や掛け合いのことを考えなくなってしまう傾向があるのではないかと危惧しています。
岩田:ゲームの場合、言葉の切れ端を集めるようなかたちになりがちですものね。絶対に会話は大事で、僕もほんとは現場でそうしたことを言えるといいんですけど、やっぱり受け入れてもらえなかったら、ただのうるさいおじさんですし……。そこは非常にしんどいなあと感じることが多いです。聞いてくれれば答えようという気持ちで待っていますが、そういうことは滅多にありませんから。
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――岩田さんは、著書「声優道─死ぬまで『声』で食う極意」(中公新書ラクレ/2017年2月刊)をだされていますよね。刺激的な1冊でした。
明田川:僕も読みましたよ。棚を見ているだけでも楽しくて、しょっちゅう本屋にいくのですが、ある日、岩田さんの本が並んでいて「えっ」と思いました。
岩田:ありがとうございます。明田川さんに読んでいただいているとは、ちょっと恥ずかしいですね。
明田川:森川(智之)さんの本も本屋で見ましたよ(※森川智之「声優 声の職人」岩波新書/18年4月)。
岩田:関智一さんも出しています(※関智一「声優に死す 後悔しない声優の目指し方」KADOKAWA/17年3月)。
明田川:それだけ本がでているということは、声優を目指している人が多いのでしょうね。僕の印象だと、昔だったらアイドルを目指していたであろう枠に声優が入っている気がします。
岩田:声優志望者の裾野が広がっていますし、人気声優はアイドルにひけをとらないぐらいの集客力がありますから。
――岩田さんの本には赤裸々な“声優のリアル”が書かれていて、声優を目指す人に厳しい現実を叩きつけるような内容になっていると感じました。と同時に、だからこそ本気で目指すと楽しいとも書かれていて。
岩田:ありがとうございます。夢見がちな憧れの存在としての「声優」ではなく、「職業としての声優」を目指すための1冊になればと思っていました。僕自身、社会人としての職業として声優を選んで生きていますし、さらに一般的なカテゴリーでいうと、声優は個人事業主なんですよね。
明田川:たしかに個人事業主だよね。
岩田:声優を目指した時点でもれなく個人事業主がついてくるんです。では個人事業主とはなんなんだということを、声優を目指すのならばみんなもっと理解しないといけないと僕は考えています。「私はお金とかじゃなくて、声優になって人を感動させたいんです!」みたいな寝ぼけたことを言っている人には、「そうじゃないでしょ」と。まずは前提として、声優という職業なんですよ。そしてプロの声優は人を感動させることが当たり前であって、それができなくちゃお金はもらえないんです。
そしてこれからあなたは個人事業主という立場で生きていかなきゃいけないけれど、その覚悟はあるんですか? と問いたいんです。この本は、そこをいちばん分かってもらいたくて書きました。僕自身、声優として生きていこうと思ったとき、その覚悟をとった自覚がありましたから。
――本のなかでは、ご自身のお金事情も赤裸々に書かれていました。
岩田:ある程度赤裸々に僕自身のことを書かないと説得力がないでしょうし、そこはちゃんと伝えないといけないなと思ったんです。それでも当時所属していたアクロスの社長からは、「これはちょっと書きすぎじゃないですか」と言われて、何カ所から削ったところがあります(笑)。
明田川:岩田さんの本が面白いのは、声優を目指している人向けだけの内容ではないところですよね。僕が読んできた範囲だと、声優志望者向けの本はだいたい同じことが書かれている印象ですが、岩田さんの本はそこが違っているのがいいなあと思って、当時一気に読んでしまいました。
岩田:ありがとうございます。声優を目指す方はもちろん、イラストレーターやライターなど、フリーランスとして頑張ろうと思っている方にもぜひ読んでいただければと思っています。
明田川進の「音物語」
[筆者紹介]
明田川 進(アケタガワ ススム) マジックカプセル代表取締役社長、日本音声製作者連盟理事。日本のアニメ黎明期から音の現場に携わり続け、音響監督を手がけた作品は「リボンの騎士」「AKIRA」「銀河英雄伝説」「カスミン」など多数。
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